4 告白

 冬木が学校に復帰したのは蛇に噛まれてから一週間後だった。

 事情を知らないクラスメイトらは冬木が大病を患ったと思い、励ましの言葉をかけていた。

 だが、事情を知っている小奈津は冬木に何を言えばいいのか分からず、黙り込んでいた。

 すると、冬木が小奈津の席までやってきた。


「冬木?」

「今度こそ、放課後、体育館倉庫の裏に来てくれる? 話したいことがあるんだ」


 小奈津は俯いたままこくりと頷く。


「待っているね」


 冬木はそれだけ言い残すと、自分の席に戻っていった。



 放課後。

 夕日が沈みかけて空が橙色と紺色のグラデーションになっていた。

 小奈津が体育館倉庫の裏に来ると、一足早く冬木が壁にもたれて待っていた。

 小奈津に気づくと冬木は壁から背中を離し、小奈津と向き合う。


「心配かけてごめん」

「ううん……怪我は大丈夫なの?」

「〈怪異〉の毒にあてられて熱が出ただけだよ。怪我自体は軽い」


 ふと、冬木の口から〈怪異〉という言葉が出たことに違和感を覚える。

 小奈津がその違和感を言葉にしようとした時、冬木が告白した。


「僕は〈怪異〉が見えるんだ」


 冬木は小さい頃から不思議なものが見えた。それが〈怪異〉だと知ったのは、同じように〈怪異〉が見える母親に教えてもらったからだと言う。

 母親は〈怪異〉を拒否する術を知っていたが、幼い冬木は〈怪異〉を拒否することができず、よく心を読まれた。


「小奈津が小さい頃、よく不運なことが起きなかった? 例えば、ドブに落ちたり、川に落ちたり、何もない所で転んで骨折した……」


 確かに、小奈津は小さい頃、よく怪我をしていた。だが、それは小奈津の不注意が原因であり、冬木は何も悪くない。

 小奈津がそう言うと、冬木はきっぱり否定した。


「違うよ、小奈津。全部、僕に憑いた〈怪異〉のせいなんだ。あいつらは、僕の好きなものを傷つける。僕が小奈津を思えば思うほど、あいつらは小奈津を攻撃した」


〈怪異〉による小奈津への攻撃がどんどんエスカレートし、ひどくなった時、冬木は小奈津から離れる決心をした。冬木が両親にそう言うと、両親は小奈津のことを思って引っ越したという。


「全部、あたしのせい?」

「違うよ、小奈津。僕のせいなんだ。僕がうまく回避できないから……どんなに頑張って〈怪異〉に心を読まれないようにしていても、あいつらは漬け込んでくる」


 次第に冬木は心を閉ざすようになった。誰かを思わないよう、孤独を貫いた。それが生意気だと思われ、いじめられても冬木は心を閉ざし続けた。

 全ては、誰かが冬木に憑いた〈怪異〉の攻撃を受けないように。


「そうしているうちに、僕も〈怪異〉をうまいこと回避できるようになったんだ。だからここに帰って来た。もう小奈津が巻き込まれる心配はないと思ったんだけど……」


 だが、ここに帰って来た時、冬木がずっとしまい込んでいた小奈津への思いが蘇った。

 小奈津が好きだ、そう思ったその心を、〈怪異〉が読んだ。


「あの蛇は、僕にずっと憑いていた〈怪異〉なんだ。僕が心を閉ざしている間は出てこなかったのに……油断したよ。ごめんな、小奈津」

「冬木……」


 心のままに生きたくても、生きられない。冬木は誰かが傷つけないよう、今まで自分を殺してきたことを思うと、小奈津の胸が締め付けられ、涙が出た。


「僕は、小奈津が好きだ」


 突然の告白に小奈津は言葉を詰まらせる。


「だけど好きになってはいけない。〈怪異〉が見える以上、巻き込みたくない……」


 この時、小奈津は冬木に対し、何とかしたいと思った。だが、小奈津には何もできない。できるのは、恋心を鎮めるのみ。

 小奈津はハーフアップの髪をとめているバレッタを外す。歪んでいたが、使えないことはなかったのでつけていた。

 後ろ手でバレッタを取り、前に持っていく途中、バレッタはステッキに変わっていた。


「小奈津、それ」

「どうか……」


 ステッキがぼんやりを光る。


「冬木が、幸せになれますように」


 その瞬間、景色が変わり、小奈津と冬木を薄桃色の花びらが包んだ。

 そして、ステッキが壊れた。

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