4. 高級焼肉(味がしない)

「遠慮なく食べてね」

「好きな物を頼むと良い」

「は、はい……」


 高級焼肉店、その個室にて俺は三人の人間に囲まれていた。


「はいレオっち、焼けたよ~」


 俺の隣で焼肉奉行っぷりを発揮しているのが禅優寺。


「春日さん、お野菜も食べますか?」


 目の前で野菜を勧めてくるのが禅優寺母。


「はっはっはっ、男の子なら肉だろ肉。おーい、シャトーブリアン持って来て」

「ひえっ」


 禅優寺母の隣で全く躊躇なく高級なお肉を注文するのが禅優寺父。


「ほらほらレオっち、早く食べないと冷めちゃうよ」


 こんな状況で食べられるわけ無いだろうが!!


 これまで禅優寺の両親から食事に誘われたことは何度かあった。

 だけれど俺は必要以上に寮生の家族と関わる必要は無いと思っていたので全て断っていた。


 しかし今回は『娘の寮での様子を直接聞きたい』と言われてしまった。

 最初はそれなら寮でお話しましょうと伝えたのだが、どうしても食事がしたいと引かなかった。

 先日の宣言もあり、禅優寺が何かを仕掛けているのは明らかだったので断固として断ったのだが、『それなら寮に寄付します』と脈絡もない提案をされてしまい断れなかったのだ。


 だって信じられない寄付額だったんだぜ!?

 あんなの寄付されたら今後禅優寺家を無視できなくなってしまうじゃないか。


 こんなん脅しじゃねーかよ、チクショウ!


「あ、わかった。私に食べさせてもらい」

「いただきまーす」


 冗談じゃない。

 相手の親の目の前であ~んさせられるなんて地獄でしかない。


 しかし恐ろしいのは、こいつが遠慮なくそれをここでやろうとするってことは、両親も認めているってことだ。


「こらこら、栄理はしたないわよ」

「全くだ。そういうのはまだ早い!」

「ぶーぶー、お父さんとお母さんだってこのくらいのことやってたんでしょ」


 他人の家庭の過去の恋愛事情なんて聞きたくなかった!


「あ、あの、どうかお構いなく」


 敵地というだけでもしんどいのに、どう考えても合計数万はくだらないお肉の数々に胃が痛いわ。

 以前に禅優寺家に行った時に良いマンションに住んでるなとは思っていたけれど、金持ちだったか。


「春日さん本当に遠慮しなくて良いのよ。これは栄理がお世話になっているお礼なんだから」

「寮父として普通に仕事をしているだけですから」

「それでも、よ。あなたには何度お礼を言っても言い足りないくらいですから」

「はぁ……」


 あの『プレゼント』でまさかここまで禅優寺母に気に入られることになるとは思わなかったよ。


「是非ともこれからも末永く・・・仲良くしてもらいたいわ」

長い付き合い・・・・・・になりそうだからな。新しい家族・・・・・とでも思って接してくれ」


 なんで禅優寺の両親が俺をロックオンしてるんだよぉ!?

 禅優寺め、マジで何を吹き込みやがった!


「もうお父さんもお母さんも、気が早い・・・・よぉ」


 遅いとか早いの問題じゃねーんだよ!

 既に関係が始まっているかのような言い方をするな!


「あの、それで今日の用件は……」

「あら、そういうのは食事が終わってからするものよ」

「なるほど、そういうのはまだ分からないんだな」


 分かるわけないでしょうが。

 俺って大人ぶってるだけの普通の高校生だぞ。


 でもマジかよ。

 つまりまだしばらくはこの地獄が続くってことか。


「い、頂きます!」


 こうなったらさっさとお腹いっぱいになってやる。


「おお、良い食べっぷりだな。ミスジとサンカク追加で!」


 ミスジはともかくサンカクって何だ。

 絶対高いやつだろ。


 まさか高級焼肉食べさせて色々と断れないようにするつもりじゃないだろうな。

 三人とも笑顔に裏があるようにしか見えなくて怖い!


「ちょっとレオっち、ご飯ばかり食べてないでお肉も食べようよ」


 うっさい。

 米と野菜で腹を膨らませて少しでも肉を食べないささやかな抵抗くらい見逃せよ。


「いや、禅優寺さん、俺はご飯と野菜でじゅうぶ」

「いつも通りに呼んでくれて良いんだよ」


 ぐうっ……両親の前で呼び捨てだと!?

 こいつめ、マジで攻めすぎだろ!


「栄理、春日さんが困っているじゃない」


 良かった、そこはちゃんと道理をわきまえて止めてくれたのか。

 親の前でフランクになんて普通は話せないんだからな!


「でも名字で呼ぶと誰を指しているか分からなくなるわね」

「え?」


 ちょっ、その流れは止めろおおおお!


「そうだ、名前で呼んであげて頂戴」


 ぐはぁ!

 これが狙いだったのか。


 勘弁してくれよ!


「レオっち呼んで呼んで!」


 呼ばないから。

 もう金輪際お前に話しかけないから。


「ぶー呼んでってば」

「お米食べるのに忙しいので」

「お米禁止!」


 ちょっ、俺の現実逃避ライスを取んな!


「ふふ、仲が良いのね」

「普通です」

「すっごく仲が良いんだよ!」

「普通です」


 さらっと嘘つくんじゃねーよ。

 これ以上はメンタルが耐えられないので禅優寺母にお願いしよう。


「禅優寺さん、これ以上は勘弁してくださいよ……」


 白旗上げました。

 もういじめないで。


「あら、なんのことかしら。それに、『禅優寺さん』だと私なのか夫なのか分からないわね」


 おいおいおいおい、まさか。


「お義母さんって呼んで良いわよ」

「ぶふぅ」

「レオっち汚ーい。ふきふきしようね」

「自分で出来るから!」

「まだお義父さんとは呼ばせないぞ!」

「呼ばないですって! ケホッケホッ、おしぼり」

「ふきふきしようね」

「自分で出来るからって言ってるでしょ。ちょうだい」

「名前で呼んでくれたら渡してあげる」

「店員さーん、おしぼり一つください」

「なんでよー!」

「ふふ、やっぱり仲が良いのね」

「まだ早い……だがこんな優良物件は他にはいない……」


 もう嫌、誰か助けて!

 



「それで、栄理を貰ってくれるのかしら」

「何言ってるんですか!?」


 カオスな焼肉タイムを終えて本題に入ったのだが、『禅優寺の寮での様子』について話を聞きたいという設定だったはずなのに、全然違うことを言い出しやがった。


「ほう、うちの娘のどこが気に入らないと言うのかい」


 禅優寺父、それってどう答えても不機嫌になる質問ですよねぇ。


「そうよ、私に似て見た目が良くて性格が良くて社交的で、断る理由なんてないでしょう」


 禅優寺母ってバリバリのキャリアウーマンって感じだったのに、まさか『私に似て』なんて言い出すような人だったとは……


「もうお母さん、恥ずかしいよ」


 そう言いながらこっち寄って来るな!


「栄理、アピールが足りないんじゃないの。同じ寮に住んでるのだから、事故なんて起こし放題じゃない」


 意図的にやるのは事故じゃない、事件だ!

 というか、親がそそのかすなよ!


「そうなんだけど、ガード硬いんだよ」

「女子寮の管理人なんてやってればそうなるのも当然なのかしら。でもこんなに可愛い娘と同居していて手を出さないなんて信じられないわ」


 そこは安心して欲しいところなんですが、何故がっかりしてるんだよ。


「本当に何処が気に入らないのかしら」


 いや、待てよ。

 良く考えろ。


 俺は彼女達にまともになってもらいたいと思い始めていたじゃないか。

 欠点さえ無くなれば女子として扱えるかもしれないのだと。


 それならここで気に入らない理由を素直に告げれば親からの指導が入って治るのではないか?

 それにこれは当初の目的であった『寮での様子』についての話題にもつながっている。


「もう少し自分で身の回りの世話をするようになって欲しいと思います」


 主に部屋の掃除とかベッドメイキングとかな!


「あら、それなら私だって苦手よ。家事は料理しか出来ないもの」

「え?」

 

 となると禅優寺家は父が家事をやっているのか?


「私も苦手だな」


 それじゃあ一体誰がやってるんだ。

 前に訪問した時は綺麗に整頓されてた気がするのだが。


「うちは栄理が全部やってくれるわ」


 なん……だと……?

 禅優寺は家事が出来るだと!?


 馬鹿な、それなら何で寮ではやらないんだ!


「家でやってるのに寮でもやりたくないじゃん」


 俺の疑問を察した禅優寺が微妙に納得出来そうなことを言いやがった。

 家事が好きと出来るは意味が違う。

 俺みたいに好きなら家でも寮でも喜んで家事をするが、出来るだけでやる気が無いのならば任せてしまいたくなるのも分からなくはない。


 自分の部屋の掃除やベッドメイクまでやらせるのは納得がいかないが。

 いや、違うな。


 そもそもの問題は怠惰であることに加えたもう一つの問題だ。

 掃除やベッドメイクもそっちに関係してたんだっけか。


「俺としても家事については寮のサービスでもありますから強くは言いません。問題は羞恥心が足りてないところです」

「羞恥心?」

「例えば男の俺を部屋に入れて掃除してもらうとかですね」

「あら、そこまで誘われてるのに手を出してないのかしら」


 だから出さねーよ!


「オッケーサインが出ているのだから遠慮なく食べちゃえば良いじゃない」

「あなた本当に親ですか!?」


 あまりにも酷かったからついに口に出しちまったよ。


「親が許可出しているのだから喜べば良いのよ」

「私はそこまでは許可してないぞ!」

「あなた」

「ぐうっ……」


 ダメだこの親。

 それならこれでどうだ。


「ほ、他にも洗濯を男の俺に任せるのも年頃の女性としてどうかと思うのですが」

「洗濯くらい気にしないわよ。下着を洗ってもらう訳じゃあるまいし」


 ん?


「そうだよねお母さん、そのくらい普通だよ」


 おやおや、どうやら禅優寺も自分の着用済み下着を洗濯してもらっていることまでは言ってないようだな。

 しかも流石にそれは禅優寺母もアウトのような反応だ。


 くっくっくっ、ようやく反撃のチャンスが来たぞ。

 ここで暴露してたっぷり叱ってもらおう。


 って言えるわけねええええええええ!


 娘さんの下着を洗ってるんですなんて言えるか!

 禅優寺め、俺が言えないことに気付いてやがったな。

 道理でこの話題で焦るそぶりを見せない訳だ。


 どうする。

 ここはダメージ覚悟で特攻するか?


 だが『もうお嫁にいけないから春日さんに貰ってもらうしかないわね』なんて言われたらおしまいだ。

 くぅっ、ダメだ、選択肢が無い。


 仕方ない。

 こうなったら最終手段だ。


 あの人を利用するなんて心が痛むけれど、そうでもしなければ逃げられそうにない。

 後で真摯に謝ろう。


「分かりました。正直に言います。実は俺、好きな人がいるんです」

「レオっち!?」

「あらそうなの」

「なんだと!?」


 もちろん相手はあの人だ。

 まだ恋愛感情には至って無いけれどね。


 『私の出番ですぅ』


 消えろ!

 出て来るな!


「栄理を差し置いて他の女だと!?」

「余程素敵なお方なのですね」

「はい」


 どうだ即答してやったぜ。


「「…………」」


 流石の禅優寺両親も相手に想い人がいると言われたら黙るしか無いみたいだな。

 これでどうにか今日は乗り越え……


「春日さんこの後時間はありますか?」

「え?」

「よければ我が家に寄って下さい」

「おいそれは認めないと言ったはずだぞ!」

「あなた」

「ぐうっ」


 この後に禅優寺家に寄るだと。

 父親の反応から察するに嫌な想像しか出来ないのだが。


「たっぷりおもてなし致しますから、是非来てください」


 ダメだ。

 この話の流れで家に呼ぼうとしてるってことは、想い人がいようと逃げられないようにするつもりに違いない。

 つまりこいつら既成事実狙ってるだろ!


 絶対に行くもんか!

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