第43話 家族

 エンシェントドラゴンを無事討伐し、王都へと帰還した俺たち。

 エンシェントドラゴンの討伐は任務ではなかったので、討伐における報酬金や名誉の類は得ることができなかった。

 俺としては何ら問題ない。

 元々、金や名誉のために奴を追い求めたわけじゃない。

 俺は自分の胸の内にくすぶる後悔を断ち切りたかった。


 それに――。

 奴を討伐することによって、娘たちの故郷の村の人々のような被害者を未然に防ぐことができたと思えば。


 しかし……。

 今わの際のエンシェントドラゴンの言葉。


 ――我は彼女たちを殺すためにあの村を襲撃した。それが役目だった。彼女たちは本来生まれてきてはいけない者たちだった。


 あの言葉が頭の中に煤のようにこびりついて離れない。

 娘たちはいったい何者なんだ?


 王都に帰還してから数日後の夜。

 俺はエルザとメリルに真実を打ち明ける覚悟を決めた。


「エルザ。メリル。ちょっといいか」


 自宅のリビング。

 俺は二人を呼び、対面へと座らせた。

 その様子を少し離れたところに立ったアンナが見守っている。


「父上。何でしょうか」

「もしかしてボクに添い寝してほしいとか?」

「二人とも、聞いてくれ」


 俺は言った。


「今まで話していなかったことについて、ちゃんと話しておきたい」

「「…………?」」


 ただ事ではない雰囲気を感じ取ったのだろう。

 二人は素直に席についた。

 俺が口を開いて話し始めるのをじっと待っている。


「二人も知っている通り、うちには母親がいない。それがなぜなのか、面と向かって聞かれたことはなかったな」


 恐らく、娘たちなりに気を遣ったのだろう。

 それに甘えて、俺もまた話してこなかった。

 なあなあのまま、ここまで来てしまった。


「だから、今、話しておきたいんだ。本当のことを」


 俺は二人の目をじっと見つめた。

 エルザとメリルは突然のことに戸惑っているようだった。

恐らく、二人はこう思っていただろう。

 なぜ今頃になって打ち明けるのか。

 十七年間、ずっと伏したままだったのに。

 けれど、二人はそれらの疑問を口にすることはなかった。

 エルザは覚悟を決めたような表情になると頷いた。


「父上。話してください」

「ボクたち、ちゃんと聞くよ」

「……ああ」


 俺もまた覚悟を決めると、ゆっくりと話し始めた。

 俺と娘たちの血は繋がっていないこと。

 俺が任務に赴き、エンシェントドラゴンを討ち逃したことで、娘たちの故郷の村が全て焼き払われてしまったこと。

 家屋が焼け、灰と死だけになった大地で、三人の赤ん坊を拾ったこと。唯一の生き残りである彼女たちを育てると決めたこと。

 その赤ん坊たちが今の娘たちであること。

 全てを洗いざらい丁寧に話した。


 二人は呆然とした表情をしていた。

 無理もない。

 突如、こんなことを告げられて、すっと飲み込めるわけがない。

 

「今までずっと、黙っていてすまなかった」


 俺は二人に向かって頭を下げた。


「父上がこのことを伏していたのは……私たちのことを想ってでしょう? 打ち明ければ私たちが動揺してしまうから」

「そうだ。けれど、それだけじゃない」


 俺は正直に話した。


「俺自身、真実を口にするのが怖かった。本当の親子じゃないことが分かれば、君たちの心が離れていくかもしれない。今までは家族だった関係が、真実を知ることで、家族ではなくなってしまうかもしれないと思った」

「では……なぜ、今になって?」

「皆と過ごす中で、俺は思ったんだ。例え血の繋がりがなかったとしても、俺たちが家族になることはできるはずだって。俺は三人のことが大好きだ。エルザもアンナもメリルも俺にとってかけがえのない自慢の娘たちだ。世界で一番、他の誰よりも愛していると心の底から断言できる。君たちの幸せを守るためなら、自分の命も懸けられる。きっと、血の繋がりのある家族にも負けないくらい、いや、それ以上の家族になれる。そう思ったからこそ打ち明けることを選んだ」


 俺は娘たちの目を見つめながら言った。


「俺は――君たちのことを本当の家族以上に思っている」


 心の底の本音をぶつけた。

 最初は贖罪のつもりもあったかもしれない。

 エンシェントドラゴンから村の人たちを守ることができなかったから、せめて娘たちは立派に育ててみせようと。

 けれど、長く時間をいっしょにする内に情が湧いてきた。

 愛おしさを覚えるようになった。

 今では彼女たちのことを、本当の娘以上に思っている。自分の命に替えても幸せにしてあげたいと心から思っている。


「父上。話してくれてありがとうございます。ずっと……その想いをずっと抱え続けるのはさぞ辛かったでしょう」


 エルザは労わるような表情をしていた。

 怒るでも、悲しむでもなく。

 俺に対する慈しみと――愛情に満ちていた。


「私と父上は血の繋がりがないのかもしれません。けれど、私は剣を通して父上に多くのことを教わりました。それは私の中に間違いなく生きています。私は父上の娘として育つことができて本当に幸せだと思っています」

「エルザ……」

「ボクちゃんもエルザと同じ気持ちだよ。パパがパパじゃなかったら、毎日、こんなふうに楽しくなかったはずだもん」

「メリル……」

「父上。私たちは紛れもなく、父上の娘です」


 エルザが言うと、メリルもアンナも微笑みながら頷いた。

 俺はそれを聞いて、目頭が熱くなる。

 思わず、泣いてしまいそうになった。


 エンシェントドラゴンは今わの際、言っていた。

 ――彼女たちが生まれてきたのは間違いだった、と。

 そんなわけはない。

 俺は娘たちが生まれてきてくれて良かったと、心からそう言える。

 彼女たちが何者か、なんてこともどうだっていい。

 エルザは、アンナは、そしてメリルは俺の愛する大切な娘たちだ。

 それでいい。

 娘たちの幸せは俺の命に代えても守ってみせる。絶対に。

 彼女たちを前にして、俺はそう心に誓うのだった。

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Sランク冒険者である俺の娘たちは重度のファザコンでした 友橋かめつ @asakurayuugi

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