真っ黒な汚れは落とさねば(使命感

1. 生徒会長は俺が思っていた通りの人だった

「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまい申し訳ありません」


 レオーネ桜梅のコミュニケーションルーム。

 俺と生徒会長は机を挟んでソファーに座り向かい合っていた。


 この寮って来客を迎える場所が無いんだよな。

 寮だからそんなもんかもしれないけれど、空き部屋が沢山あるからその一つを来客室にしても良いかもしれない。


「それにお夕飯を急かしてしまったようで、重ね重ね申し訳ありません」

「いえいえ、もう食べ終わるところでしたからお気になさらず。それより生徒会長は夕飯どうする予定でしょうか。もし良ければ用意しますけれど」

「本当ですか! と言いたいところですが、残念ながら家で用意されてますので遠慮させて頂きます」


 ううむ、是非とも俺の料理を食べて貰いたかったんだけどな。

 生徒会長は料理が得意らしいから、感想を聞きたかった。


「ちょっとレオっち! それ私達の明日のお弁当の分でしょ!」


 外野がうるさいなぁ。

 寮生達はキッチン側にあるご飯を食べる机の所に座りこちらを見ている。


「あらあら、それなら尚更頂けないですね」

「彼女達の言葉は気にしなくて良いですから」

「なんでよー!」

「くすくす、仲が良いのですね」

「はは、ご冗談を」


 もしかして生徒会長は視力が悪いのだろうか。

 だって俺達の仲が良いだなんてあり得ないだろう。


「それにお仕事もしっかりなさっているようですね。清潔感のある素敵な部屋だと思いますし、玄関もとても綺麗でした」

「ありがとうございます!」


 流石生徒会長。

 俺の仕事を分かってくれた。


 玄関はこの寮に入る時に最初に目に触れるところだから、気持ち良く出入り出来るようにと特に気を使ってメンテナンスしているんだ。

 きっと生徒会長の家の玄関も整頓されていて美しいに違いない。


「そういえばこの部屋に入る時に仄かに清涼感のある香りが漂ってきたのですが、芳香剤を置いているのでしょうか」

「すいません、もしかして気に障りましたか?」


 スメルハラスメントなんて言葉が出てきたように、香りは人それぞれ好みがあって苦手な人はかなり苦痛だからな。

 生徒会長がダメだったらすぐに場所を移動しないと。


「いえ逆です。とても好みの香りだったから何を使っているのか知りたくて」


 ふぅ良かった。

 しかも生徒会長と香りの好みが同じとか嬉しいな。


「くんくん、分からないわ……」

「さっき食べたご飯の香りしかしないですぅ」

「そんな……私が気付かないなんて……」


 かなり薄い香りにしているからむしろ気付いた生徒会長が凄いと思うぞ。

 それにお前らはもうこの香りに慣れているから絶対に分からない。


「そういうことだったんですね。実は街のアロマ専門店で買ったアロマを使ってるんですよ」

「まぁ、アロマ専門店?」

「はい、ご存じないですか? 良ければ場所を教えますよ。他ではあまり見かけないアロマも沢山置いてありますから、好みの香りがきっと見つかると思います」

「ありがとうございます」


 でもこのアロマがまだ売っているか分からないな。

 余っている分があるからおすそ分けしようかな。


 なんて思っていたら生徒会長がとんでもないことを言い出した。


「でもせっかくなら今度の休みにでも案内して下さらないかしら」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 今度の休みに、俺が、生徒会長を、街のお店に、案内する。

 それってつまり……


「「「デート(ですぅ)!?」」」


 いやいやいや、唐突過ぎじゃありませんか!?

 俺、生徒会長と会うの今日が初めてなんですけど!


 ま、まさか生徒会長も清楚に見えて肉食系なのか……そんなぁ。


「あっ……わ、私ったらなんて恥ずかしいことを」


 セーフ!

 ガチで赤面してるからセーフ!


 やっぱり生徒会長は清楚!

 年頃の女子はこうでなくっちゃ。

 下着を男子に放り投げるような奴らは人間じゃない。


「ごめんなさい。忘れてくれると助かります……」

「いえいえ、お気になさらず」


 どうしてだろう。

 憧れの人とデート出来そうだったのが無くなったっていうのに、羞恥心があるというだけで涙が出そうな程に嬉しいのは。


「……あんな嬉しそうな玲央初めて見たわ」

「ニッコニコで腹立つですぅ」

「私の番なのに私の番なのに私の番なのに私の番なのに私の番なのに私の番なのに」


 夕飯後だけどメシウマ!


「良かった。春日さんは素敵な方ですね。学生ながらこちらの管理人を担当していると聞いて失礼ながら不安もあったのですが全くの杞憂でした」


 失礼なんかじゃないですよ。

 だって俺だって何で寮父やらされてるのか意味分からないから。


 そうだ、丁度良いタイミングだから気になっていたことを聞いておこう。


「そういえば、その話を誰から聞いたのですか?」

「鬼塚先生です」

「なるほど」


 俺の知らないところで俺のことが広まっている、なんてわけじゃなくて一安心だ。


 鬼塚先生なら何の理由もなしに生徒の住所を言いふらすとは思えない。

 生徒会長になら言っても良いと判断した上で、何か理由があって教えたのだろう。


 ということで、そろそろ本題に入るか。


「では、本日いらっしゃった理由をお聞かせ願えますか?」

「はい」


 わざわざ鬼塚先生に聞いてまでここに来た理由とは一体。


「用件は体育祭の件についてです」

「え?」

「今日の夕方、春日さんが体育祭実行委員の部屋に来てお話したことです」

「え?」


 待って、すごく嫌な予感がする。


「何の話かしら」

「体育祭実行委員ですかぁ?」

「…………」


 お前らは聞くな!


「体育祭実行委員の隣が生徒会室だってことは春日さんもご存じですよね」

「あっ」


 ということは俺の啖呵が生徒会の人達に聞かれてたってこと!?


「ただ、あの時は生徒会室に私しか居なかったので、私以外の役員の人は知りません」


 それは良かったと言うべきなのか、生徒会長に聞かれていたからアウトだと言うべきなのか。


「体育祭実行委員は文化祭とは違って生徒会から独立した組織です。ですが、名目上はその上に生徒会がいることになっています」


 そう言えば文化祭では生徒会の人達が挨拶したりするけれど、体育祭は体育祭実行委員しか表に出てこないな。

 そんな仕組みになってたからなのか。


「名目上とはいえ生徒会実行委員の上に立つ組織の長として、彼らの不祥事を見過ごすことは出来ません。ですので今日は急ぎ謝罪に参りました」

「謝罪ですか」

「はい」


 生徒会長はそう言うとソファーから立ち上がり、寮生たちの方へと向かった。

 そして栗林に向かって深く頭を下げた。


「栗林さん。借り物競争で不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでした。心より謝罪致します」

「ふぇ?」


 そうか、生徒会長は本当は栗林に謝罪するために鬼塚先生に相談したんだ。

 学校で謝罪したら目立ってまた困らせてしまうからどうすれば良いかと。

 それで鬼塚先生は栗林が寮生であることを教えて、トラブルにならないようにするために俺の事もセットで教えたと。

 鬼塚先生は俺の境遇をかなり心配してくれているのにそれでも教えたと言う事は、余程生徒会長のことを信頼しているのだろうな。


「なんのことですかぁ?」

「苦手な課題を前に困らせてしまったことです」

「……その話と春日さんと体育祭実行委員に何の関係があるですかぁ?」


 ぬああああああああ!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!


 俺の行動が寮生たちに知られてしまう。

 でも真摯に謝罪してくれている生徒会長を止められない。


 やーばーいー!


「春日さんは今日、栗林さんを不快にさせた体育祭実行委員に対してクレームに来ました」

「クレームですかぁ?」

「はい、とても怒ってらっしゃいました」

「そうですかぁ……にやにやですぅ」


 オワタ。

 完全にオワタ。


「何よ玲央、格好良い真似しちゃって」

「やっぱり春日さんは私が好きだったんですねぇ。ほらほら、もっと甘やかすですぅ」

「どうしてこうなるのよー! 私だけの秘密にしたかったのにー!」


 やめろ氷見、そんなキラキラした目で見るな。

 やめろ栗林、気持ち悪い目でこっちを見るな。

 そして禅優寺、夕飯の時の不自然な態度はやっぱりアレを聞いてたからじゃねーか。


「くすくす、やっぱり春日さんは皆さんと仲が良いのですね」

「冗談じゃない!」

「そうね、本気だもの」

「そういう意味じゃねーよ!」

「実はちょっと本気でドキドキしてるですぅ」

「不整脈だ。病院行け!」

「こうなったらもうアレをやるしか」

「企むなー!」


 好感度が上がってしまっただけで辛いのに、寮生たちに色目使われている姿を憧れの生徒会長に見られるなんてあんまりだ!

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