第45話 陸上部の天使……?

 部活を終え、競技場に残っている陸上部の一同はかなり重い空気で解散となった。

 夏大会直前に起きてしまった、八重樫美音やえがしみおんのアクシデント。

 俺を含めた陸上部全員が、八重樫のことを心配していた。


「大丈夫かな、八重樫先輩……」


 更衣室で着替えていると、隣にいた八重樫と同じ種目に出ている後輩がため息混じりに言った。

 八重樫はあの明るい性格で部活を盛り上げている。そのため後輩からは慕われているし、先輩からは可愛がられている。

 そんな彼女が怪我を負ってしまったという事実に、周りで着替えている男子たちの表情は曇ってしまっていた。


「心配だな。あの様子だとしばらく部活はできないだろうし」

「ですよね……夏休みになっても練習来てくれるかな……」

「さすがに毎日とまでは行かなくても、二、三日に一回は来ると思うぞ。八重樫の性格的に」


 俺がそう言うと、周りで着替えている奴らの動きが一斉に止まった。

 そして全員が「うぅ……」と残念そうに表情を曇らせる。


「……え、なに?」


 ここにいる全員が残念そうにしているのを見て、どういう事か分からず首を傾げる。

 すると近くで着替えていた同学年の池田いけだに肩を強く掴まれた。


「え、なに? じゃねぇぞ京也きょうや! 陸上部の天使が毎日部活に来ないかもしれないんだ! 八重樫さんのことはもちろん心配だが、彼女がいない陸上部なんて辞めた方がマシさ!!」


 陸上部の天使……?

 よく分からないが、こいつ最後にとんでもない事言いやがったぞ。


「池田、さすがにそれは言い過ぎだろ。陸上部に入ってるのは八重樫がいるからってことかよ」

「もちろん」

「おい」


 まじかこいつ、と内心で思いながらも周りを見渡すと、どうやら八重樫目当てで陸上部に入っている男子は結構多いらしい。…………まじかよ。

 なるほど、だからやけに長距離を専門としてる奴が多いのか。


「あんな可愛い子を見て一目惚れしない方がおかしいだろ!? てか京也、そういえばお前、抜け駆けしやがったな?」

「……は? 抜け駆け?」


 池田が抜け駆けと言った瞬間、周りの奴らも「そういえば……」とこちらに目を向けてくる。


「可愛い彼女がいるくせに、八重樫さんのことおんぶしやがって! 俺がしたかったのに…………はっ! まさかお前……胡桃沢くるみざわさんと八重樫さんで二股狙ってるつもりか!?」

「んなわけねぇだろ!!」

「……ふん、とりあえず抜け駆けは許さん! 可愛い彼女がいながら八重樫さんの肌に触れた罪、絶対に許さんぞ!!」


 その後、俺は更衣室内でほぼ全員によって半殺しにされたのだった。…………なんでや。



 家に帰ってすぐに風呂に入り、自分の部屋に戻るとちょうどスマホから着信音が鳴っていた。

 誰かと思って手に取ると、画面には『胡桃沢実莉』という文字が写っている。


「……え、実莉みのり!?」


 普段からよく電話はしていたが、いつも電話をする時はいきなりかけず前もって約束してからだった。

 今回は電話の約束をしておらず、急な着信だ。何か急用だろうかと思って、急いで応答ボタンを押す。


「もしもし? どうした?」

『あ、きょうくん? 急に電話しちゃってごめんね。今大丈夫?』

「大丈夫だけど……何かあったのか?」

『ううん、特に用があるってわけじゃないんだけど……少し京くんの声が聞きたくなっちゃって』


 俺の彼女がめちゃくちゃ可愛すぎる件。


「……そっか。じゃあ少し話すか」

『うん、ありがとっ。大好き』

「俺も大好きだよ」

『んふふっ』


 実莉は嬉しそうに笑った。

 やばい、まじで可愛すぎる。今すぐ抱きしめたいくらいだ。


 それからも同じようなやり取りを何回も続け、しばらく経った頃。俺のスマホに別の誰かから着信があったことに気付いた。


「実莉、ごめん。別の誰かから電話来たみたいだから、一回切ってもいいか?」

『ん、いいよ。じゃあ、待ってるね』

「わかった。すぐかけ直すよ」

『うんっ』


 一度実莉との電話を切り、最終履歴が不在着信になっているトークルームを開いてみる。


「……八重樫?」


 驚くことに八重樫からの着信だった。

 今まで八重樫と電話をしたことがないため、珍しいなと思いつつも折り返し電話をかけてみる。するとすぐに電話は繋がった。


『もしもし? 飛鳥馬あすまくん、今大丈夫?』

「おう。それより足の怪我、大丈夫だったか?」

『うーん。大丈夫ではないけど、大した怪我ではなかったよ。完治するまで結構かかるって言われたけどね』

「そうか……」

『うん。それに夏大には出れないから、これからはみんなのサポート頑張ろうと思ってる』

「よかったよ。八重樫が毎日練習来なくなるかもって、みんな浮かない顔してたし」

『……飛鳥馬くんも?』

「…………へ?」


 少し戸惑いを見せると、八重樫はハッとして早口で喋り始める。


『……あ、ううん。なんでもない。とりあえず改めてお礼がしたかったの。部活の時、ありがとうね。助かった』

「そうか、全然気にしなくていいのに。お互い様だろ」

『……うん。本当にありがと。じゃあ、また明日学校でね』

「おう、お大事に」


 そうして電話は切れた。

 八重樫が部活を休むことなく、これからはサポートに回る。それを聞いた瞬間、少しホッとした自分がいた。

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