第28話 ずっと前から分かってはいた

 明沙陽あさひが屋上から去っていった後、俺は殴られた右頬を手で押さえながら立ち上がった。


飛鳥馬あすまくん……大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちょっと痛いけど、心配するほどのものじゃない」

「そう……」


 実莉みのりはホッと息をつく。

 ただ俺は自分の怪我よりも、さっきの明沙陽の言葉が頭から離れないでいた。


『お前みたいなクズと今まで仲良くしていたなんてな。俺から全てを奪った裏切り者とは、もう仲良くできない。金輪際お前の顔も見たくない。絶交だ』


 絶交。

 明沙陽はもう、俺のことを親友だと思っていない。

 確かに俺は、人として最低なことをしていた。

 親友の好意を知って協力しておきながら、その好きな人と親密な関係になって。告白をされたにもかかわらず、その旨を伝えないで尚も親友を応援していたのだ。

 絶交する、と言われてもおかしくない。


「はぁ……」

「飛鳥馬くん……あの、ごめんなさい」

「え? なんで実莉が謝るんだよ」

「だって、私のせいで明沙陽と険悪な関係になっちゃったし……」

「それは違うよ」


 実莉のせいなんかじゃない。

 これは全部、俺が悪いんだ。

 俺が明沙陽の気持ちについて、もっとよく考えないで行動していたのが悪い。


 少し考えれば、誰だって分かることだ。

 俺が実莉の告白の返事を先延ばしにすれば、いずれこんな弊害が生じることくらい。

 分かっていたのに、いつまで経っても自分の気持ちを整理することができなかった。

 明沙陽のことを考えると、告白の返事なんて一択になってしまうから。


『ねぇ、飛鳥馬くん。明沙陽なんてどうでもいいの。私は飛鳥馬くん自身の気持ちが知りたい』


 実莉に告白された時のことを思い出す。

 明沙陽なんてどうでもいい。俺自身の気持ちを……。


「…………くん! 飛鳥馬くん!」

「あっ、ご、ごめん。なに?」

「もう! ちゃんと私の話聞いてよ」

「悪い。考え事してて……」

「怪我の手当て、私がしてあげようか? って聞いたの」

「あー、うん。ありがとう。頼むよ」


 スマホで自分の顔を確認してみると、殴られた右頬は痣になっているだけなため手当てをしなくても大丈夫だろう。

 しかし吹っ飛ばされた時にできた、両手の擦り傷は手当てが必要だ。


「教室に応急処置用のカバンあるから、教室行こ」

「……ああ」


 そうして俺たちは教室へ向かったのだった。



 次の日、俺は学校を休むことにした。

 熱が出て、体調不良になったから。というわけではない。


 明沙陽と顔を合わせる勇気がないから。

 実莉への気持ちを整理したいから。


 主にはこの二つの理由で学校を休んだ。

 まずは明沙陽との関係を良好にしたいが、それは難しいだろう。

 きっと何度謝っても、許してくれることはない。

 以前までの仲の良い親友として過ごすことは、これから先一生ないのかもしれない。


「でも……」


 ――嫌だ。


 高校生になって初めてできた友達。親友。

 明沙陽と仲良くなってから色々なことがあったけど、特に毎日がすごく楽しくなった。

 だから。


「俺が実莉のことをもっと早く伝えていれば……!」


 俺の中に残ったのは、後悔、後悔、後悔。

 後悔しか残らなかった。

 こんな状態で、実莉への気持ちを整理なんてできるわけがない。


「……っ! ああああぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 どうすればいいんだ。

 俺はこれから、どうやって二人と向き合っていけばいいんだよ……。



 あの後ベッドに入ると、最近全く眠れなかったせいかすぐに寝てしまったようで起きた時には十六時を回ったところだった。


「結局何も考えられずに一日が終わっちゃいそうだな……」


 ベッドから起き上がり、昨日の夜から充電しっぱなしのスマホを手に取る。


「……うわ、LIMEの通知えぐ」


 電源をつけると、一斉にLIMEの通知が表示される。

 その通知は全部、一人からのものだ。


「これ、全部実莉からじゃん」


 明沙陽からの通知は、一件もなかった。

 ……当然か。


「それにしてもこれ……どんだけ送ってきてんだよ、あいつ」


 心配してくれる人がいる、というのは嬉しいものだが、さすがにこれは誰だって引くレベルだ。

 実莉からの通知は、合計で軽く百件を超えていた。


『飛鳥馬くん、今日休みなの!?』

『具合悪いの? 大丈夫?』

『明沙陽の件、本当にごめんね。私から少し明沙陽に言ってみるから』

『実は明沙陽も今日休みで……今日明沙陽の家に行ってから、飛鳥馬くんの家に行くね』

『……私のせいで、本当にごめんなさい』


 昨日お前のせいじゃないって言ったのに。

 全部俺のせいなのに。

 どうしてお前は……。


 ――ピーンポーン。


 実莉に返信を送ろうとしたところで、玄関のチャイムが鳴った。

 宅急便かと思って玄関に向かい、ドアを開ける。


「はいはーい」

「あっ、飛鳥馬くん」

「なんだ実莉か……って、どうして実莉がここにいるんだよ!?」

「? 言ったじゃん。明沙陽の家に行ってから、飛鳥馬くんの家に行くって」

「あ……そうだったな」


 そして実莉は自分の家かのように、「じゃ、入るねー」と言って俺の家に入ってきた。

 本当に突然の訪問だったため、家の中は散らかってしまっているが仕方ない。


「飛鳥馬くん、お家の人は?」

「いないよ。二人とも仕事」

「……じゃあ、二人っきりだ」


 実莉はまるで昨日何も無かったかのように、ニヤリと笑った。

 ……いや、わざとそう見せているのかもしれない。


「ごめん、今日はそのノリにはついていけない」

「……そうだよね。ごめん」


 せっかく気を使って心配して来てくれたのに、気まずい空気が流れてしまう。

 実莉なんかはスカートの裾を掴み、俯いていた。


「……こちらこそ、せっかく来てくれたのにごめんな」

「ううん、いいの。飛鳥馬くんが辛いの、分かってるから」

「実莉……。そういえば、明沙陽はどうだった? 家に行ってきたんだろ?」

「……うん。でも、いくら呼んでも出てきてくれなかったの。ごめんなさい」


 実莉は俯きながら、悲しそうに言った。


「どうして実莉が謝るんだよ。悪いのは全部俺。俺が明沙陽に何も言わなかったのがいけないんだ」

「そんなこと……!」

「実莉への告白の返事をちゃんとしてから、明沙陽には全部言うつもりだった。……でも、いつまで経っても。いくら考えても決められないんだ」

「飛鳥馬くん……」

「結果的には明沙陽とは親友のままでいたい。そう考えると、実莉を振るしかない」


 …………でも、どんなにそうしようと思ってもできなかった。

 何よりも実莉が悲しむところを見たくなかった。


「実莉、前に言ってくれたよな。明沙陽なんてどうでもいい。俺自身の気持ちを知りたいって」

「……うん」


 今まで実莉の色々な顔を見てきて、分かったことがある。

 ……いや、本当は告白された時にはもう答えは出ていたのかもしれない。


 男子として女子にされて嬉しいことを練習したいと言われ、実莉とはさまざまな練習をしてきた。

 今まで足が速いからという理由で陸上をしていた俺を、かっこいいと言ってくれた。認めてくれた。

 そして、足の速さしか取り柄のない俺に、ずっと前から好きだったと伝えてくれた。


 ――俺も、実莉のことが好きだ。


 明沙陽も実莉のことが好きって言っていたけど、俺はその気持ちに負けないくらい好きだ。

 俺の灰色な人生にさまざまな色を付けてくれた実莉のことが、誰にも負けないくらい好きだ。

 だから……。


「好きだよ、実莉のこと」

「…………え?」

「俺も実莉のことが好きだ」

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