5 もう一度……

 それから、次に小奈津が学校に来る日まで、平穏な日々が続いた。

 高校三年生になった小奈津は、始業式終わりにあの桜の木の下にいた。


 綺麗な髪だね


 冬木がそう言った瞬間、小奈津は冬木に恋をした。

 冬木も同じ気持ちだと知った時、とても嬉しかった。だが、それ以上に小奈津は冬木の幸せを願った。

 あのステッキが冬木に何をしたのか分からない。

 訊くのが怖かったからだ。突き放されることを思ったら怖くて小奈津はその場から逃げ出した。

 それから冬木と話すことはなく、ただ日々が過ぎていった。

 そして現在、小奈津はまたあの桜の下にいる。

 強い風が吹き、桜の花びらが舞い上がる。

 花びらで覆われた視界が晴れると、そこに冬木が立っていた。


「ここにいた」

 

 突然の冬木の登場に小奈津は固まった。


「冬木……?」

 

 何を話せばいいのか、戸惑っていると冬木が透明な袋にラッピングされた髪飾りを差し出した。

 それは螺鈿のように銀色に光るバレッタだった。


「怒ってると思ったんだ……あの髪飾り、僕が壊してしまったようなものだから」

「そんなこと……」

「あの髪飾りと同じものじゃないけど、受け取ってくれる?」

 小奈津はそっと冬木からプレゼントを受け取る。


「小奈津が、僕に一体何をしたのか分からない。だけどあれから、〈怪異〉が見えなくなった」


 最初はたまたま〈怪異〉が姿を消していると思った。だが、〈怪異〉が見えない日が何日も続いたことで、冬木は自分が〈怪異〉を見ることができなくなったことを理解した。


「もう、僕に憑いた〈怪異〉が小奈津に危害を及ぼすことはない。だから、もう一度……好きになっていい?」


 一瞬、息が止まるかと思った。小奈津は髪飾りを強く握りしめて平静を保つ。

 冬木が小奈津の返答を待っている。それに対し、小奈津は小さく頷いた。


「ありがとう。小奈津」


 実際、バレッタが歪んだことで本来のお役目が変化し、冬木の体質を変えたことを、小奈津と冬木が知ることは一生ない。

 だが、二人にとってそんなことはどうでもいい。

 桜の花びらが舞い、二人を覆いつくす。

 魔法のように溶けるこの瞬間を、今は大事にしたかった。


           完

 



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恋と怪異の髪飾り 蘇芳  @suou1133

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