第48話 俺はお前を泣かせたりしない ※桐崎明沙陽視点

 今日の朝から、ずっと様子が変だった。

 いつものように笑顔でいながら、時折暗い顔を見せる。辛そうで、何かを我慢しているように見えた。

 小さい頃からずっと一緒にいたのに、あんな顔を見たのは初めてだった。


 思い付く理由は一つしかなかった。

 実莉みのりが暗い顔をする時は、絶対に京也きょうや関連のことだ。それ以外に有り得ない。


 ――俺だったら、あんな顔させないのに。



 放課後、俺――桐崎明沙陽きりさきあさひは仮病を使って部活を休むことにした。

 当たり前だが、普段は仮病を使って部活を休むことはしない。京也と喧嘩して、家にこもっていた時以来だ。

 そして今回休むことにした理由は……。


 京也と八重樫やえがしさんが部活に向かったことを確認し、実莉が座っている席へ向かう。

 実莉はまだ少し暗い顔をしている。朝と比べればマシな方だが、まだ完全にいつも通りの様子ではなさそうだ。


「実莉、久しぶりに一緒に帰らないか?」

「……」

「実莉?」

「……あ、明沙陽。どうしたの?」

「久しぶりに一緒に帰らないか、って言ったんだよ」

「え、部活は?」

「休んだ。ちょっと体調が悪くてな」


 もちろん仮病だが。

 そんなことはお見通しと言わんばかりに、こちらを睨みつけてくる実莉。

 やはり小さい頃からずっと一緒にいると、ちょっとした嘘でもバレてしまうのかもしれない。


「…………仮病でしょ」

「本当に体調悪いんだよ。だから早く帰ろうぜ」

「……じゃあ、うん」


 そうして俺たちは久しぶりに二人で学校を後にした。

 最後に一緒に下校をしたのは、高校に入学したばかりの頃だっただろうか。思い返してみると、すごく懐かしい。


 俺たちはしばらく無言で駅まで歩き続けた。

 実莉の方から相談してくれるんだったら話は早かったが、やはり俺には話しづらいのだろうか。

 だがこういう場合、自分一人で溜め込むのではなく、誰かに話を聞いてもらった方がいい。

 そのため、結局俺の方から切り出してみることに決める。


「実莉、今日朝からずっと変だけど、何かあったのか?」

「……ちょっと、ね」

「京也のことか?」

「…………うん。でも、きょうくんは悪くないの。ただ私が自分勝手なだけ」

「実莉が?」

「……うん。実はね――」


 実莉は今日あったことすべてを話してくれた。

 どうやら京也が二股しているという噂を耳にして、ずっと不安だったようだ。

 京也は誰に対しても平等で優しい奴だ。その優しさが仇となり、結果的に実莉を傷つけてしまったのか。


「もう大丈夫なのか?」

「……ちょっとまだわからないかも。不安な気持ちは、ほんの少しだけ残ってる」

「……そうか」

「自分でも分かってはいるんだ。私がしているのは束縛なんだって。こんなんじゃ嫌われちゃうかも……」

「好きな人に自分だけを見てほしい、自分だけに優しくしてほしいなんて、そんなの誰だって思ってることだ」

「……え?」

「俺だって、実莉への気持ちを自覚してからずっと思ってた。俺だけを見てほしいって。それは今も変わらない」


 実莉は驚いた様子で、こちらをじっと見つめてくる。

 これが自分の気持ちを伝えるラストチャンスだ。

 ダメだったら、その時は――。


「俺はお前を泣かせたりしない。絶対に不安にさせないし、ずっとお前を見ている。一秒だって目を離さない。だから、俺を選んでくれないか」


 弱っているところに付け込むなんて、最低なことをしている自覚はある。

 その相手が親友の彼女なんて、尚更だ。


 でも、心の底から思ってしまったのだ。

 実莉を幸せにしたい、と。


 なんで選ばれたのは俺ではないのだろう。

 俺だったら、絶対に実莉が悲しむようなことはしないのに。ずっと他の子なんて眼中に無かったし、ずっと実莉だけを見ていたのに。

 だから俺が――。


 実莉は俺の最後の告白を聞いて、少し泣きそうになりながらもこちらに笑顔を向けてきた。

 

「……ありがとう、明沙陽」


 そして俺は悟る。


「……でも、ごめんね。私は今も京くんが好きだから、明沙陽の想いには応えられないよ」


 応えなんて最初から分かっていた。

 でも、ほんのわずかな可能性にかけた。

 もしかしたら俺を選んでくれるかもしれない。

 そんな淡い願望を抱いて。


「……そうか。京也との事で何かあったら俺を頼れよ。なんでも話、聞いてやるから」

「……うん、ありがとう……本当に、ごめんね……」

「いいって。幸せになれよ、実莉は笑顔の時が一番可愛いんだからな」


 実莉は泣きそうになりながらも、コクリと頷いた。

 俺はそんな可愛らしい実莉の頭を撫でる。


「……じゃあ、帰るか」

「……うん」


 それからはずっと無言だった。

 きっと一緒に下校をするのは今日が最後だろう。

 俺はそんな幸せな時間を、ゆっくりと噛み締めるように帰路に就いたのだった。



***


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