第30話 俺が悪かった

 明沙陽あさひの家に入ると、すぐに部屋へ案内された。


「……で? 毎日毎日俺の家に来てなんの用だよ。実莉みのりに言われて来たのか? 近所迷惑だし、もう今日で終わりにしてくれると助かるんだが」

「お前と仲直りがしたいんだ。あと、実莉に言われてじゃない。俺の意思で毎日来てる」


 明沙陽は俯き、部屋にあるベッドに座った。

 俺は立ったまま、明沙陽の返答を待つ。


「……そっか。でも仲直りなんて、無理だ。本当はお前だって俺のこと嫌いなんだろ? 憎いんだろ? 知ってるんだよ、俺は」

「何を言って――」

「高一の夏休み明け、俺は一人の女子に告白をされた」


 俯いた状態で、約一年前のことを話し始める。

 俺は、これから明沙陽が話し始めることを聞きたくなかった。



***



 高一の夏、俺には好きな人がいた。

 入学式の日に仲良くなって、二人で遊ぶようにもなって。夏休みには二人で花火大会にも行った。

 正直、告白をすれば付き合えるという自信はあった。

 だから思い切って、花火大会の日に告白をしたんだ。


『ごめん。私好きな人ができたんだ。だから、飛鳥馬あすまくんとはこれ以上遊びに行けないかも』

『好きな人って、誰……?』

桐崎きりさきくんだよ。あ、そういえば飛鳥馬くんって桐崎くんと仲良かったよね? もしよかったら仲を取り持ってくれないかな?』


 俺が好きになった子は、明沙陽のことが好きだった。

 俺とは入学式の日から仲が良くて、何度も一緒に遊びに行った仲だったはずなのに。話したことすらほとんどない俺の隣にいた明沙陽のことを。


 ――ふざけてるのか?


 振られた時、真っ先にそう思った。

 だっておかしいじゃないか。

 どうして、俺じゃなくて明沙陽なんだよ……。



***



「なぁ、京也きょうや。あの時俺に告白してきた子って、元々はお前が好きだった子だろ」

「……前にも言ったけど、そうだよ」

「だよな。じゃあもしかして、今お前がしているのは俺に対する復讐か?」

「…………は?」


 言っている意味が分からなかった。

 俺が明沙陽に復讐? なんで?


「俺がお前の好きな人を奪ったから、今度はお前が俺の好きな人を奪ったのか?」

「違う!! それは絶対にない!! 俺は……」

「…………だよな。よかったよ、そう言ってくれて」

「……明沙、陽?」

「ごめんな。あの時も、今回も。なによりお前を殴って、絶交だとも言っちまった。本当は分かってたんだ。京也が何も企んでないことくらい。でも、俺は実莉に好かれたお前に嫉妬しちまった」

「…………」

「京也の好きな人を奪っておいて何様だって思うかもしれないけど、自分の好きな人を奪われるってのはこんな気持ちなんだな。すげぇ苦しい。もう死んでもいいとさえ思った。それなのにお前は俺と親友でいてくれて、これからも親友でいたいって言ってくれて……。本当にごめん。許してくれ」


 そして明沙陽は頭を下げた。

 こちらが謝ろうと思っていたのに、突然逆に謝られてしまい拍子抜けしてしまう。


「どうして明沙陽が謝るんだよ、悪いのは俺なのに」

「いや、俺の方が悪い。ついカッとなってお前のことを殴ったし、いくらなんでも絶交は言い過ぎた。この二週間、ずっと考えてたんだ。俺はもう高校生なのに、なんて子どもなんだろうって。本当に悪かったよ」

「違う、お前は悪くない。俺が全部悪いんだ。ごめんな」

「京也は悪くない。俺が――」

「違う! 俺が悪いんだって」


 それからはお互い、謝罪の連続。

 どちらも自分が悪いと譲ることなく、時間を忘れて言い合いをした。


「はは……やっぱ明沙陽と話すのは面白いな」

「話すっていうかただの言い合いだろ、これ」


 俺たちは久しぶりに面と向かって笑う。

 すると明沙陽は息を吐いて深呼吸をし、落ち着いた様子で口を開いた。


「京也、今更だけどあの時の言葉、取り消させてくれるか?」

「絶交ってやつか?」

「ああ」

「もちろんだ」

「じゃあ……」


 明沙陽は目を瞑り、自分の顔を差し出してくる。


「え、なんだよ」

「俺の顔を殴ってくれ」

「いや、なんで……」

「じゃないと俺の気が済まない。本気で頼む」

「…………わかった」


 俺は差し出された明沙陽の顔を見て、右手で握りこぶしを作った。

 そして容赦なく、今までの気持ちすべてを込めて一撃、明沙陽の顔に叩き込む。


「いってぇ……思ったより強いな」

「今までの鬱憤を全部込めたからな」

「なるほどな……。あ、そういえばずっと気になってたんだけど、この際聞いてもいいか?」

「別にいいけど、なんだよ」

「京也は実莉のこと、どう思ってるんだ?」

「え……?」


 突然思いも寄らないことを聞かれ、呆然としてしまう。今日明沙陽に実莉のことを聞かれるとは思わなかったのだ。


「実莉は明沙陽のことが好きなんだろ? 告白とかもされたんじゃないのか?」

「……ああ」

「なら――」

「好きだよ」


 俺は淡々と、そう答えた。前までの俺なら明沙陽の気持ちを考えてしまい、ちゃんと自分の気持ちを答えられなかっただろう。

 でも、もう大丈夫だ。


「……そっか」


 明沙陽は悲しそうな、あるいは嬉しそうな顔でこちらを見てくる。


「実莉を泣かせたら許さないからな」

「おう」

「あと、覚えとけ」


 突然そう言って立ち上がり、こちらに人差し指を向けてくる。

 そしてニヤリと笑い、冗談なのか本気なのか分からない表情で口を開いた。


「俺はまだ実莉のことを諦めてない。たとえ京也と付き合ったとしても、ずっと実莉のことは狙い続ける。二人のことを邪魔するとさすがに実莉に怒られそうだから、狙うとしたら関係が悪化した時だな。喧嘩でもしたら実莉の隣には俺がいると思え」

「それ、俺に言っていいのかよ」

「ああ、真剣勝負だからな」

「……ふっ、わかった。心に留めておく」

「おう」


 その後、話が一段落ついたところで俺は明沙陽の家を出た。

 明沙陽との和解に成功し、俺は嬉しさのあまりガッツポーズをしてしまう。


「よかった……仲直りできて」


 ずっと家に通い続けた甲斐があった。

 大切な親友を失わずに済んで、本当によかった。


「あ、そうだ」


 いいことを思いついた。

 早速実行するべくポケットからスマホを取り出し、とある連絡先に電話をかける。


『もしもし、飛鳥馬あすまくん? どうしたの?』


 すると三コール目で繋がり、今最も聞きたかった声が聞こえてきた。


「今から会えないか?」

『大丈夫だけど……どうしたの?』

「会ってから話す。とりあえず駅まで来てくれるか?」

『? うん、わかった』


 そして電話は切れた。

 俺はこれからするのために、息を整えてから早歩きで駅へ向かったのだった。

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