3. うわのそら

「はぁ……」


 何度目か分からない溜息が出ちゃう。

 だからと言って仕事で手を抜くことはしない。

 空鍋をカラカラ回し続けるような失態はプライドが許さないからな。


「はぁ……」


 生徒会長とのデート、最高だったなぁ。

 キャベツを千切りしながら、あの日のことを思い出す。


 ランチタイムでお互いの境遇を知った俺達は、意気投合してカフェに移動してからひたすらおしゃべりを続けた。

 アレに対する不満はもちろんのこと、家事雑事に関する話や生徒会長としての仕事のお話など、話が止まらなかった。

 あまりにも話が盛り上がりすぎてアロマのお店に行くのを忘れるところだったくらいだ。


 もちろんアロマのお店でも好きな香りの話題で楽しく過ごさせてもらった。


 ここしばらくの俺の境遇を考えると信じられないくらいに最高のデートだった。


「はぁ……」


 だからと言って東雲先輩に恋をしたのかと言われると分からない。

 憧れの先輩と話が弾んだ嬉しさなのか、感性が合う相手と話が出来た嬉しさなのか、それらが恋心にまで発展しているのか、どうなんだろうな。


 先輩はどう思っているのだろうか。

 少なくとも俺は、あと何回か会ってそれでも仲良く出来るのであれば確実に恋に落ちる気がする。


 速攻で落ちていないのは、恐らく俺の周りの女性陣がアレな奴らばかりでどうしても裏があるのではと疑ってしまっているからだろう。


「はぁ……」


 この気持ちが恋かどうかはさておき、デートが楽しかったことは間違いない。

 それが終わってしまったことが切なくて溜息だらけだ。


「うざいですぅ」

「玲央ったら、私達にはこんな反応しないのに」

「…………」


 うっさい、黙って飯食ってろ。


 そういえばこいつら邪魔してこなかったな。

 事前に強く言っておいたが、てっきり無視して何かしら仕掛けてくると思ったのだが。


「まさかずっとお話してるだけとは思わなかったですぅ」

「聞いてるだけのこっちの身にもなって欲しいわね」

「…………」


 ああそうか、こいつら近くで話を聞いてたのか。

 俺がどういう相手が好きなのか良く分かっただろ。

 だからまともに……ならねぇだろうな。


「近く通ってもガン無視されたですぅ」

「わざとぶつかったのに全然気付いて無かったわよね」

「…………」


 話に夢中で全く気付かなかったわ。

 だってあの状況で東雲先輩以外が目に入るわけが無いだろうが。


 そういやアロマのお店でいかにも不審者っぽい目出し帽グラサン客が居たから先輩に近づかないように守ってたんだが、あれもこいつらだったのかもしれんな。


「はぁ……」


 こいつらとじゃなくて先輩と夕飯を食べたいよ。

 きっと楽しいんだろうなぁ。


「失礼なこと考えている気がするですぅ」

「玲央がここまで懸想するなんて、予想外だったわ」

「…………」


 俺も溜息が止まらない程に気になるのは予想外だったわ。

 多分どこかの誰かさん達があまりにも酷かったから、その反動で真逆とも言える先輩に一気に惹き込まれてしまったのだろう。


 ざまぁ。


 バンッ!


 突然、禅優寺が机を強く叩いて立ち上がった。


「はぁ……」

「そこは私に反応するところでしょ!」


 いやだって関わりたくないし、聞きたくないし、東雲先輩のこと考えていたいし。


「はぁ……」

「ムカつくムカつくムカつくムカつく!」


 禅優寺にしては珍しく攻撃的な言葉を使うな。

 でも知らん。


「今回は私の番だったのに!」


 そういえば前もボソっと似たようなこと言ってたな。

 番って何だよ番って。


「えみりんが甘えてた時も我慢してた。優しくなったのがえみりんのおかげで悔しかったけど我慢してた。うさぴょんのダイエットに楽しそうに協力してたのも我慢して見てた。体育祭にうさぴょんと一緒に参加したのが羨ましかったけど我慢してた」


 あまり我慢出来ずに文句たらたらだったような気がするが。


「次は私がって思ってたのに、二人のイベントが終わるの待ってたのに、どうして私じゃないの!」

「羞恥心が無いから」

「…………」


 前から何度も何度も何度も何度も言ってるだろうが、あまりにも怠惰で羞恥心が無くて年頃の女としての生活を捨てているのが嫌だって。あのクソ姉貴を想起させるから嫌だって。


「最近は腹黒いことも何もやってないし、そのくらい良いじゃんよー!」

「腹黒いって自覚あったんだな」

「…………」


 確かに最近の禅優寺は何かを企んでいることは無い。

 無いけれど、何故かこいつってやることなすこと裏があるように見えちゃうんだよな。

 実は頭がかなり良いことを知ってしまっているからだろうか。


「このタイミングでそれ主張するのも狙ってたりして」

「…………」


 やっぱりか。

 我慢してたとか次は私がとかって言ってたが、他の二人をだしにして俺を懐柔しようと思ってたな。


「氷見が風邪ひいた時くらいから狙ってただろ」

「…………」


 やっぱり腹黒じゃねーか。

 今はまだ回りくどいやり方だからマシだが、姉貴と知り合ってしまった現状だと、この腹黒思考が姉貴の影響で即効性のあるエグいやり方になりそうで怖いわ。


「はぁ……」


 やっぱり東雲先輩が良いな。

 先輩なら裏で何かを企むことなんかせずに素直に表現してくれそうだもん。


「もういい! だったら私にも考えがある!」

「羞恥心を取り戻す?」

「…………」


 だから何でそっちを治そうとしねーんだよ!

 特に禅優寺は他の二人と違って羞恥心を隠している可能性があるから少しだけ期待してるんだぞ。


「そんなに企んで欲しいならやっちゃうもん!」

「おいコラやめろ」


 その逆ギレは俺に効く。

 マジで止めてくれ。


 マイナス効果でしかないって何故分からない。


「よし、吹っ切れた。最初からこうすれば良かったんだ」

「吹っ切れんな。諦めんな。普通にしろって言ってるだけだろぉ!?」


 もう少しくらい東雲先輩との素敵な想い出に浸らせてくれても良いじゃないか。


「これは負けられないですぅ」

「玲央の心を生徒会長から取り戻さなければならないものね」

「負けてろ! 最初からお前らのもんじゃねーよ!」


 あたかも元はお前らに興味があるかのような言い方は止めろ。


「ダメダメ、今回は私のターンだからえみりんにもうさぴょんにも譲らないよ」

「え~ですぅ」

「仕方ないですね」


 もうダメだ、おしまいだぁ。


 だって嫌な予感しかしないもん。

 こうなったら東雲先輩に相談を……いや、先輩は姉に苦労させられていて疲れた顔をしていたから迷惑はかけられない。


「まずはアレからだね、もぐもぐもぐもぐ。ご馳走様!」


 ご飯はゆっくり噛んで食べなさい!

 そして歩きスマホはしない!


 誰に連絡するつもりだああああああああ!


 いやああああ!


 現実逃避しよ。


「はぁ…………」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る