第42話 罪を喰らう
「あ……」
凛は刺された腹部から血を流し、口から血を吹き出してそのまま地面に落ちていく。
僕は動かぬ身体にムチ打って動かし、何とか凛を受け止める。
「凛!!!!!!!」
ハクの邪悪に笑う笑い声が僕の頭に響く。
だけども、弱々しく息をする凛の息遣いが次第に弱くなっていく事の方が頭に響き渡った。
「凛…!凛…!」
僕の中で何かが壊れた音がした。自分が今どんな顔しているのか分からない。
僕の顔を見て笑うハクを見て、きっと僕は最悪な顔をしているのだろう。
「いい…!とてもいい顔だよ九尾!!!」
「君のその顔が…!全て打ち砕かれたその顔が見たかった!!!」
「愛する師匠をその手にかけてなお助けたかった彼女を、何も出来ずに殺されてしまった!!」
「素晴らしい…素晴らしい絶望だよ九尾…!」
凍てつく氷をまとった蛇は笑う。どこまでも邪悪にそしてどこまでも無邪気に。
「ここで、君を殺してもいいが……」
「まだだ…まだ足りない」
「私は君の絶望する顔がもっとみたい!!!」
「そうだ!君に関わりのある妖や人間を全て殺そう!」
「そして、君の前に首を並べてどう殺したのか一人一人説明していこうじゃないか!」
「どう殺したのか、最後はどんな言葉だったか……」
「そして、それに激高と絶望の入り交じった表情の君の首を跳ねてその顔をいつでも見れるように保管しよう!!」
「あぁ…考えただけでゾクゾクしてくる……」
ハクが何かを言っている気がする。
だが、何を言っているのかまるで分からない。声が遠く聞こえる。何も分からない。考えられない。どれだけ抑えても吹き出す血に手が濡れる。
凛の血で両手が赤く染まる。
「あ…うぁ…あ…」
「…どうやら聞こえてないみたいだ」
「たしかにいい表情だが、こうもバリエーションがないと見ていてつまらないな」
「まぁいい。手始めにクラマを殺したあの二人を殺して首を持ってこれば反応があるだろう」
そう言ってハクは僕らの前から去っていった。
────────────────────
「凛…!凛…!」
僕は呼びかけ続けた。朧気に目をあけて凛はこちらを見る。
「コン…様…」
「ごめん…なさい…」
「謝らないでくれ…!凛は…凛は何も悪くなんて……」
「僕のせいだ…全部僕が…」
僕は泣きじゃくるように顔を下げる。
全て僕のせいだ。僕が悪いのだ
凛は俯く僕の顔をそっと手で撫でた。
「泣かないで…?」
「あのね…コン様…私は楽しかった…」
凛はそのままゆっくりと、ゆっくりと話していく。
僕は何も言えずに、僕を撫でる凛の手に自分の手を添えて握りしめる。
「私は…あなたの人生の中の一人になりたかった…」
「私がいた事を忘れて欲しくなかった…」
「私がいつか…死んでしまう時に…あなたにそばにいて欲しかった…」
「最後の景色は…あなたを見つめていたかった…」
「あなたは妖で…私は人…そんな事無理だと思ってたのに…」
「こうして…泣いてくれてる…」
「それがとても嬉しく感じてしまうの…」
「ごめん…ね…?」
そう言って弱々しく笑う。
凛の身体から力が徐々に抜けていく。爛々と光り輝いていた目は陰りを見せて、血色の良い肌は次第に青白くなっていく。
「死ぬなんて言うな…やめてくれ…死なないでくれ…!」
(どうすれば…どうすれば助けられる…)
僕は止まった思考を回し始める。そして1つの解決法を思いついた。
僕の魂を凛の中に渡せば凛は蘇るかもしれない。
もしかすると悪神化するかもしれない。だが、ここまで消耗した状態の僕の魂であれば、元の持ち主の身体の魂が勝ち、上手く適合するのではないか。
(神妖としてだが、凛は死なない…)
僕が考え込んでいると、凛は僕の考えを見抜いているのかのように首を横に振る。
「あなたが死んで…私が生き長らえるなんてのは…無しですよ…?」
「私が生き残っても…できることなんて何も無い…」
「でも…私からの最後のお願い…聞いてくれませんか…?」
「最後だなんて言うな…!死なせない…絶対に死なせない…!」
僕の拒むことなんてお構い無しに、凛は最後のお願いを口にする。
「ねぇ…コン様…」
「一生の…お願い…」
「私を…食べてください…」
凛はそんな悲痛な願いを口にする。
「?!何を言い出して…」
「どうせ…私はもう死ぬ…」
「私は…すごい妖力を…持ってるんでしょ…?」
「なら…私を食べれば…ハクに勝てるかもしれない…」
そう言って笑いながら、僕の頬を撫でる。
「私の…身体も…心も…全部あなたにあげる……」
「だから…勝って…?」
「だって…コン様は…」
「最強なんですから…」
そう言って、気を失ってしまった。
出血の量からしておそらくこのまま死んでしまう。
(僕が…凛を…?)
そんなことは無理だ。僕に凛を喰らうことなんてできない。だが、確かに凛を魂ごと喰らえば、僕もまた神妖へとなれるかもしれない。
そして、妖力の量も単純に数倍以上に膨れ上がる。
そして魂ごと喰らうなら、まだ息のあるうちに喰らわねばならない。まだ、死んでいない凛を。
そうすれば、ハクにだって勝てるかもしれない。
(考えろ…!どうすれば救える…!どうすれば…!)
「…救う?何を言ってるんだ僕は…」
「死ぬのは…お前のせいだろ…!」
「僕のせいで凛は死んだ」
「このままだと、他の人も死ぬかもしれない」
「全て僕のせいだ。全て」
凛に僕の魂をうつせば確かに凛は一時的に蘇るかもしれない。
そして神妖化することができるのであれば、戦うことも出来るかもしれない。
だが、ハクはどうする。今の今まで援軍に来ていないフウ達の状況が分からない。
その状態であのハクを残したまま僕が死んで、凛達が勝てなければ世界は終わる。
『コン様!』
凛が僕を呼ぶ声が脳裏に過ぎる。
その声に幾度もなく救われてきた。そして、心地良かった。もう聞くことはきっと出来ない。
それでも今の状態が夢なのではないかと願いたくなる。だが、身体に付いた凛の血や、冷たくなっていく凛の手がこれが現実なんだと思わせる。
僕は手に付いた凛の血を舐める。
身体に確かに妖力が満ちていく感覚を感じる。
「僕には何が正解か…もう分からない…」
「だから、僕のできる最大の弔いと贖罪をするよ」
僕には今できることそれは……
「必ず勝つ。だから……」
「戴きます」
─────────────────────
「コン…大丈夫かよ…」
コンが行った方角を見つめながら、フウは心配そうな声を出す。
コンと別れてからかなり時間が経った。だが、未だに翔は起きる気配もない。
コンの無事を祈っているが、先程感じた凍てつくような妖力を感じた方向の空だけが、分厚い雲で覆われている事が気がかりだった。
「……!」
こちらに猛スピードで巨大な妖力を持ったものが向かってきているのが分かり、臨戦態勢へとなる。
「クソがよ…」
「随分見た目が変わったなハク」
現れたのはやはりハクだった。
「はぁ…やっぱりクラマは負けていたのか」
「一応削ることには成功はしてるが、使えないやつだ。ここまで有利な戦いでどうやったら負けれるんだ?」
ハクは心底がっかりだと言うような表情を浮かべる。
「お前…仲間じゃねぇのかよ」
フウがそう聞くと、首を傾げてハクは答える。
「仲間?あれはコマだよコマ」
「私が九尾を絶望させるためには必要なコマだ」
「とことんクズ野郎だなてめぇはよ……!」
「はは、褒め言葉として受け取っておこうかな?」
ハクは邪悪な笑みを浮かべながら笑う。
(ここにハクが来たってことは、コンと凛ちゃんは…)
フウが苦い顔していると、それを見たハクはニヤニヤ笑っていた。
「君が想像していることは分かるよ?」
「九尾は僕に負けた。人間の娘は死んだよ」
「……そうかよ。じゃあお前も」
フウは片手に風を集めて剣を作り出して、一気に距離を詰める。
「死ねよ」
そして、怪我をしているとは思えないほどのスピードでハクに斬り掛かる。
だが、ハクはそれを片手で受け止めた。
「なっ…!」
「片腕と片翼を失った君に、神の境地へと至った私と対等に戦えると本気で思っているのかい?」
ハクは片手を振るうように動かし、フウをなげ飛ばした。
「素晴らしい…ただの腕を振るうだけでこの力……」
「これはどうだい?」
ハクは無数に氷の破片を作り出し、吹き飛ばされたフウに向かって飛ばす。
フウはその破片を斬り裂こうとしたが、刃が全く入らない。
「くっそ…斬れねぇ…!」
「ただの氷では無い。これは黄泉の冷気で作られた氷だ」
「ただの妖術で斬れるわけが無いだろう?」
「クソが…!」
フウは斬ることを諦めて、飛んでくる破片を風の刃で軌道をずらして避け続ける。
「やはり、身体能力は九尾よりは上だな」
「だが、遅い」
ハクは先程の倍以上の大きさの破片を先程の倍以上の数を作りだす。
そしてそれを寝ている翔に向けて放った。
「……!下衆が!!」
フウは一瞬にして、翔の前へと立ち飛び交う破片を全て受け流し続ける。
だが、やはり数が多く全てを受け流すことが出来ずに所々にかすり傷を負う。
(重心が…ぶれる…)
片翼と片腕を失った事で、身体の軸が上手く保てない。
それでも、翔には傷1つ付けずにその場を収めきった。
「はぁ…はぁ…」
フウは最早満身創痍の身体を無理やりにでも動かして翔を守る。
(今はこいつを守る。もし、翔が起きてあの力を使えたら……!)
(コンは負けただけならまだ生きてる…全員で叩けば勝てるかもしれねぇ……!)
そうして、ハクを睨むフウに対してハクはニヤリと笑った。
「何かを勘違いしているようだが、今はただ遊んでいるだけだ」
「私がその気になれば…」
ハクが指を鳴らすと、フウが作り出していた風の刀が消える。
「なっ……!」
フウは驚愕し、なんども風の妖術を発動させようとする。だが、何度やっても途中で消えてしまう。
「私はね?全ての自然系の妖術を取り込んだまま神へとなった」
「同じ自然系の妖術が、たかが妖風情が使えるとでも?」
「本来、神妖は2つの妖術と、1つの特異的な力の3つを持つ」
「だが、私は違う」
「私は複数の妖術を持った魂と、神妖へと至った私の魂の1部と混ざり合い、神妖となったのだ」
「私は、唯一無二の神妖なのだよ!!」
そう言ってハクは火、水、風、雷、土、毒、氷、影など多種多様な妖術を展開する。
「嘘だろ……」
フウは愕然とした。万全の状態で仮にあったとしても、妖力の扱いはあまり上手くないフウにとって、風の妖術を使えないとなればかなり苦しくそして今の状況では絶望的だった。
「今の私に勝てるものなどいない!!!!」
「安心しろ?タダでは殺さない」
「君たち2人の首は後で九尾に見せるのだからな」
「ただ、エピソードとして命乞いぐらいはして欲しいものだ」
そして、腕を振るい多種多様な妖術がフウ達に向かって一斉発射される。
「クソがよ……!」
フウにはもう何も出来なかった。だが、少しでも翔への攻撃を防ぐために翔の前に立ち塞がった。
「翔はやらせねぇ……!」
「こいつならお前にもきっと……」
妖術達が迫り来る瞬間、金色の炎が全てを焼き尽くす。
フウは当然のこと、ハクもその状態に驚きを隠せない。
(あの炎消すことができない…)
(ただの炎では無い…!)
ハクは喜びを隠せないように笑う。
「どこまでも…どこまでも私を楽しませてくれるな!!九尾!!!」
銀世界となっている世界の半分が明るく照らされる。
今は夜のはずだが、何故か太陽が空には光り輝く。
そして、その中心には金色のオーラを纏った九尾が佇む。
目を金色に光らせ、羽衣まとい、手の甲と額に紋章を灯した九尾はゆっくりとこちらへと歩く。
「《神妖化》」
「《神妖
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