第40話 九尾の罪

「神妖化だと……?」


確かに考えたことはあった。もし悪神にならないまま悪神の力を有した場合どうなるのか。

その答えが今目の前で起きてる事なのかもしれない。


『まぁ、最も私自身が上手く調整をしたものだ。純粋な神妖とはいないが、君を殺すには充分だ』

『まぁ、せいぜい頑張ってくれ』


そう言って蛇の声が頭から消える。

その一瞬の隙で奴は一気に距離を詰めており、僕は咄嗟に炎を発動させようとすると……


「なっ…!」


僕は一瞬驚いたが、後ろに跳躍し斬撃を躱す。

だが、圧倒的なスピードで瞬く間に距離を詰められて、そのまま次は打撃を叩き込まれる。

僕はこの間に何度も炎を扱おうとしたが、何故か上手く使うことが出来ない。

妖力で障壁を作り出し、追いつけないスピードは全力で妖力を身体強化に回し、ギリギリで攻撃を受け続ける。

そして一瞬の隙をついて距離を取った。


(なぜ…なぜ炎が使えない…!)


「随分不思議そうだな?」


そう言って奴はこちらをニヤリと見つめる。


「簡単な事だよ。俺は炎と雷を扱う《神》となったんだ。神の前で同じ属性のものが使えるわけねぇだろ?」


「馬鹿な…そんな事が…」


「仙人ごときが、神の前で無礼にも同じもの使うなんて許されるわけがねぇ」

「そして…」


その言葉と共にやつは一瞬にして目の前から消える。

そして気づけば僕の目の前まで距離を詰めており、雷と炎を纏った拳を振り上げる。


「妖術の無いお前に勝ち目なんてねぇんだよ!!!」


「ぐっ……!」


僕は咄嗟に妖力で何重にも壁を作り防ぐが、その程度をものともせずに殴り飛ばす。


(炎を熱いと感じたのはいつぶりだ……!)


僕の強みである妖術を封じられた。その状態でこいつに勝つには妖力だけで勝たなければならない。

どうするべきか考える暇もなく、奴は僕に追撃を加える。


「死ねよ、コン」

「《雷炎 阿修羅拳》」


(回せ…イメージを…!妖力の形を…!解釈を…!!)


「《風よ》」

「《氷よ》」


「《氷風の防壁》」


僕は風と氷の妖術を妖力で再現して攻撃を防いだ。そしてそのまま攻撃に転ずるように、上空に錬成陣を生成する。


「《氷よ》」

「《氷槍の雨》」


「うっそだろお前……妖力だけで属性の再現とか…!」


奴は面食らったかのように動揺したが、炎の防壁を作り出し、空から降り注ぐ氷の槍を防ぐ。

僕はその間に、別の錬成陣を次々に作り出す。


「《風よ》」

「《土よ》」

「《水よ》」

「《毒よ》」


「《風竜の刃》」

「《土竜の砲弾》」

「《水竜の咆哮》」

「《毒竜の吐息》」


僕の言葉に各属性達は竜へと姿を変え、それぞれの攻撃をやつに叩き込む。


「クッソが……」

「こんな、小手先でやられるかよ!!!」

「《武神の刃》」


奴は無数の刃を作り出し全てを斬り捨て、僕に突っ込みそのまま斬撃を叩き込み、僕の首を切り落とした。

その僕だったものはドロドロと溶けていき、影に溶け込んでいく。


「影も使えんのかよ…!」


奴が驚いている隙に距離を詰め、後ろから首元に向かって風で作った刃を突き刺そうとする。だが奴は気づいており、いとも容易く避け体制を崩した僕に向かって蹴りを入れる。


「遅せぇよばーか」

「悪神でもなく、ハク様みたいに取り込んだわけでもねぇのに、イメージだけでこれだけ量の別の妖術を再現するとか、バケモンかよ…」


「お前に言われたくはな…ごふっ…!」


僕は皮肉を返そうとして、口から血を吹き出し、目の前が赤く染まり出す。

どうやら、目からも血が出ているようだ。頭が割れるかのような激痛に襲われ始める。


「あ…が……!」


奴は、そんな僕を憐れむような目を向けながら言った。


「そりゃそうだ、明らかに常識外の技だ。脳や身体への負担は桁外れだろうな」

「なんか、俺がとどめ刺さなくてもお前死にそうだなぁ……」


「黙れ…!」

「僕は最強なんだ…最強でなければならない…!」

「貴様ごときに負ける訳には…いかない…!」


僕は痛む頭も身体も奮い立たせて、その場に立ち上がり奴を睨む。

そんな僕にため息をつきながら、奴は錬成陣を作り出す。


「よしわかった。今から俺はこの姿での最大の妖術を使う」

「それをお前が押し返せたらお前の勝ち」

「無理ならお前の負けでお前を殺す」


「憐れみのつもりか…?」


「いいや違う。秀でた妖術を持つことがお前のアイデンティティだろ?だから、お前のそこをへし折ってやるよ」

「ま、当然炎は使えないままだから、その状態でどうぞ押し返せるもんなら返してみろよ」


そう言って錬成陣に妖力を溜めていく。

僕深く深呼吸をして、錬成陣を展開する。


(妖術の再現じゃ出力が弱い…純粋な妖力を放つイメージで……!)

(この後には蛇の相手もあるが、そんなことを言ってる場合じゃない…)

(僕の全妖力を使ってでもこいつを倒す…!)


僕も奴と同じように妖力を溜めていく。

次第に奴の錬成陣は、雷と炎を纏い赤く、そして光るように変化していく。

一方、僕の方は白くどこまでも白く光っていく。


「なるほどな!純粋な妖力だけで勝負って訳か!!そんな自在にどうやったら使えんだよ!!」


奴はどこか嬉しそうな声で僕の錬成陣を見る。


「さぁこいよ!コン!!お前と俺との差を見せてやるよ!!!」

「ただの妖は!!神には勝てないんだよ!!!」


「黙れ!!!僕は現代最強の妖だ!!!」

「作り出されただけのお前に!!負ける訳にはいかない!!!!」


互いの妖力と妖術でこの場が震え出す。

そしてほぼ同時に溜め終わった僕らは同時に腕を前に突きだす。


「吹っ飛べ」

「《雷炎纏イシ神ノ怒リ》」


「穿て」

「《妖魔波動玉》」


雷と炎を纏った赤く光る砲撃と、白く光る砲撃がぶつかり合いせめぎ合う。

威力はほぼ互角であり、最初は拮抗しているが、徐々に赤い砲撃が白い方を飲み込み始める。


「僕は……負けない……!!」


全身の血が沸騰しそうになりながらも、さらに出力をあげる。頭が割れる、気を抜くと意識が飛びそうになる。そんな中でも僕はしっかりと意識を保ちながら威力を高めていく。

すると、徐々に押し返し、今度は白い砲撃が飲み込み始め、徐々に奴へと迫っていく。


(勝てる…!いや、勝たなければならない…!)


軋む身体にムチを打ちながら、さらに威力をあげていった。


「お前すげぇよ。ただの妖力だけで普通はこんなことできねぇ」

「もし、これにお前の本来の炎の妖術がのってたら、神妖になったとしても勝てなかったかもな」

「でもよ、相手が悪かったな。じゃあな」


奴が一気に出力を上げ、威力が倍増する。

押していた僕の砲撃を一気に押し返しそして全てを飲み込み、僕に向かって一直線に飛んでくる。


「なっ……」


その砲撃を避け切ることもできず、僕はまともに食らってしまった。


─────────────────────


「あの状況でまだ避けるか……」

「あれ食らっても五体満足とか、やっぱお前おかしいぞ」


「はぁ…はぁ…」


奴がこちらに頭の上で腕を組みながら歩いてる。

咄嗟に風の妖術を使い爆風で横に飛んだが、体の半分は食らってしまい、まるで感覚がない。全身が痺れたように動かない。

焼けたように熱いような気がするが、もはや左半分は使い物にならない。

それで僕は立ち上がり、奴を睨む。


「まだ立つのかよ……」

「ハク様が拘るはずだ。こんだけ俺が有利な状態で、あんなやり合えるのは異常だ」

「もういい。終わりにしようぜ?お前は強すぎる。だから、死ぬんだよ」


そう言って右手に刀を生成し、僕の方に向かって構える。


(動け…動け…!動け!!!!!僕が死ぬ訳には……)


どれだけ身体を動かそうにも、立つだけでやっとな僕には妖力を使うことすらも出来ない。


「翔…フウ…あとは頼んだ…」


僕は諦めたように目を瞑った。

斬撃が振り下ろされる音がする。だが、一向に斬られた感覚が来ない。

僕は目を開けると、その刃を奴は何故か自分の身体で握り防いでいた。

何が起きたのかまるで分からない。


「自分…の…!弟子を…!殺せるかよ…!」


「師匠…?」


直感でわかった。どういう訳か知らないが、確かに師匠が今僕を助けてくれた。


「やめろ…出てくるな俺はハク様の…!うるせぇ…!何がハク様だ!俺の顔して…キメェこと言ってんじゃねぇ…!!」

「クソッ…どこまでも規格外な男め…!私の魂の主導権を、肉体の細胞の微かな貴様の意志だけで乗っ取る気か……」

「やっと…猿真似をやめたか異常蛇野郎…!俺の身体の情報を使ったのは間違いだったな…!妖力を消耗してやっとだが…お前の魂なんぞに負けてたまるかよ……!」


僕は何が起きてるか分からなかった。1人の身体で2人が会話を交わしている。同じ顔、同じ声で。

だけど、確かに片方は僕の知る総一郎だ。


「コン!!!」


突然僕の事を呼び驚いたが、その次に総一郎は僕に向けて僕をさっき殺そうとした刃を僕に投げる。


「これで俺を殺せ!!!今す…何を言い出す!無駄な抵抗をやめ…お前こそ黙れよ!俺がこいつと中でやり合ってる間にそれを刺せ!!」


「僕が師匠を…?」


「そうだ!今ならやれ…九尾、君に殺せるか?今ここには君が慕った師匠の意志も…黙れ!俺はもう既に死んでる人間だ!今殺らねぇと、お前が今死んだら間違いなくこの世界は終わ……君にその業を背負えるのかい?師匠殺しの業を!!!」


蛇と師匠が身体の主導権を奪い合うように、言い合う。

僕は迷ってしまった。僕が師匠を殺す。

師匠の言う通り今が最後のチャンスだ。僕にはもう妖力は残されていない。この刃で奴を刺せば……


「そうだ、敬愛する師匠を殺した君の手は拭えない罪の血が……あぁ、もうクソ蛇が黙ってやがれ!!何迷ってんだ!!好きな女助けるんだろう?! 修行は終わってねぇ!俺を殺したら終わりだ!!」

「お前は何も悪くない!お前は今を生きる為に殺せ!!俺は過去の異物だ!!今の時代に生きてちゃいけねぇ!!本当の俺はあの時死んだ!だから、今の俺は俺じゃねぇ!!」


僕はその声に刃を握り、ゆっくりと息を吐く。


「好き放題に喚くな人間が!!君にその罪を背負えるのか?!師匠を殺してまで手に入れた愛しき彼女を君は愛せるのかい?いや、彼女は君を愛してくれると思うのかい?」

「殺れ!!!お前はまだ今を生きろ!!」


「僕は…僕は…!」

「う、うわあぁぁ!!!!!!」


僕はよろめく身体で踏ん張りを聞かせて一気に距離を詰め、そのまま刃を心臓に向けて刺す。


「ごふっ…ちっ…!まぁ、いい…これも面白い……」


そう言って蛇の気配が消えて、総一郎だけが残る。総一郎は刺された事を気にすることも無く、僕の頭を優しく撫でる。

僕は顔を上げることもできず、その場で静かに涙を零す。


「おつかれさん…修行終了だ…」

「泣くんじゃねぇよ…お前は悪くねぇ…」

「強くなったな…コン…あんな蛇なんかに負けんなよ…?」


そう言って力無く僕の方に倒れ込む。

倒れ込んだ総一郎をその場におろし、僕はゆっくりと歩き出す。

師匠を殺した。その事実が僕の頭を蝕んでいく。悪いのは誰だ。


「ハク………!!!!!」

「確実に殺してやる…!!!」


悪いのはハクだ。

そう自分に言い聞かせた。

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