5. 絶対にバレてはならない

 ワイワイガヤガヤ。


 そんな表現が似合う賑わいが、扉の向こうから聞こえてくる。

 学校内のとある部屋の前に俺は立っていた。


 周囲を確認する。

 何度も何度も繰り返したが、何度確認しても不安は払しょくされない。


 絶対にこれは見られてはならない。

 万が一にでもあいつらに見られでもしたら、取り返しがつかないことになるからな。


 扉から離れ、付近を念入りに確認する。

 目を閉じ気を静め気配を感じろ。


 大丈夫。

 本当か?


 ダメだ、これ以上は時間が無い。

 やつらの痕跡を探すのに夢中になりすぎて、時間切れで目的達成出来なかったなんてことになったら情けなさすぎる。


 再度扉の前に立つ。

 深呼吸して呼吸を整える。


 意を決して扉をノックした。


「は~い」


 ガラっと扉が開いて出てきたのは二年生の女子。

 何か楽しい話でもしていたのか、かなりの笑顔だ。

 その先輩女子の肩越しに部屋の中を覗くと、座っている男女もまた似たように楽しそうにしていた。


「何か用ですか?」

「ここって体育祭実行委員の部屋で間違いないですか?」

「そうですけど」


 知っていたけれど念のため確認した。


 うちの学校は生徒会室の隣が季節イベント実行委員会用の部屋になる。

 今は体育祭実行委員で、そろそろ文化祭実行委員が使うことになるはずだ。


「今年の体育祭について意見がありまして」

「意見? アンケートに書いてもらったよね」

「そうなんですが、直接言いたいことがあったので来ました」

「え~」


 応対してくれた二年の先輩女子は自分では判断がつかないようで困り顔になっている。


夢野ゆめの入れてやれ」


 すると中から助け船がやってきた。

 体育祭実行委員の顧問の鬼塚先生(女性)。

 鬼の生徒指導として有名な厳しい先生で、俺は寮の関係で顔見知りだったりする。


 一応あの寮は桜梅学園の寮だから学校側が状況を把握していなければならない。

 そのせいで鬼塚先生に色々と尋問、ではなく状況を確認されたことがあるのだ。


 今回はその伝手を頼って、今日体育祭実行委員の反省会が行われると教えてもらってやってきた。


「おじゃまします」


 部屋の中に入ると、興味深そうな視線が俺に集中した。

 男女半々で合計六名。

 彼らが体育祭実行委員の主要メンバーなのだろう。


 もちろん全員が先輩だ。


「一年生の春日玲央と言います。会議中に突然やってきて申し訳ございません。どうしても伝えたいことがありましたのでお邪魔させて頂きました」


 軽く会釈をする。


 一年生らしからぬ丁寧な雰囲気に戸惑っている様子だな。


「春日さん、伝えたいことって何でしょうか」


 一番奥に座っていた女性が立ち上がって対応してくれた。

 この人が実行委員長かな。


「借り物競争の課題についてです」


 俺がそう言うと、彼らは露骨に面倒くさそうな顔になった。

 もしかしてこれまでも似たような苦情があったのだろうか。


 まぁそんなことはどうでも良いや。

 俺は言いたいことを言わせてもらう。


「最近気になる異性、という課題を用意した人はどなたでしょうか」


 今日の俺の目的は、いわゆるクレームというやつだ。

 あの課題があまりにも酷いものであったから一言文句を言わなければ気が済まなかった。


 ただクレームを言うには、俺自身が真っ当に体育祭に参加していなければならない。

 だって手を抜いているやつが文句を言っても、真面目にやってないお前が文句を言うなって思われるだろ。

 だからちょっとばかり真剣に参加した。


 別に栗林のためじゃない。

 他のやつが被害者だったとしても、それが身近な奴だったらこうしてクレームに来ていた。


「それを知ってどうするつもりなの?」

「もちろん苦情を言わせてもらいます」

「あの課題は実行委員全員で考えたものです」

「それならここにいる全員に言わせてもらいます」


 この時点で嫌な予感はしていた。


「こんなにも非道な課題をどうして用意したのですか」


 ああ、やっぱりそうか。

 全員キョトンとしてやがる。


 俺のクレームの意味が全く分かって無さそうだ。


「酷い言い方ですね。言葉遣いには気を付けた方が良いですよ」

「酷いのは貴方達でしょう。繰り返しになりますが、こんな非道な課題を用意するのですから」

「何処が問題なんですか?」

「何処が……だって?」


 落ち着け、落ち着くんだ。


「よくある課題でしょう。適当にクラスメイトでも呼べば良いのだから簡単ですし」


 眼鏡をかけた男子が言う。


「むしろ当たりだよね。告白にも使えるしボケにも使えるし~」


 チャラい雰囲気の女子が言う。


「私だったら仲の良い女子を連れて行きますね。絶対にウけそうですし」


 扉が開いた時に応対してくれた女子が言う。


「敢えて先生を呼ぶのも困らせて面白いんじゃね?」


 やる気の無さそうな男子が言う。


 この場にいる実行委員全員が何も問題など無いのだと本気で思っている。

 面倒だから早く帰ってくれないかと思ってそうなやつすらいる。 

 せっかく楽しく反省会をしてたのに水を差しやがってとイラついてそうな人もいる。


 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着いてちゃんと説明を……


「この課題を引いた人は、人見知りで注目されるのが苦手な人だった」


 普段の栗林を知っていると忘れそうになるが、あいつは人前に出るのが得意ではない。


「何でそんな人を選んだの。そんなのそのクラスの人が悪いでしょ」


 陽キャしか参加しない種目に陰キャが入って来た方が悪い。

 こいつはそんなふざけたことを言いたいのか。


「先輩のクラスは全部の種目が立候補で決まったのですか。羨ましいですね。俺のクラスでは何個かくじ引きで決めましたよ。ああ、この課題を引いた人もくじで決められて断れなかったそうです」

「…………」


 苦々しい顔で目を逸らしやがった。

 悪いだなんて欠片も思ってないな。


「たまたま俺が知り合いだったからどうにかなった。でもあいつが俺と出会わなければ、あいつには異性の知り合いなんて出来ていなかった。だとするとどうなっていたかと思いますか?」


 俺に声をかけたいのに出来ず、全校生徒に注目されながらオロオロして慌てる栗林の姿を思い出す。


「学校中の生徒に見られて、困っている姿を笑いものにされていると思い、でも誰かに声をかけて助けを求めることも出来ず、課題をクリアするべく行動することも出来ない」


 それは人付き合いが苦手な人にとって、地獄でしかない。


「あいつはPTSDになってもおかしくない状況だったんだよ! それでもてめぇらは問題無いなんて言えるのか!」


 やっちまった。

 語気を荒げただけじゃなくて、ドン、と思わず机を強く叩いてしまった。


 不満を伝える時に怒ったら負けだ、手を出しても負けだ。

 冷静に伝えなければならなかったのになぁ。


 最後の最後で感情を制御できなかった。

 俺もまだまだ子供だ。


 はぁ……


 さて、実行委員たちの様子は、と。


 ああ、やっぱりそうなるか。

 そんな気はしてた。


 申し訳ない、反省している、そんな表情は全く無かった。

 俺が怒っていることを不審がっているやつらばかりだ。


 こいつらは、弱い人間を理解出来ない奴らだったんだ。

 俺がどれだけ言っても、届きそうにない。


 振り下ろした拳が痛い。

 でも、振り下ろした意味が無かった。


 むなしい。

 腹立たしい。


 栗林の困っている顔が脳裏をチラつく。

 せめてこいつらを一発ぶん殴らなきゃ気が済まない。

 そんなことしたら一発停学だから出来ないが、なら俺のこの怒りはどうすれば良いんだ。


「春日」


 歯を食いしばる俺に声を掛けたのは鬼塚先生だった。


「すまなかった」

「え?」


 先生が深々と腰を曲げて俺に謝罪している!?

 あの鬼が謝っている!?


「完全に私の監督ミスだ」


 先生は分かってくれた。

 ああ、それだけで救われた気分だ。


「後で栗林にも謝っておく」

「…………はい」


 あまりのことに怒りがどこかに消えてしまった。


「こいつらのことも任せておけ。鬼の生徒指導の意味を骨の髄まで分からせてやる」


 怖ええええええええ!


 めっちゃ獰猛な笑みを浮かべてるんですけど。

 これが鬼塚先生の本性だったのか。

 ガチギレしてるぞこれ。


 怒りの対象俺じゃないのに、全身の震えが止まらないんだが。

 対象の方は恐怖で失禁しそうで白目向いてるやつもいるが、同情はしない。


「し、失礼しました!」


 これ以上この場に居たくなかったので逃げるように部屋を出た。


 その時。


 ガタン


 タッタッタッタッ


 ……マジで


 いや、そんな馬鹿な。

 あれだけ念入りに確認してから入ったのに、聞かれていたなんて、ないないない。


 もしあいつらに聞かれていたら、栗林のために俺が文句を言いに行ったなんて勘違いされようものなら、鬼塚先生のガチギレモードより怖いわ。


 お願いだから気のせいであってください。

 神様これ以上俺をいじめないで! 

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