第48話 親友

「うっ…!」

「ここって…」


そこは薄暗く、少し湿っぽい空気が流れている。

見れば自分の手首は縛られており、あたりは石壁で、目の前には鉄格子が窓のようについている扉のようなものがあった。

どうやら、自分は捕まったらしい。そう気がつくには十分すぎるものだった。


「ん……」


隣では呑気に寝息を立てて、翔太が寝ていた。

花凜は眠っている翔太の腹に頭突きの食らわせて起こす。

突然の衝撃に少し痛がりながら目を覚ました。


「痛い…痛いよ花凜ちゃん…」


「あんたが呑気に寝てるからでしょ?」

「見なよこの状況を。確かあたいたちは…」


ここに来るまでの記憶がまるでない。突然目の前に片翼が生えた何かが現れたと思ったら、そこからの記憶が途切れている。


「まさか連れ去られたって事…?」


それでも分からない。私と翔太を捕らえる理由もそうだが、こんなにも逃げ出すことが容易な監禁という事に驚いていた。

自分たちを低く見ているのか、それとも逃げられても困らないのか、いくら考えても分からない。


「ねぇ、翔太。この手首のロープどうにかできる?」


翔太は未だに状況を把握しきれてないようだが、戸惑いながらも首を縦に振る。


「う、うん。これぐらいならすぐに……」


「それなら早くこれを切って。ここから逃げるわよ」


「に、逃げるって一体どうやって…」


そんな事を言いながらも、翔太は小さく錬成陣を作り出し、風の妖術を使ってロープを切る。

花凜は手首の感覚を少し確かめるように回し、鉄の扉の真正面に立ち、少し息を吐いた。

右手の拳に徐々に妖力が込められていき、次第にそれは大きく膨張していく。


「ふん!!!!!!」


そして、鉄の扉を思い切り殴りつけて吹き飛ばす。

あまりの出来事に翔太は驚きを通り越して呆然としていた。


「えぇ……」


花凜はそんな翔太を見て、手でピースを作りにこりと笑った。


「この程度の扉なんて…あたいを舐めすぎ」

「よし、じゃあさっさと逃げるわよ」


─────────────────────


「八岐大蛇…まさか貴殿の手元にいたとは……」


フウマはおどろいたように、オロチの顔をまじまじと見る。オロチは嫌そうな顔して顔を背けた。


「僕や八岐大蛇は、特殊なあやかしだ。世界には必ず一体しか同種族は存在しない」

「もし、次の八岐大蛇が生まれた時には必ず僕の監視下に置くと決めていたんだが……」


「…?何か我の顔についてるか?」


僕も顔を見ると、それは特に嫌そうな顔をせずにきょとんとした顔をした。

そうこいつを見つけた時はまだ幼子だった。そこからここまで見守ってきたのだが、どうやら僕のことを親のように思っている節がある。

まぁ、よからぬ事をしでかさなければそれで良かったので、特に否定や距離を置くことはしなかった。


「こいつの妖術はかなり強い。そして、素の隠密行動にかなり長けている」

「僕とお前が行けないのなら、こいつが適任だろう」


「なるほど……」


フウマは少し不服そうだが、僕の決定ということで飲み込んだようだ。

僕はフウマに集落のことを聞いた。


「お前は集落の守護をしていればいい。住人達の避難はどうだ?」


僕が聞くとフウマは腕を組みながら少し悩ましげな顔を浮かべる。


「コン殿が作った結界内に順次避難しているでござる。あと数分もすれば完了するであろう」

「拙者の妖術もあまり周りに人がいては使いにくい…そして、やつのあの様子を見れば全力をもって相手せねば少々苦しい…」


「それほどなのか。そこまで強いようには思えないが……」


「連れている骸骨の強さの詳細が分からぬ故、迂闊な判断が出来ないでござるよ」

「拙者が負ければそれは共生派の滅亡を意味する……そう考えると少し慎重になってしまうもの……」


そう言って少し俯く。

僕はそんなフウマの肩に手を置いた。


「大丈夫だ。お前は強い」

「お前は翔の息子だからな」


「…そうでござるな」

「父上の名に恥じぬ戦いを必ず…!」


そう言って拳を固く握った。

フウマはそのまま踵を返して集落の方を向いた。


「それでは拙者は集落に戻って準備をして参る」

「コン殿も1人になりたいであろう?」


フウマがそう言うと、僕の横にいたオロチも跳躍し、神社の屋根に飛び乗った。


「我も主があの少女につけていた妖力の痕跡を辿って追跡してくる」


「……ありがとう」


僕がそう言うと、オロチはそのまま姿を消し、フウマはこちらを向き直してまっすぐ僕を見つめる。


「コン殿、拙者は信じていますぞ」


そう言って、神社を後にした。


─────────────────────


あたりは少しずつ暗くなり始め、約束の時間まで残り少しとなってきた。

僕は暗い寝室で一人で座り込んでいた。

1度目を閉じる。

目を閉じて見えてくるのは、あの楽しかった日々と、それの終わりを告げた蛇の声、そして凛を喰らった時の音と感触だ。

意識が既にないだけで、まだ確かに生きていた凛を喰らう感覚。

身体に妖力が満ちていき、凛が中に入ってくるような感覚。

そして、凛の血で真っ赤に濡れた自分の手と口元、自分の手の中で徐々に冷たくなり、青白くなり始める凛の姿。

僕だけが知っている凛の最後の姿。

あの日の選択を間違ったとは思わない。

頭の中で蛇が笑う。


『君のその炎はやはり呪いだよ』

『君が犯した罪を象徴する呪い』

『君にその炎は使えない』


「黙れ……」


『黙る?何を言ってるんだい?』

『ここは君の中、君自身がそう感じているんだろう?』

『この力は、凛の願いは僕には重かった…ってね』


「黙れ…!!」

「お前は…蛇じゃない!僕自身だ!」

「あの日の後悔を!あの日の罪を!!抱えきれずに1人でうずくまっている僕なんだ!!!」

「彼女の命と引替えにあるはずの今の世界は!彼女の命との釣り合いが取れるはずがない…!!」

「もし、この場にいるのが僕でなくて凛だったら……!もっと違う未来になっていたはずだ!」

「凛には人を救う才能が!人を引きつける才能があった!僕には無いものだ…!」

「だからこそ僕は…自分に出来る事を!自分の使命を全うする!」

「散々泣いた!散々悔やんだ!そして…」

「嫌という程に目を背け続けた…!」


蛇は…いや、あの日の僕はこちらを見ている。

何も言わずに、ただそこに立って僕を見る。


「あいつは…フウは、僕にとっての唯一の親友だ」

「僕が目を背け続けたから、あいつは1人で抱え込んでしまったんだ」

「だからこそ、全力を持って止めないといけない」


僕はゆっくりと炎を発現し始める。

そして、その炎はゆっくりと色を変えていく。

次第に光り輝き、金色へと姿を変える。


「僕はもう目を背けない」


─────────────────────


あたりは日が落ち徐々に暗くなっていく。

荒野と化しているこの地は、100年前とは別で人骨も無ければ、妙な塔も立っていない。

フウはそこで1人で待っていた。


「………来たか」


フウがそう言って目を向けた先にはコンが立っていた。


「昼間見たお前の感じだったら、ビビって来ないんじゃないかと思ったぜ」


フウはそう言って少しおどけたように笑う。

だが、目の奥底は笑ってなどおらず、冷たい何かを諦めたような目をしていた。

コンはそんな煽り口調には反応せず、端的にフウに問う。


「一つだけ聞かせて欲しい」


「…なんだよ」


「お前は翔を喰って神妖になったのか?」


「……いや、翔は喰ってねぇよ」

「人間は喰ったが、喰ったのは翔を殺したヤツらだ」

「神妖になったのも最近だよ」


「そうか…」


コンは少し安心したような顔をした。

そして、そのまま大きく伸びをし、そのまま妖力を高めていく。

その様子にフウもまたゆっくりと妖力を高めていった。


「思えばお前とはいつも引き分けだったよな」

「今日ここで決めようぜ。俺とお前どっちが強いのか」


「そうだな。まぁ勝つのは僕だが」


「おいおい、冗談言ってんじゃねぇよ。今まで引き篭ってたあまちゃんが」


「自分の愛弟子が死にそれを気に病んだ結果、生き返らせるために、今を生きる子供二人を殺そうとしてるお前のような馬鹿に言われる筋合いは無い」


「おーおー言ってくれるねぇ…?」


「お前こそな」


お互いの妖力が高まり続ける。

風が吹き荒れ始め、周囲に炎が舞い上がり始める。


「約束は守れよ?コン」


「問題ない。勝つのは僕だ」

「僕はお前を止めに来た」


「……そーかよ」


突如、突風と共にフウが一瞬にして距離を詰めて、コンに斬りかかる。

コンは一瞬遅れたように見えたが、ギリギリのところで炎で盾をかたどって防いだ。


(速い…以前にも増してキレもある…)


「前までの俺と一緒にすんなよ?」


フウはそのまま目にも止まらぬ早さで斬撃を繰り出す。

コンは弾けるものは弾き、防ぎきれないものは避けてギリギリで躱していく。


「ほらほら、どーした!!」


「………」


コンは無言で避けていたが突如として後ろへと跳躍する。

そして、跳躍した瞬間にフウの足元、頭上、四方八方に錬成陣が現れる。


「燃え尽きろ」


そして、そのままフウに向かって炎が放たれる。

フウはその炎をまともに食らう寸前に、自分の目の前の錬成陣に突っ込みそのまま叩き切って、コンの前に飛び込んでいく。


「こんなもんで俺を止めれるかよ!!」


「だろうな」


コンもまたそれを予見していたかのように、既に手元には炎で作った剣を手にしてフウへと切り掛る。

ほぼ同時に風の剣と炎の剣は交差し、その衝撃で周りの大地が揺れる。

互角も互角。

互いに唯一自分と拮抗する相手だった。

そして同時に、後ろへと跳躍して息を整える。


「こんな小手先勝負はやめようぜ」

「互いに本気でやり合おう」


「同感だな」

「こんなものではいつまでも決着などつかない」


コンとフウは自分中心に大きな錬成陣を作り出し、コンは白くそしてどこまでも輝いている錬成陣を、フウは黒くそしてその中に淡く光る星空のような輝きを持つ錬成陣を作り出した。


「「《神妖化》」」

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