2. 幸せすぎる

「貴重な休みに申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらずに」

「ありがとうございます」


 これは夢だろうか。


「私服姿もお綺麗ですね」

「ありがとうございます。春日さんも格好良いですよ」

「ありがとうございます」


 やはり夢に違いない。


「では行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 だって生徒会長とデートだなんて信じられないよ! 

 こんなに幸せなことがあって良いの!?


 きっかけは生徒会長襲来の翌日のこと。


「本当にごめんなさい!」


 生徒会長が再度寮にやってきた。


「とても厚かましくてはしたないお願いなのは重々承知しているのですが、春日さんにお願いがございまして……」

「止めて下さい。そんなに畏まらないでください」


 頭を何度も何度も下げて恥じらいながら徹底的に下手な様子でお願いをしてきたのだ。

 次の日曜に例のアロマが売っている店に『一緒に』行ってくれないかと。


 さて皆さん、重要なポイントが分かりますか。

 もちろん『恥じらいながら』ですよ。

 ここテストに出ますからね~


 デートに誘われた瞬間、目の前の女性が恥じらっているというだけで感激して泣きそうになったのは秘密だ。


 というわけで今日は生徒会長とデートだぜ。


 あいつらはどうしたかって?

 さぁな。

 後をつけてたりするのかもしれんが、知ったこっちゃない。


 今日は寮生ダメ人間のことなんか忘れてデートを全力で楽しむんだ!


「あの、まずは食事をしませんか?」

「そうですね」


 待ち合わせ時間は丁度正午。

 ご飯を食べてからアロマのお店に行くのが自然な流れになるかなと思っていたら、生徒会長の方からそう提案してくれた。


「今日のお礼にお勧めのお店を紹介したいんです」

「生徒会長のお勧めですか、楽しみです」

「東雲 百合枝です」

「え?」

「今日は休日だから生徒会長ではないんですよ」

「分かりました、東雲先輩」

「よろしい」


 あ、だめ、昇天しそう。

 最近辛いことばっかりだったから、幸せに耐性がががが。


「春日さん?」

「い、いえ何でもないです。さぁ行きましょう」


 おっと会長、じゃなくて東雲先輩に心配かけてしまうところだった。

 情緒不安定なところなんて見せられないぞ。


 先輩が連れて来てくれたのはオシャレなパスタ屋さんだった。

 個人店のパスタ屋で少しお高めなお店かと思ったら、割とリーズナブルで高校生らしき若い女性もお客さんとして来ていた。


「清潔感があって気持ち良いお店ですね」

「春日さんもそう思います!?」


 パーフェクトコミュニケーション。

 というより、俺と東雲先輩は感性が近いみたいなので思ったことを自然と言えば共感してもらえそうだ。


 席についてお互いにメニューを決めて注文すると、東雲先輩はまた俺に謝って来た。


「今日は強引に誘ってしまって本当にごめんなさい」

「気にしないでください。誘ってくれて嬉しかったですから」


 でも気にはなるな。

 清楚で自分から積極的にデートを誘うタイプには見えない東雲先輩がどうして誘って来たのか。


「事情を説明します」

「良いのですか? 言いたくなければ言わなくても良いですよ」

「くすくす、やっぱり春日さんは優しい人ですね」

「このくらい普通ですよ」


 男なら誰しも言ってみたい定番台詞の一つだしな。


「でも私が隠したくないから言っちゃいます」

「あはは、分かりました」


 さて、どんな話が出てくるのだろうか。


「実は、その、姉にお願いされまして……」

「…………………………………………」

「春日さん!?」


 唐突に聞きたくもない単語が出て来て脳が受け付けなかった。


 落ち着け、落ち着くんだ。

 アレとは関係ない話だろうが。

 先輩を心配させるのはダメだ。


「はっ、すいません、先輩のおね……えさん、ですか?」


 お姉さんと口にするだけで吐き気を催しそうになる。

 我慢だ、我慢しろ!


「そうだけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫です、ちょっと嫌なことを思い出しちゃっただけで。それでその方が何のお願いをしたのでしょうか」

「本当に体調悪かったらちゃんと言ってね」


 天使だ。

 大丈夫です、あなたのおかげでメンタルは持ち直せそうです。


「それで話の続きなんだけど、春日さんにもらったアロマを家に持って帰ったら姉に欲しいって言われまして……」


 先輩のご家族もあのアロマを気に入ったってことか。


「次の休みに買って来るように言われて、しかも春日さんを連れて行くようにって」

「え? 何でですか?」


 この話の流れで俺が一緒に行く必要無いよね。

 お店教えれば良いだけだし。


 そんな俺の疑問を察したのか先輩は答えを教えてくれた。


「春日さんがいれば確実に見つかるからって」

「ああ、なるほど」


 お店に行ったからって商品が見つかるとは限らない。

 でも俺が一緒に行けば売り場を知っているし、万が一にも店を間違える心配も無いから確実に手に入るだろうってことか。


「それに他にお勧めのアロマも教えてもらえるかもしれないからって……ごめんなさい図々しいですよね」

「気にしないでください。むしろ色々とお勧めしたかったので」

「ありがとうございます」


 図々しいと思ってくれる東雲先輩が素敵すぎる。


「それに……」

「まだ何かあるのですか?」


 これ以上、俺が一緒にお店に行く理由ってあるかな。


「その……あの……」


 東雲先輩は何故か顔を真っ赤にしている。

 何故だ、これまでの話の流れでそうなる要素なんて見当たらないぞ。


「良さそうな男だから……つ、つば……じゃなくて……誘わ……じゃなくて、その……」


 うん、察した。

 これは言わせてはいけない。


「下世話なことも言われた、と」

「…………はいぃ」

「そういうのは言わなくても良いですよ」

「でも……黙ってるのは悪いから……」


 人が良すぎておじさん心配しちゃうよ。

 この調子だと友達からも揶揄われてそうだなぁ。


 あと、一つ気になることがある。


「失礼なことを言います。違ったらごめんなさい。もしかして東雲先輩のお姉……さんって、結構横暴な人だったりします?」

「え?」


 何となくであるが、先輩の様子を見ていると、あのクソ姉貴が俺に無茶ぶりする姿が思い浮かんでしまったんだ。


「横暴というか、その、ちょっと強引なだけで、ええと……」


 なんということだ。

 今の東雲先輩の表情は、毎日鏡で見ているものにとても近い。


「先輩苦労しているんですね……」

「春日さんも?」

「あの寮の管理人になれって言ったのが姉です」

「……ぶわっ」


 わわ、東雲先輩が泣いちゃった。

 ハンカチ、ハンカチ、あった。


「先輩これ」

「ありがとうございますぅ……」

「苦労してるんですね。分かります」

「春日さぁ~ん」


 先輩もまた暴虐武人な姉の被害者だった。

 もちろん俺のあのクソ姉貴程では無いとは思う。

 あんなのが二人以上存在していたらこの世の終わりだからな。


 でも程度の差はあれ、同じ境遇の仲間だ。

 この時から、先輩との距離感がぐっと縮まった気がした。


「困ったら頼りにしてください。悲しい事に経験だけは豊富ですから。と言っても、耐える以外のアドバイスが出来ないんですけどね」

「くすくす、そうですね。でも話を聞いてもらえるだけで嬉しいです。春日さんと知り合えて本当に良かった」


 春日さんと知り合えて本当に良かった。

 春日さんと知り合えて本当に良かった。

 春日さんと知り合えて本当に良かった。


 幸せすぎて今日死ぬんじゃないか?

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