第41話 純黒の悪意

いつの間にかあった階段をのぼり、この塔の屋上へと到着する。

その屋上はかなり広く、そして頭上には月明かり照らす。


「やぁ、見ていたよ。こればかりは私も予想以外だった」

「まさか、彼の意志があそこまで強いとはね?だが、良かったじゃないか」

「君は死なずに済んだ。まぁ、死に損なったという方が適切か…?」


僕の満身創痍な身体を見てハクはニヤリと笑う。


「黙れ……!!」


僕は一瞬にして距離を詰め殴りかかったが、ハクは自分のしっぽを使って防ぐ。


「なんと非力な打撃だ。かなり消耗ているようだね。そして……」

「《下がれ》」


「ぐっ……!」


ハクの言葉で僕は自分の意志とは反して身体が勝手に後ろへと下がる。


「そこまでしっかりとかかっている訳では無いが、それでも充分な成果だ」

「私の恐怖の呪縛の一端に触れている今の君に果たして私を倒せると思うかい?」


「黙れ!!たとえ僕が死のうとも、何を犠牲にしようとも、僕は貴様を殺す!!」


僕は微かに残った妖力と気力で炎を発露させて、身体に纏わせる。

もう、ほとんど妖力は残っていない。そして、依然として身体左半分に感覚はない。

もう勝ち負けなどどうでもいい。ただでは死なない。僕の命と引き替えになろうとも奴を殺す。その気持ちだけで奴へと立ち向かう。



「『何を犠牲にしても』…ねぇ?」

「なら、第2ラウンドといこうじゃないか」

「師匠を殺せても、は殺せるかい?」


そう言って、ハクの前には凛が現れる。


「凛…!」


「来ないで…!」


僕が駆け寄ろうとすると、凛が大声をだして僕を止める。


「コン様…どうか…私を…!」


「《黙れ》」


ハクの言葉により凛は声を出すことが出来なくなる。


「ま、まさか……」


僕の愕然とした顔にハクはとても嬉しそうに笑う。


「第2ラウンドは君の愛する彼女との戦闘さ」

「《九尾を殺せ》」


その言葉と共に凛は短剣を片手に僕に襲いかかる。


─────────────────────


「凛!聞こえるか!凛!!」


僕は乱雑に振るわれる短剣をいなしながら、凛を呼びかけ続ける。だが、凛は目から光は消え、ただ無表情に僕を襲い続ける。

元々凛の妖力は高い。ハクがその妖力も上手く操っているようで、身体強化に妖力が回されており、ただ避けるだけでも今の僕にはかなりきつかった。


「おや、話せる方がいいのか。なら、意識だけは覚醒させておこう」


ハクは土の妖術で作った椅子に腰掛け指を鳴らす。

すると、凛の目に光が戻る。


「コン様!私を!私を殺してください!!」

「私の身体なのに…自分じゃもう止められないの!!!」

「きっとあなたを殺すまで…私は…!!」


「バカを言うな!!大丈夫だ!きっと助ける!だから、そんなこと言うんじゃない!」


僕は弱音を吐く凛に対して励ます言葉をかけるが、避けるだけでは限界がある。

これを止めるにはハクを殺せばきっと終わる。だが、今ハクを殺す為には妖力も、体力も、何もかもが足りない。


(やはり…1度拘束を…!)



僕は炎を使い拘束をしようとしたが、凛がその炎に触れて苦痛な表情をする。


「熱ッ…!」


「す、すまない!」



妖力が足らず上手く調節ができない。

だが、もはや妖力のみで形を作るにはもう妖力と僕の脳がもたない。


(どうする…考えろ…考えろ!)


「う〜む。やはりただの人間では負ける事はないだろうが、勝つ事も難しそうだ」

「では、こうしよう」

「《早く殺せ》」

「《殺せ》」

「《殺せ》」


奴がそう口にすると、凛の動きが変わる。

スピードが上がり、思わず避けるのではなく受け流すと、凛の腕が人間が曲げるには無理のある角度に曲がって僕の肩口を切り裂く。


「痛い…!痛いよぉ…!」

「助けて…コン様…!!」


凛は苦痛に顔がゆがみ、泣きじゃくるような声を出すが、身体は自分の感情などをお構い無しに、攻撃を続ける。


「やめろ…やめてくれ!!」

「ハク!お前の目的僕のはずだ!彼女は僕を殺すための餌だろう?!痛めつけることになんの意味がある!!」


僕がそう声を張り上げると、ハク小首を傾げて不思議そうな顔をする。


「?餌だからこそ、どう使うは私の勝手だろう?現に今、私はとても楽しい」

「私は君の絶望の顔を見れればそれでいい。その人間はその為に最大限に使ってるだけだ」

「君の無様にやられたその格好も!万全であれば助けられるはずの彼女を!自分の無力のせいで助けることのできなく苦痛に歪むその顔も!」

「最高だよ九尾……」


そう言って恍惚の表情で笑う。

僕はそんな奴に少し身震いを起こしそうになった。彼には良心などない。いや違う、そんなものは最初から持ち合わせていない。

純粋に、ただ純粋に、他者の絶望の表情を望んでいる。

純粋な悪意。これが奴の本質だからこそ、恐怖という感情を司っている。


(化け物め……!)


この間にも凛からの人間離れした攻撃は終わらない。肩はおそらく関節を何度も外しており、腕の角度がおかしくなっている。

足は人が耐えうる負荷を完全に超えた動きをしており、ボロボロであちらこちらにあざと皮が剥げた箇所が見受けられる。

連続した強制的な妖力の使用に脳がショートし、鼻から血を流していた。

そして、もう自我と呼べるのかも怪しい弱々しい声で僕を呼ぶ。


「助けて…たす…けて…」

「痛い…熱い…コン…様…」

「ころ…して…」


僕はそんな凛から少し距離を取り、迎撃の体制をとった。

身体に炎を纏わせていき、そして周囲の温度をあげていくように炎の練度をあげていく。


「お!ついに殺すのかい?!いいねぇ…その選択もまた君の心を蝕んでいく…」


「コン…様…」


凛は少し安心したような顔を見せ、そして真正面から僕に向かって突っ込んでくる。

僕はギリギリまで妖術を練り込み、凛が僕の懐に飛び込んでくる直前で全てを解き、真正面から短剣を受ける。

少しずらして、心臓への攻撃は避けたものの肺の辺りに刺さり、口から血を流す。


「なんで…!コン様…!ごめんなさいごめんなさい…!」


僕は驚きそして泣きながら謝る凛の腰に腕を回して硬く抱きしめる。


「捕まえた」

「安心しろ。僕が絶対に助ける」


そして、ハクに向かって腕をかざすと、ハクの足元に錬成陣が現れ、大きな火柱が発現する。


「なっ…!」


ハクはそれを間一髪で避けるが、頭上からは既に炎でかたどられた鳥たちがハクへと攻撃を開始する。


「僕が凛を殺すと思ったか…?」

「何度でも言う!この程度で僕に勝てると思うな!」

「屋外に出たのは間違いだったな!ハク!屋外であれば、僕の妖術に制限などない…!」


そして、僕は自分の後ろに大きな錬成陣を作り出し、依然として炎の鳥たちの攻撃に手一杯なハクに向けて放つ。


(これが今打てる最大の妖術だ…!)


「《炎よ》」

「《鬼火 拾の業 炎帝》」

「《帝の矛》」


炎は無数の矛へと形を変えて、ハクに向かって一直線に飛んでいく。

そして、ハクの当たる寸前でやつはニヤリと笑った。

そして、突如として全ての攻撃が


「なっ……!」


炎が全て凍りつき、そして全てが砕け散る。

ハクを中心に凍てつくような冷気が放たれている。

そして、目は翠に光を放ち、身体には羽衣のようなものを纏い、そして額や、手の甲に紋章が浮かび上がる。


「ま、まさか……!」


「いやぁ…危なかった」

「以前の私ならあれでやられていただろう」

「だが、残念だったね」


ハクが放つ冷気は次第に周囲に影響を及ぼすように、辺りが徐々に凍りついていく。


「言ったじゃないか。あの人間に付与していたのは私の魂の一つだ」

「そしてその魂はまがい物ではあるが、神の領域に足を踏み入れた」

「その魂との適合がたった今終わった……」

「私もまた、神の領域へと成ったのだよ!!」


「《神妖化》」

「《神妖 伊邪那美命イザナミ》」


先程まで月明かりで照らされていたはずのこの場は、一瞬で銀世界へと変わった。


「素晴らしい!!天候にさえも影響を及ぼすほどのこの力……!」

「素晴らしい…実に素晴らしい…!」


ハクは声高々に笑う。僕は愕然とした。

肌感でわかる圧倒的な妖力の多さ、この氷は妖術ではなく、やつ自身の特性のようなものだと言う事実。

妖術を使うこと無く、自身の今打てる最大の攻撃をいとも容易く無力化された。

現状で勝つ手段を必死に考える。

凛はまだ操られている。このように硬く拘束しておかないと、また暴れだしてしまう。

そして僕にはもう妖術を使う気力は残されていない。

フウ達と別れてかなり時間がたった。誰もこちらに来ないというのであればおそらくクラマ勝つことはできたのだろう。

だが、こちらに来ないということは既に満身創痍であり、援軍は見込めない。

つまり、妖力が残されておらず、凛を片手で抑えながら僕一人でこいつと……


「ダメだ……」

「勝てない……」


僕は心が折れそうになった。いくら考えても勝てる見込みがまるでない。勝てる気がまるでしない。

僕が愕然とした顔をしていると、ハクはその顔を見て嬉しそうに笑う。


「最っ高にいい表情だ…」

「では、もう一段階堕ちてもらおう」


「きゃっ…!」


凛が突然僕を振りほどいて、ハクの方に飛んでいく。


「おい、やめろ…!!」


僕はすかさず凛の腕を掴むために、跳躍する。


「《止まれ》」


「ぐっ…!」


だが、ハクによって止められ、凛はそのままハクの方へと飛んでいく。


「これの役目は終わった。だから最後の仕事をしてもらおう」

「これが私の初勝利だよ九尾」


そしてハクは飛んできた凛に対して氷の破片を腹部に突き刺した。


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