第39話 常識と専門のズレは勉強しないと分からない。

 法律や哲学の勉強をするとわかると思いますが、時に道徳とずれていることがああると思います。


 たとえば刑法犯の場合。残忍な殺人を犯した容疑者がいるとします。一般的には4人以上の計画犯罪の場合はほぼ死刑みたいです。少人数でも被害者に与えた苦痛などで1人でも死刑判決になることがあります。

 本人は犯行を否定しており、グレーな部分があるとします。が、報道される情報からするとほぼ100%この容疑者が犯人と言ってよさそうな感じです。


 ただ、弁護士がこの犯人の心神耗弱や計画犯でない証拠、情状酌量の余地等々で争ったとします。


 この段階で世論として「弁護士ムカつく」「さっさと死刑にしろ」などという意見がでます。裁判手続きが適正に行われているかなど全く議論になりません。ゴーン氏の時などがそうですね。

 ネット民が感情に任せて言うのもわかりますが、マスコミなどもこの段階で裁判の進め方で弁護士に対し、容疑者に対し否定的な意見を言う事があります。


 弁護士というのは個人が公権力と戦う最後の味方です。これはもちろん容疑者の人権を守る意味もありますが、国民を守っているわけです。弁護士はどんなに残忍な犯罪であっても、必ず容疑者に味方しなければなりません。証拠の不備や裁判手続きの瑕疵、精神状態や幼少からの家庭環境などを並べて、容疑者の罪が軽くなるように戦います。


 そして裁判は一部の性犯罪を除き傍聴することができます。これは裁判所のサービスではないです。公権力の暴走を抑えるための仕組みです。裁判記録が閲覧できるのも同じです。これによって自分が冤罪で懲役または死刑になることを防いでくれているのです。つまり、弁護士の裁判上での奮闘はどんなに滑稽で時にムカつく戦略を取ったとしても、少なくとも国民はそれを応援するべきです。


 それからデュープロセスオブロウと言って、刑事裁判は適正に刑事手続きを進めないと、たとえ容疑者が本当の犯人だったとしても、国は裁けない、無罪にしないといけないということです。

 証拠が盗聴やおとり捜査などの非合法で集められた場合はもちろん、いわゆる逮捕時の容疑者の権利である「ミランダ宣言」がされない場合も、裁判は進められず釈放されます。「あなたには黙秘する権利がある、証言は証拠として採用される、弁護士を付ける権利がある、弁護士を付けることが出来ないなら国が用意する」というあれです。


 もし、逮捕時にこれが宣言されなければ、適正手続きを欠いたということで、どんな凶悪犯であっても、基本的に裁判を進めるべきではありません。


 というようなことを法律を勉強したことが無い人は、可笑しいと思うかもしれません。しれませんが、それは正直言って民主主義の本質を分かっていないということです。

 拘留期間、取り調べのビデオ記録、死刑廃止、秘密法などなど本当に意味がわかって報道を見ているでしょうか?


 いま、ポピュリズム、フェミニズム、ジェンダー論などは哲学・法律などを「勉強しない人」が個人の感覚で好きなように語っています。別に意見だからいいんですけど、ちょっと深みが感じられない意見が多く、感情論に流されている気がします。

 別に私もそうですけど専門家である必要はないと思います。本をその分野のものを10冊20冊読めば大きなフレームは分かります。そして30冊も読むころには内包されている仕組みが見えてきます。他人の意見ではない自分の意見が形成されてきます。


 少なくとも意見を言っている人が、本当に勉強しているだろうか?というのは良く見極めた方が良さそうです。

 そして、自分の意見が結果的に民主主義、人権や個人の権利を守るものになっているのか。単なる大衆のルサンチマンではないかを判断するためには少し勉強してから意見を言うべきではないかと思います。





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