白翼の文、暗闇の淵<4>

 ゴロゴロとゲートから砲台を降ろし、所定位置へ運び込む。指示された場所へ運びながら、古くなった砲台をどかして角の民に交代する。

 リフトがある位置が聖都の中央、神の塔を包括した神殿の入口近くであるため、地上の街の様子も見ることができた。聖都は巨大な外壁に覆われ、神殿を囲うように畑がずらりと作られていた。畑は新たな作物を育て始める時期のようで、人々は懸命に土を耕すだけでなく、畑の周囲に様々な工夫を凝らしていた。その工夫はミサも初めて見る物で、首を傾げながらその様子を見ていた。

 あらかた手伝いを終えたところで、シウム達は農家の人々から簡単な料理――野菜を使ったスープを振る舞ってもらっていた。

 春の肌寒い気候で冷えた体に、温かなスープが染み渡る。

 「あふ……美味しいです」

 「ははは!そりゃあよかった。動物も勝手に入り込んで食べちまうような美味い野菜だからなあ……」

 農家の言葉を聞き、ミサは腕を組んで口を開く。

 「不作だと聞いていたが、結局原因はわかったのか?」

 「ああ。それがどうやら、この島では見かけたことのない動物の仕業のようでな。俺達のご先祖が頑張って作ったあの大壁に穴まで開けやがって、おかげでそこから人間の襲撃を受けるわ、動物に畑を荒らされるわ……。今は穴は塞いでるし、人間も追っ払ったし、動物も捕獲して研究してるところだ。何匹か逃しちまったから、今年からは畑作もそいつの対策を練って臨まにゃならん……」

 苦笑いをする農家を見て、エアは考え込む。それを横で見ていたシウムは首を傾げた。

 「歯がゆいですね……こういう時に空の民から食料支援できれば……」

 それを聞いたミサは難しい顔をしながら首を振る。

 「貴女たちはフィルミアの霊山や、その遥か上空の浮島から来たのだろう?アヴァリアまでの安全な交易路が確率できなければ、いくら空路でも厳しいものがありそうだ」

 「ですよね。ますますこの戦争を終わらせねば」

 「……難しいことはよくわからないんだけど、どういうこと?」

 エアは訊かれて、荷袋から大陸の地図を取り出した。食べ終えた食器をどかし、地面に落ちていた小石を何個か拾って、それをアヴァリア島と、山脈のある部分、そしてその中央に当たる場所と、北東の要所、中央から外れた南西の川を挟んだ場所、そして更に山へ近づいた南東の地点と計6箇所に置く。スープを飲む際に使っていた木製のスプーンを片手に、現状を説明した。

 「まずこの山がある場所。ここが我々がやってきた霊峰の里です。そしてそこから北西に行くと……ここが今我々が居るアヴァリア島になります。交易をするならば間にあるこの要所を安全に……簡単に言えば、戦いの起こらない場所にしなければ、霊峰からこちらへ食料を送ることが出来ない……支援することができない、ということです」

 霊峰とアヴァリアの間に置いた小石を、南西と北東、そして南東に置いた小石で挟み込み、エアは続ける。

 「……とまあ、こんなふうに。今この地域は北東のアリステールと、南西のマレーン、南東のアミティエと三国で小競り合いをしているわけです。三国が絡む激戦区になっているから、あの時戦闘に巻き込まれたわけですし。――それに我々翼の民は、角の民と共に迫害される身。あのヴェオルとかいう人間のように寛容ではない限りは、捕らえられてただでは済まないでしょう」

 シウムは難しい顔をして首を捻る。

 「私達が空を飛んでも、そんなに多くの荷物なんか運べないもんね……」

 「浮島が自由に動きでもすれば、難しいことを考えずに済むのですけれど」

 そう言うとエアは小石をジャラジャラと地面に落として地図をしまった。シウムは食事を振る舞ってもらった礼にと、水桶に食器を浸して食器洗いを手伝った。


 その後二人はミサに神殿を案内してもらっていた。神殿には居住区を兼ねた兵舎と、戦いで傷ついた救護室があり、中央には神の塔への入り口と、祭壇が置いてあった。

 行き交う人々はあまりおらず、中央の祭壇に祈りを捧げる者、救護室で治療を受けて眠っている者が多く、居住区には人はほとんどいなかった。


 一行はそのまま救護室の奥へと向かう。ミサが静寂を促しながら扉を開けると、そこには一人の女性が蝋燭に火をともして本を読んでいた。それを見て、慌ててミサは女性に駆け寄る。

 「お母様、いけません。眠っていないと」

 「ありがとう。けれど眠ってばかりだと退屈で仕方がないわ……コホ、コホ」

 咳き込む母親の背中を擦りながら、ミサは布団に入るように促す。女王はそれでも布団に入らず、シウムとエアの姿を見ると、驚いて嬉しそうに本を閉じた。

 「まあ!この目で翼を持つ者を見るのは初めてですわ。ようこそ、アヴァリアへ。わたくしはアヴァリアの女王のキリエと申します」

 「翼の民の王宮予言士、エアと申します。こちらの白翼を持つ者はシウム。どうぞ、以後よろしくお願い致します」

 エアに続いてシウムは緊張しながらぺこりとお辞儀をする。女王キリエはくすくすと笑いながら近くに寄るように促した。

 「あらあらまあまあ。とにかくもっと近くへ来て?二人の可愛いお顔がよく見えないわ」

 エアは言われた通り近くに歩み寄り、これまでのことのあらましをキリエに話した。その間にミサは松明に火をともし、部屋の燭台に火を点けていった。

 「……まあ……それで遠くからやってきたのね。それじゃあうちの子をよろしくお願いします」

 「い、いやいや、待ってくださいお母様!問題は何も片付いていないんですよ!アヴァリアの食料不足や、人員不足、挙げ句お父様がひと月も帰ってこない。お父様を信じて待っていたものの、このままではいけないとしびれを切らして地上へ上がるか逡巡してみれば、この者たちが手伝ってくれると――」

 「あら。そうだったの?ごめんなさい。でも、そこまでしてもらっちゃうのはなんだか申し訳ないわ……」

 キリエはうーんと唸りながら考える素振りをする。呆れたように首を振るミサを見て、シウムは一歩前に出て告げた。

 「……世界を救うためならこれくらいできるだろう、とリリト様に言われたのです。大きな使命を持っているからこそ、これくらいは私達に手伝わせてほしいです。だから、できることがあったら何でも言ってください」

 「まあ、健気。本当に可愛い子ね……ミサったら、良いお友達を持ったようで私も嬉しいわ」

 女王は自身の左胸の下、心臓部をくしゃりと握りながら続けた。

 「……ミサから聞いているかもしれないけれど、私は体が弱くて、こうして療養を続けているの。私の旦那――国王ドミネが薬草をフィルミアの霊山に取りに行っていて、もう1ヶ月も経つ。もうすぐ在庫が尽きてしまうから、早く帰ってきてほしいのだけど……」

 「……人員が割けずに人間の襲撃、畑の対策と救護に手が足りず……我々は今こうしてお父様の帰還を信じながら、できることをやっている。私もお父様の代わりに民の声を聞き手を貸しているのだが……これでは手が足りない。これが今このアヴァリアを取り巻く現状だ」

 エアは腕を組み、シウムを見る。

 「翼の民による物資供給は今は望めない。まず私達にできることは、ドミネ王を見つけ出すことくらいでしょうか。霊山でしたら我々の拠点ですし、迷い込んでいたのであればすぐ見つかるでしょう」

 エアの提案にシウムは不安そうに首を捻り、ミサは首を振った。

 「……ひと月も帰ってこないとなれば、人間に捕らえられていたり、妨害をされていたりという可能性だってある」

 「だから何ですか。では私達が行かねば誰が行くと言うのです。貴女だって忙しい身というのはわかりますが、そこまで言われてはこちらも困ります」

 そう言いながらエアはミサを睨む。そこにキリエが仲裁に入った。

 「まあまあ。ミサがごめんなさい。そこまで言わないで、ミサも一緒に行ってあげなさいな。槍のお稽古を頑張っていたのをお母さんは覚えているわ」

 「ですがお母様、民草は」

 「いいのいいの。みんなできる良い子だから、心配しなくて大丈夫よ」

 キリエはミサの背中をトントンと叩き、にこやかに微笑んだ。ミサは視線を落として不安そうな顔をするが、ぱちんと頬を叩き、観念したようにエア達へ向き直る。

 「――ああ、わかった。私も共にフィルミアへ行こう。島を出るのは初めてで不安だが……どのみち私も世界を救う旅に出るのだからな。よろしく頼むよ」


     * * *


 島を出る前に、神殿横のリフトの近くにある武器庫へ寄り。各々の装備を整えた。翼の民の装備は空を飛ぶこともあり革鎧が主流であったため、エアとシウムは軽い金属を使った軽鎧を着けさせてもらった。

 エアはアヴァリアの良質な鉄鋼で打った直剣を、故郷の細剣と一緒に帯剣し、シウムは戦いに不慣れであったため、戦闘用ではなく儀礼用の細剣を持たされた。

 一通り装備を整え、鎧姿となったミサを見る。恥じらいながらミサは後頭部を掻き、二人から目をそらした。

 「全く。角の民の王女も前線で戦ったことがないとは……先行き不安ですね」

 「エアだってあれが初陣だったって言ってたじゃん」

 「よ、余計なことは言わなくて良いんです!とはいえあの時は勝てたんだから良いじゃないですか」

 シウムはくすくすと笑いながらエアと話を弾ませる。その様子を見て、少し緊張していた様子だったミサはつられて笑ってしまった。


 翼を持たないミサはフィルミアの森へは内陸を通っていくしかなく、エアとシウムは彼女に合わせるために陸路で歩いて向かうことにした。アヴァリア島からは小さなボートを使って海をわたり、平原の西端に接岸させた。

 広い平原の地平線の先では、人々が野営を作っているテントが散見した。まだ争いが続く平原をまっすぐ征くことはせず、3人は海沿いを歩いて南へ降りていくことにした。

 右手にずっと見える海と平坦な水平線を眺めながら、岩場をずっと歩いていく。道中で平原にできた林に入り込み、食料を調達したり、雑多な兵士をやり過ごしたりしていた。

 夜になれば沿岸の洞窟に隠れて焚き火を炊いた。食事の後、シウムはエアに剣術を教わった。シウムは非常に覚えが良かったが、体を動かすことが苦手であったため、まだまだ剣をうまく扱うことができなかった。


 それを繰り返すこと約1週間、アヴァリアへ向かう時に最後に立ち寄った森へとたどり着いた。森の中は特に変わっておらず、強いて言うなら倒した兵士3人の死体は見事になくなっており、代わりに鉄片がボロボロと落ちていた。

 「……ヴェオルさん、元気かな」

 シウムがぽつんと呟くと、エアはむっとした顔で首を振った。

 「彼はこの旅には関係のない、角も翼も無い人間です。気にしても仕方がないですよ」

 そう言われて、シウムは残念そうに視線を落とした。それでも人間とはいえ和解ができた相手でもあるヴェオルとの再開を捨てきれず、心の隅で願いながら、シウムはエアに続いて森を歩いた。

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