第29話 やるべき事
「俺も
本当は考えないようにしていただけ。
でもまずは、目の前にいる実莉と向き合わなければならない。
「……それ、ほんと?」
「本当だよ」
「ほんとのほんとのほんと?」
「本当の本当の本当だ」
俺はちゃんと実莉の目をまっすぐ見る。
そして目が合ってから数秒後、耐えられなくなったのか実莉は目を逸らした。
「……じゃあ、証明して」
「え、証明?」
「……そう」
頬を赤く染めた実莉は目を瞑り、こちらに段々と顔を近づけてくる。
「お、おい。これって……」
思わず後ずさるが、それでも尚目を瞑ったまま距離を詰めてくる。
俺が実莉を好きだという証明。それは恐らく、キスをしてということだろう。
ここでキスをすれば、実莉を好きだと信じてもらえる。
……でも、今ここでキスをすることはできない。
「…………
俺は距離を詰めてくる実莉の肩を掴んだ。すると実莉は上目遣いで、寂しそうな表情を浮かべる。
キスができないのは、決して勇気がないからではない。まだ実莉に好きだと伝えただけで、付き合っていないからだ。
「実莉、キスは付き合ってからしよう」
「え? どうゆうこと……?」
「俺にはまだやるべき事が残ってる。それが片付いたら、改めて俺から告白させてほしい」
「……なるほどね。わかった、いいよ」
実莉は俺の言いたいことが分かったのか、あっさりと身を引いた。
もしかしたらこのまま流れでキスされてしまうかも、という懸念もあったが杞憂だったようだ。
そう、俺にはまだやるべき事が残っている。
それは明沙陽との和解だ。
「でも、もしできなかったらどうするの?」
「その時は…………どうしようかな」
「考えてなかったの!?」
「……大丈夫だ。許してもらえるまでなんでも罰を受ける。あいつの気が済むまで、俺は何をされても受け入れるつもりだよ」
「飛鳥馬くん……」
「だから、待っててほしい。明沙陽と和解できるまで」
「……わかった」
明沙陽と和解できる日が来るのは、当分先かもしれない。
かなりの間、実莉を待たせることになるかもしれない。
それでも、明沙陽と和解できずに実莉と付き合うなんてできるわけがないから。
「ありがとう」
俺は絶対に明沙陽と和解してみせる、と心に決めたのだった。
「と、意気込んだのはいいけど、どうしようか……」
次の日の朝、結局あの後からずっと名案が思いつかず深くため息をついていた。
明沙陽との和解は簡単にいくものではない。
そもそも今日学校に来るかすら分からないし、家に行っても話を聞いてくれるかすら分からない。
……いや、絶対に聞いてはくれないだろう。
「はぁ……」
実莉が家を訪れても無反応なら、俺が行ったところで結果が変わるわけがない。
どうしようかなぁ……。
それからいくら考えても案は浮かばず、あっという間に放課後になってしまった。
学校に明沙陽は来ていない。二日連続で休みらしい。
実莉は今日もまた明沙陽の家に行くと言っていたが、今日は俺が行くからと言って家に帰るよう伝えた。
「最近全然部活に行けてないけど、まあ仕方ないな」
ブランクが大きい分、タイムが落ちてしまうかもしれないが仕方ない。今は部活どころではないのだ。
そのため俺は陸上競技場へ向かうのではなく、急いで明沙陽の家へ向かったのだった。
「ふぅ……」
結局なにかいい案を思いついたわけではない。
でも、行動しなければ何も始まらない。
というわけで、まずは普通に凸ることに決める。
「家にいるよな。さすがに」
確実に無視をされるだろうが、インターホンを鳴らしてみる。
……が、無反応。
分かってはいたが、このまま引き下がるわけにはあかない。
「ユーバーイーツでーす」
秘技、配達する人の変装を使った。
帽子で目を隠しているため、バレる心配もない。
……が、これも無反応だ。
「畜生……もしかして家にいないのか?」
いや、明沙陽が使っている青のロードバイクがあるため、それは絶対にない。家にいるはずだ。
だったら諦めるわけにはいかない。
「ごめん明沙陽、家の鍵忘れて入れなくなっちゃって〜。鍵、開けてくれるかしら〜?」
次は秘技、明沙陽の母親の変装を使った。
ちなみに服装は俺の母さんのを使い、髪は事前に茶髪ロングのウィッグを購入してそれをつけている。
明沙陽の母親を一度も見たことがないため、こんな感じで合っているかどうかは分からないが。
「チッ……これも無反応かよ」
なら次はとっておきの――と思ったところで、ずっと待ち望んでいた声が聞こえてくる。
『さっきからずっとなにしてんの、お前』
「あ、明沙陽!」
「あ?」
飛んでくる声は氷のように冷たい。
だけど。
「話したいことがあるんだ。ドアを開けてくれないか」
「は? ふざけんなよ。お前とは絶交した。本当は話したくなかったし、顔を見たくもなかった」
「じゃあなんで――」
「近所迷惑なんだよ。帰れ」
「話だけでも――」
ブツリ。
その後、いくら待っても明沙陽が出てきてくれることはなかった。
でも俺は諦められず、毎日のように学校が終わっては明沙陽の家に出向いた。
どれだけ待っても出てきてくれないのは分かっているが、諦めたくなかったのだ。
実莉のことも、明沙陽のことも。
だから、明沙陽の家に通い続けた。
インターホンを鳴らしては待ち、インターホンを鳴らしては待ち。ずっとその繰り返し。
そして明沙陽の家に通い続けてから約二週間が経ったある日、ようやく転機が訪れる。
「なんだ、まだいたのかよ」
明沙陽の家の前で座っていると話しかけてきた人物。
それは髪がボサボサで、やつれている明沙陽だった。
「明沙陽……」
「絶交の意味、知らないのか? 俺たちはもう親友じゃないんだよ」
「分かってる……。でも、俺はお前と親友でいたい」
「ふざけるのもいい加減にしてくれないか? 毎日毎日家に来られて、こっちは迷惑してるんだよ」
「……悪い。本当にごめん。それと今まで何も言わなくて、ごめん」
「…………はぁ、わかったわかった。やっぱめんどくせぇやつだな、お前は。中入れよ。少し話そうぜ」
何を考えているのか分からないが、明沙陽は自分の家に入るように促した。
「え、いいのか?」
「ああ、早く入れよ。じゃないと入れねぇぞ」
「…………もしかして、殺される?」
「んなわけねぇだろ!! 犯罪者にはなりたくねぇわ!!」
よかった。殺される心配はないようだ。
これがラストチャンス。絶対に明沙陽と和解してみせる。
そう心に決めて、俺は明沙陽の家に入ったのだった。
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