6. 知ってた

 ジーーーーーーーー


「春日さん、そんなに見つめてどうしたんですかぁ。ついに惚れたですかぁ?」

「寝言はここを出てから言え」

「お断りですぅ!」

「じゃあ言わなくて良いから出てけ」

「逆ぅ!」


 栗林の様子に異常は無い。

 いつものように勢いよく夕飯を喰らっている。


 こいつのことだ、もし俺が体育祭実行委員にクレームに行ったところを見ていたのなら、『やっぱり春日さんは私が好きだったんですねぇ。ほらほら、もっと甘やかすですぅ』などとうざいくらいに全力で絡んでくるはずだ。

 だが今の所その気配は全く無い。


 つまりはあの時に聞こえた足音は栗林のものでは無いということで、安心して良さそうだ。


「おかわりですぅ」

「はいはい……ん?」


 いや、別の異常があったぞ。


「おかわり?」

「当然ですぅ」

「ダイエットは?」

「知らない単語ですぅ」

「おいコラ」


 綺麗な栗林は消え去り、汚い栗林に戻ってしまった。

 人生の中で女子の名前に汚いをセットにする日が来るとは思わなかった。


 長続きはしないだろうなとは思っていたが、ここまでだったか。

 むしろ続いた方だろうか。


「結局体育祭のために頑張ってたってことか?」

「そんなとこですぅ」

「本当の所は?」

「…………」

「おかわり要らないようだな」

「虐待ですぅ!」


 なんつーことを言いやがるんだ。

 お前らが俺に無理矢理世話させてる方が虐待に近いだろ。


「んで、本当の所は?」

「お婆ちゃんに騙されたですぅ……」

「騙された?」

「最近体調が悪いって……でも嘘だったですぅ!」


 どうせそんなことだろうと思ってたよ。

 栗林祖母がこいつにまともな生活を送らせるために情を使って仕組んだに違いない。

 こいつが必死になれるのは家族に関してだけだからな。


 なお、栗林祖母がこんなことをしたのは、ぶっちゃけ俺のせいでもある。


「お前の態度が悪すぎるって報告したからな」

「なんてこと言いやがるですぅ!」

「寮生の家族に正しい状況を伝えるのも寮父の役目だ」

「何もかも間違ってるですぅ!」

「これ以上酷くなったら引っ越しさせるって言ってたぞ」

「え、マジで?」

「嘘」

「鬼畜寮父ぅ!」


 ぷーくすくす。

 マジになってやんの。


 しかし案外早くにあっさりと謎が解けてしまったな。

 次の休みにでも栗林祖父母に話を聞きに行くつもりだったが、その前に答えが分かってしまった。

 でも念のため会いに行って話を聞いて来るかな。

 再度きれいな栗林にするための相談とかも出来るかも知れないし。 


「これまで我慢した分たくさん食べるですぅ!ヘルシーメニューも止めるですぅ!」

「じゃあ明日からはもやし三昧な」

「肉!肉!肉!肉ぅ!」

「ついに人間を辞めたか」


 肉なら自分の体にたっぷりついているだろ。


「はぁ、結局元通りか」

「あら、私は続けるわ」


 氷見はまだ肉付きが甘い。

 ガリから健康体になるまでは適度な運動を続けるつもりなのだろう。


「なら丁度良い。運動する時はコレも引っ張って来てくれ」

「そうね」

「嫌ですぅ」

「やれでぶぅ」

「今はでぶぅじゃないですぅ」

「すぐになるだろ」


 一週間で戻ると断言できる。


「そういえば氷見は……」

「何かしら?」

「いや、やっぱ良い」

「言いかけて止めるなんて気になるじゃない」

「マジで気にしないでくれ」


 危ない危ない。

 騒介のことをどう思っているんだ、なんて聞いてしまう所だった。

 こいつは俺推しって名言しているのに、その相手からこんなこと言われたらショックだろう。


 今のところはどうなるかも分からんし、余計なことはせずにひっそりと見守ることにしよう。


 お盆明け頃から色々とあったような気がするが、なんだかんだ言って何も変わらずいつも通りか。

 俺はこれからもこいつらに振り回されるのだろう。


 はぁ……溜息しか出ない。

 飯食お。


「あれ、醤油はどこだ……って禅優寺の方か」


 醤油さしに手を伸ばしたら、禅優寺の手とぶつかってしまった。


「おっと」

「きゃっ」

「え?」


 これまでの食事中、この程度のことなんて何度もあったのに、何で今日に限って乙女みたいな悲鳴あげたんだ?

 そういえば今日はずっと無言で会話に入って来なかったな。


 嫌な予感がするぞ。


 俺はこいつが乙女モードに入るきっかけに心当たりはない。

 つまり俺が気付かないところで何かがあったということだ。


 まさか。

 まさかまさかまさかまさか。


「禅優寺今のは……」


 ピンポーン。


 禅優寺の不審な反応を問い詰めようとしたら来客だ。

 この大事な時に来るなよな。


 ってこんな時間に来客だと?

 もう外が暗くて夕飯を食べるような時間帯だぞ。


「誰か何か頼んだのか?」


 三人とも首を横に振った。

 宅配便では無さそうだ。


「武田さんが忘れ物でもしたのかな」


 でもそれなら俺に直接連絡してくるはずだ。

 インターフォンをわざわざ押すことはない。


 あるいは隣の交番の警察の人かな。

 例えば最近この辺りに不審者が出没しているから注意するようにと注意喚起しにきたとか。


 考えても分からんか。

 誰とも分からない人を女子寮に勝手に入れるわけには行かないから、玄関モニターを見て誰が来たのかを確認しよう。


「なん……だと……?」


 そんな馬鹿な。

 ありえない。

 何故彼女がここにいる。


「レ、レレ、レオっちどったの?」

「誰ですかぁ?」

「お知り合いですか?」


 俺の異様な様子が気になったのか、三人がモニターを見にやってくる。

 禅優寺が不自然な様子なのだが、俺はそんなことにも気付かず、モニターから目が離せなかった。


「ええ!?」

「誰ですかぁ?」

「この人は……!」


 肉林だけ誰なのか気付いていない。


 ふわりとウェーブがかかった髪。

 やわらかで慈愛に満ちた瞳。

 そして何よりおっとりとした落ち着いた雰囲気。


 この三人に足りないものを全て持っている俺の憧れの人・・・・


「何で生徒会長がここに!?」


 そう、モニターに映っていたのは俺の学校の生徒会長、東雲 百合枝先輩だった。


 いや、待て、固まっている場合じゃない。

 東雲先輩が何かの用でここに来たのなら、出迎えなければならない。

 だが俺が出て行くのはNGなのだ。


 男の俺が女子寮で寮父をしていることを他の生徒に知られるわけには行かないのだから。


 仕方ない、こいつらの中の誰かに行ってもらうしかない。


『あの~聞こえてますか?』


 東雲先輩がマイク越しに話しかけて来た。


「とりあえず禅優寺が対応を……」

『春日さ~ん、聞こえてますか~』


 は?


 東雲先輩は今何を言った?

 俺を呼ばなかったか?


 無い無い。

 だってここは女子寮だぞ。

 女子寮に来て男の俺を呼ぶなんてあり得ないだろう。


 もしかして、同じ名字の春日って人が住んでいると勘違いしているのかな。


『春日玲央さ~ん、こちらにいらっしゃるんですよね~』


 俺だった。

 勘違いでは無かった。


『春日さんに会いに来ました~開けてくれませんか~』


 何故なのかは分からないが、生徒会長は俺に会いに女子寮レオーネ桜梅にやってきたのだった。




「なんでよー! 次は私の番でしょ!」


 禅優寺が何かを叫んでいるが、驚きすぎて放心状態の俺の耳には届かなかった。

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