第49話 このままじゃダメだ

 俺――飛鳥馬京也あすまきょうやには彼女がいる。

 しかし、つい先程その彼女を泣かせてしまった。


『お願いだから……私だけを見て……もう他の女の子には優しくしないで……』


 どう考えても俺が悪かった。

 俺はこれまで実莉みのりと仲良くやってきたつもりだ。ずっと実莉ただ一人を見ていたつもりだった。

 だが、実際は違った。


 八重樫やえがしが部活中に怪我をした時、俺の体は勝手に動いていた。

 言い訳になるが、無意識に走り出していたのだ。

 俺は実莉の言っていた通り、彼女である実莉だけを見てはいなかった。そのせいで、不安にさせてしまっていた。


「最低だ」


 このままでは彼女に振られてしまうかもしれない、と焦燥感に駆られる。

 彼女が泣いている時、俺はどうすればいいか分からずただ謝ることしかできなかった。

 彼女の不安を払拭することはできなかった。


 結局そのまま放課後になってしまい、俺は席を立った。

 本来ならば直後に控えた大会に向けて部活に行かなければならないが、今はそれどころではない。


 彼女を泣かせてしまった罪は重い。

 彼女を絶対に幸せにする、といったあの時の決意はどこに行ってしまったのか。

 今は彼女と顔を合わせられなかった。今の俺にはそんな資格なんてないのだ。


「くそ……」


 走って学校を出て、俺は一目散にへ向かった。

 それは

 初めに好きだと伝えたのは俺の家だったが、明沙陽あさひと仲直りをした後、改めてちゃんと告白をした場所はこの公園だった。


 何があってもあの手を離すことはない。

 絶対に幸せにしてみせる。

 あの時の俺はそんな決意を胸に、ゆっくりと告白の言葉を紡いだのだ。


 ――今の俺は、一体何をしているのだろう。


 絶対に幸せにしてみせる?

 じゃあなんで泣かせてるんだよ。

 俺なんかを好きになってくれて、今までずっと一途に好きでいてくれた女の子。

 そんな子を裏切るのか?


「……このままじゃダメだ」


 今の俺は彼女に伝えなければいけないことが山ほどある。

 俺は再び走り出した。

 次に向かう場所は決まっている。

 今すぐ謝りたい。今すぐ伝えたい。

 だって俺は彼女のことを、この世の誰よりも愛しているのだから。



 目的地に無事到着し、インターホンを鳴らしてみる。

 しかし家の中には誰もいないのか、応答はなかった。

 恐らく実莉はまだ家には帰っていないのだろう。待つことは分かっていたため、俺は家の前で立ちながら待つことに決めた。

 それから待つこと約三十分、こちらに向かって歩いてくる男女二人が見えた。明沙陽と実莉だ。


「……じゃあな、実莉」

「……うん」


 明沙陽は俺の気持ちを察してくれたのか、実莉にそう声をかけてから俺の横を素通りし自分の家に入っていった。

 明沙陽がいなくなってからは少し気まずい空気が流れたが、俺は先程からずっと俯いている実莉に声をかける。


「実莉、伝えたいことがある」


 その言葉に反応し、実莉は肩をビクッと震わせた。

 そしておずおずと顔を上げ、首を縦に振った。


「……この近くに公園があるから、そこでもいい?」

「わかった」


 実莉の案内のもと、俺たちはその公園へ向かった。

 歩き始めてから数分で到着し、二人でベンチに座る。前までなら座る時は大体密着していたが、今は拳二つ分くらい離れている。

 まあ、今はこの方が話しやすいだろう。


「……なに? 伝えたいことって」


 膝に置かれた実莉の両手は震えている。

 俺はその手を掴み、深呼吸をしてから伝えようと決めていた言葉を紡ぐ。


「俺は実莉のことを愛してる」

「……ぇ」

「不安にさせてごめん。実莉はずっと俺のことを見てくれていたのに、他の女子に目を向けてごめん。幸せにするって誓ったのに、傷つけてごめん」


 まだまだたくさん謝りたいことがある。

 まだまだたくさん伝えたいことがある。


「俺はもう、絶対に実莉を悲しませない。傷つけない。実莉が泣いてる姿を見たくない。これからは実莉が自慢の彼氏だって誇らしげに自慢できるように、死に物狂いで努力する」

「……っ」

「だから俺に、チャンスをくれないか」


 許してほしいとは言わない。

 実莉が俺に冷めてしまったなら身を引くしかないが、それでも諦めずにまた好きになってもらえるように努力するだけだ。

 だけどもし、まだ俺に気持ちが残っているのなら……。


きょうくんは悪くないよ……」


 実莉は今すぐにでも泣き出しそうな震えた声でそう言った。


「ごめんなさい……私が悪いのに、京くんに謝らせて……」

「なんで実莉が謝るんだよ。どう考えても謝らなきゃいけないのは俺の方だ」

「違うの……私の心が狭いのがいけないの。小さい事も許容できない私が全部悪いの……」

「実莉は悪くない。誤解させて不安にさせてしまった俺が悪いんだよ」


 事の発端は俺だ。

 俺が誤解されるようなことをしなければ、今のような状況にはなっていなかった。


「……京くん」

「だからチャンスがほしい。これからは実莉のことだけを見るから」

「……ありがとう、すごく嬉しい」


 ここで久しぶりに実莉の笑顔が見れた。

 久しぶり、と言ってもあまり時間は経っていないが。

 それほどまでに実莉と一緒に笑い合っている時間が恋しく、一緒に居られなかった時間が苦しく長く感じられたのだろう。

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