第46話 ふざけた噂

 次の日、俺は周りの様子に異変を感じながらも学校へ向かった。

 通学中や教室に向かうまでの今も、こちらに視線を向けてくる人が異常に多く感じられた。

 もしかして俺が実莉みのりに見合う男になるために、毎日のように髪をセットするようになったからだろうか。


「……いや、髪をセットしただけでこんな見られるわけないよな」


 ならどうして? と疑問が浮かぶ。

 こちらに向けられる視線について色々考えていると、あっという間に自分の教室に到着した。

 教室のドアを開けると、目の前ではちょうど実莉と八重樫やえがしが話しているところだった。


「おはよう」

「あ、きょうくんおはよー」

飛鳥馬あすまくん、おはよ!」


 軽く右手を上げて挨拶すると、二人が笑顔で挨拶してくる。

 しかしいつもと違うのは……。


「八重樫、その足……」


 八重樫は左足をギプスで固定しており、右手で松葉杖を持っていた。

 元気そうな顔はしているが、やはり辛そうだ。


「大丈夫大丈夫! 一ヶ月もすれば練習に復帰できるだろうし、骨折したわけじゃないしさ!」

「夏大は残念だけど、次は一緒に頑張ろうな」

「うんっ!」


 八重樫はニコリと笑い、少し長めの綺麗な黒髪ポニーテールを揺らした。

 その様子を横にいる実莉がジト目で見ているが、なぜかは分からない。


「…………なんか京くんと美音みおん、前から距離近くなってない?」

「……え、そうか?」

「うん」


 実莉がこちらにもジト目を向けてくる。

 八重樫との距離はあまり意識してなかったが、そんな近かっただろうか?


「俺の彼女は実莉だから、俺は実莉にしか興味ないんだけどな」

「……っ!? わ、分かってるけど……恥ずかしい! 学校でそんな恥ずかしいこと言わないで!!」

「……え? ご、ごめん」


 実莉は顔を真っ赤にしながら、俺の胸をポカポカと叩いてくる。あまり痛くない。可愛い。

 怒っている可愛い彼女を宥めていると、八重樫がゆっくりと教室から出ていこうとしていた。


「八重樫、どこか行くのか? もうすぐホームルーム始まるぞ」

「…………うん。ちょっと先生に呼ばれてて」

「? 俺も行こうか?」

「ううん、大丈夫」

「……そうか」


 そして八重樫はゆっくりと教室から出ていった。

 心做しか元気がなかったようにも見えたが、きっと気のせいだろう。



 朝のホームルームを終え、俺は席が近い実莉と明沙陽あさひと談笑していた。

 ちなみに八重樫はホームルームの途中で教室に戻ってきた。

 その時彼女は暗い顔をしていたため、元気がないのは気のせいではないらしい。


「……悪い。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「うん」

「りょーかい」


 八重樫はホームルームが終わると、またすぐに教室から出て行ってしまった。

 心配だ。そう思って俺も教室から出て、八重樫の姿を探すことに決める。


「どうしたんだよ、八重樫……」


 廊下を走り、八重樫の姿を探す。先生に走るな! と注意されても、今はそれどころではないため無視を決め込む。

 あのいつも明るくて元気な彼女が、暗い顔でどこかにいる。そう思うと、いても立ってもいられなかった。


「くそ……どこにいるんだよ……」


 それからしばらく探し、一階にある自販機前にやって来たがやはり姿は見えなかった。

 すると後ろから誰かに肩を叩かれた。八重樫か? と思って振り向くが、そこには同学年で陸上部の池田いけだが立っている。


「よう、京也。どうしたんだよ、そんな疲れて」

「あぁ、八重樫を探してるんだ。暗い顔をしてたから気になって」

「そうか。やっぱり夏大に出れないこと気にしてるんじゃないのか? ずっと次こそは関東大会に出るって言って、練習頑張ってきてたんだし」


 池田の言う通りかもしれない。

 俺だって、大会のために全力で練習してきたのに、いざ大会直前になって棄権になったらすごく悔しい。


「……あ、そういえば京也。お前、聞いたか?」

「何を?」

「噂だよ、噂。すごい事になってんぞ」


 ……噂?


「そんなすごい噂なのか? 一体誰の?」

「お前だよお前。京也、とんでもない噂流れてんぞ」

「は? 俺の噂?」


 池田は必死の様子だ。嘘ではないだろう。

 それにしても俺の噂ってなんだ? あ、もしかして実莉とのイチャつきが度を超えてて気持ち悪いとか? 褒め言葉だな。


「……ああ。もう学校中に広まってやがる」

「まじか。で、なんなんだよ? その噂って」

「お前が胡桃沢くるみざわさん、八重樫さんとって!!」

「…………は?」


 ふ、二股? こいつ、ふざけてるのか?


「昨日した俺の推測は合ってたわけだ……」

「おい、何言ってんだ。俺は二股なんてしてないぞ」

「……だよな、知ってるよ。京也は誠実で彼女一筋だし、二股なんて愚行は絶対しないもんな」

「……まさか」


 俺が今日、周りから向けられた視線。

 それは全て、俺が髪をセットしていたからではない。俺が二股しているというふざけた噂のせいだったのか。


「京也の様子を見る限り、胡桃沢さんにはまだ噂が流れてないようだな。手遅れになる前にちゃんとデマだってこと伝えろよ。じゃあな」

「……あ、ああ」


 元気のない八重樫を探しに教室を出たはずが、まさかこんなふざけた噂が流れているのを知ることになるとは。

 俺が二股をしている? 冗談じゃない。誰だよ、そんなふざけた噂を流した奴。絶対に許さない。

 だが今は池田に言われたように、実莉に噂がデマだということを早急に伝えなければならない。


「畜生、どうしてこんな事に……!」


 ふざけた噂を流した奴に心の中で罵倒しながら、下唇を噛む。

 結局八重樫を探すことは一旦諦め、俺は颯爽と教室へ向かったのだった。

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