白翼の文、暗闇の淵<3>

 柱の居城はそのまま、地底の更に底にある王城に続いていた。柱の窓からは角の民が作り上げたであろう城下町が広がっており、人々はそこで懸命に生きていた。

 「聖櫃を巡る争いが始まって、もう何百年が経つ。地底の連中の食いモンは全部、地上から落としてもらってんだ。ここじゃあ採れても石っころか、武器を鍛える鉄鋼くらいしか無いからな」


 いつまでも赤橙に輝く遠景の前に、地底へと下る大きな四角い物体を目にする。その物体は鎖のようなもので吊るされており、ゆっくりと鎖が動いて物体を底に降ろしているようだった。

 「地上と地底の連中はお互いにお互いを支えて生きてる。地上は人から領土を守りながら地底へ食料を分け、地底は戦えない奴らの面倒を見つつ、地上へ武器や防具を託す。けれど……最近はちょっとばかしピリピリしてるんだよな。何百年も地底に居たら、不満も1つや2つどころじゃあ済まないくらい溜まっちまう」

 それを聞くと、シウムは少し浮かない顔をしてみせた。

 「また……嫌がらせとか、起きてるんですか?」

 「……そう、だな。まあこのご時世だ、お互いにいい加減、この生活を終わらせたいんだろ」

 「だからって……そんな……」

 シウムはきゅう、と胸が締め付けられるような気持ちを覚えた。ルシフィムが告げた『世界を救え』という言葉を思い返し、その意味を確かめながら、複雑に混ざった心を見つめる。

 翼の民も、霊峰と空とで分かれてしまい、聖櫃戦争が始まってからはお互いの交流が少なくなっていった歴史を持つ、とエアは語る。角の民も似たような境遇を持っているのだと思うと、シウムは角の民の現状を他人事とは思えなくなった。

 「……エアは、世界を救うって、どう思う?」

 「どう、とは……リリト様が語られたように、皆が手を取り合える世を作るために、この戦争を終わらせればいい――だけの話ではない、と考えているのですか?」

 シウムが弱々しく頷くと、エアは深く考え込むように腕を組む。三人が歩く螺旋階段は続いており、終わりがまだまだ見えなかった。

 「……私達は争いのない時代を知らない……難しい質問ですね……」

 考え込む二人を見かねて、リリトが口を開く。

 「昔は人も神も、角持ちも翼持ちも、みんな手を取って地上で暮らしてた。人がわからないと訊いたことを、神が知識として教えて、人はそれを工夫して、色んなものを作ってた。オレ様が教えた武器だって狩りにしか使わなかったし、戦争だなんて馬鹿げたことは、昔は起こらなかったんだ。……けれど、教えたその武器で、あいつらは角持ちと翼持ちを迫害して、仲裁に入ったレモナを殺した。聖櫃を巡る争いが始まったのはそれからだ」

 争いの中で出来上がっていった歴史を語り、リリトは首を振りながらため息をつく。聞き終えたシウムは息を呑み、エアは悔しそうに拳を固めた。

 「昔みたいに手を取り合って、っていうのは、もうできねえかもしれねえな……って、あんまり言うとシウムが可哀想だな。ざっくり理想を語ったつもりだけど、きっとどっかに糸口があるのかもしれないぜ」

 そう言うと、ようやく螺旋階段の出口が見える。リリトは二人を追い越してさっさと降り、扉に手をかざして開いた。その後を追って扉をくぐると、王城の謁見の間のような場所に出、小さな橋の向こうの玉座には角が生えた女性が1人座っていた。


 玉座に座した女性が顔を上げ、こちらを凝視する。視線を動かし、リリトの姿を見ると、驚いたように玉座から立ち上がって橋を渡ってきた。

 「リリト様、どうしたのですか。彼女たちは一体――」

 「白翼を賜った予言の子、だとよ。ルシフィムが選定しやがった」

 リリトは一歩、二歩と下がりながら、シウムの背をトンと押す。

 「こいつが例の王女様だ。あとは任せた」

 シウムはおどおどしながら、王女の前で慌ててぺこりとお辞儀をした。

 「え、ええと。私、シウムって言います。私達は霊峰の里からやってきて、ルシフィム様の命を受けて、その、あなたにご挨拶を、と思って……」

 意図が読めずに首を傾げる王女を見て、シウムは更に頭を下げた。見かねたエアが割り込んでフォローに入る。

 「角の民の王女様、私は翼の民の王宮予言士で、エアと申します。どうか、我が家に代々伝わる予言詩をお読みください」

 エアはルシフィムから返してもらった巻物を王女に渡し、シウムの肩をポンポンと叩く。

 「えっと……その……」

 「……それで、ルシフィム様は何と……」

 王女が口を開くと、シウムは驚いて王女の顔を見た。ごくりと唾を飲み、真剣な顔をしてシウムは言葉を紡ぐ。


 「――私と一緒に、世界を救ってください。あなたの力が必要なんです」


 王女は唖然としてシウムを見、それからリリトへ視線を向けた。当のリリトは腕を組みながら王女をじっと見ていたため、王女はそれから視線を落とした。

 「……どういう、意味なんだ。世界を救え、というのは……」

 「私にもわかりません。この世界の人々が再び手を取り合えるように、この戦争を終わらせるように、とリリト様は言ってました。だから私はそこを目指したい。そのためには、私とエアだけでは力が足りないんです」

 途方もなく、具体性もないその願いを聞き、王女は再びシウムの目を見た。空のように青く美しい瞳はまっすぐと、王女の赤く赤熱した瞳を捉えていた。

 「『世界を救え』。あいつは何を思ったのか、そうこいつの魂に刻んだ。今までオレ様やお前さんが王を選ぶために儀式的にやってたモノと違う、本物の〝選定〟だ。当然だがオレ様にもルシフィムにも方針は無いし、この戦争を~、ってのもオレ様が適当言っただけだ。ま、実現できるのが一番良いんだけどよ」

 「……今を生きている人々が、かつてのように再び手を取り合う。そのためにまず、あなたの手を取りたい。わからないなりに私が考えた一歩です。どうか、よろしくお願いします!あなたの力を貸してください!」

 シウムは再び頭を下げ、右手を王女に差し出した。王女は困惑しながら、少しだけ迷い、シウムの手を下ろすように右手を運んだ。

 「え……」

 「……すまない。貴女あなたの力になりたいところだが、我々も問題を抱えていて……外のことまで手が回せないんだ。リリト様もそれはおわかりでしょう」

 言うと、リリトは翼の民二人の肩をぽんと叩き、言い返した。

 「だったらこいつらに解決を手伝ってもらえばいいだろ。世界救うんだからそれくらいできるもんなー?」

 「はぇっ!?は……は、はい!!が、頑張りましゅ」

 「ええ~……まあ……できることなら我々もお手伝いはしますけど……」

 けらけらと笑うリリトを見て、王女は呆れたようにため息をついた。

 「……全く。人使いが荒くて本当にすまないな。シウムと言ったか、本当に我々の問題解決を手伝ってくれるのか?」

 「は、はい。角の民のみなさんが、私達翼の民と手を取る切っ掛けになってくれるなら、私は喜んで手を貸します。――も、もちろん、リリト様に言われたからとか、そういうことじゃないですよ!」

 シウムが言うと、リリトはうっかりと言わんばかりの顔で肩から手を外し、そっぽを向く。必死に言葉を紡ぐシウムの顔を見て、王女は笑いながら頷いた。

 「……はは、わかった。ならばその手腕、しかと見せてもらおう。私はミサ。どうかよろしく」

 王女――ミサはシウムに一礼し、謁見の間を出るように二人に手招きした。

 「――まずは王城を出て、一緒に街の様子を一周りしよう。街に何が起きているのか、その目で確かめてくれるだろうか」

 シウムとエアは頷き、ミサに続いて王城を後にした。振り向くと、後ろではリリトが暢気に手を振って見送っていた。


     * * *


 街に繰り出すと、そこかしこから鉄を打つ硬い金属音が聞こえたが、歩いている民は皆浮かない表情をしていた。それでも民はミサの方を見るとしっかり会釈をし、挨拶として言葉も投げかける。王女であるミサへの信頼は厚いようだった。

 「こんにちは、王女様。女王様の具合はどうなんだい」

 「報告だと依然と変わらないみたいだ。お父様が早く帰ってきてくれると良いのだが」

 エアはその会話を聞き、ふとミサに質問した。

 「……ご病気なんですか?」

 「……ああ。元々体が弱く、地底の生活環境では療養できないと言って、今は地上で治療をしている。お父様は聖都の外に出て薬の材料を探しているんだが……もう帰ってこなくて一ヶ月になる。地上の兵士には都市の防衛を任せているし、お付きを付けようにも一人で行くと言って聞かなかったから……状況がわからないんだ」


 まっすぐ歩いていくと、先程窓から見えた四角い物体が見えてきた。しかしその周りには人だかりができている。

 「本当に不作なのか?去年はたくさん採れたじゃないか」

 「そう言ってるだろう。全く、こういうときに限って大陸の人間が侵攻してくるんだ。本当に参っちまうよ」

 「あたしらに岩でも食べてろっていうのか、大陸の人間は」

 ミサが人だかりに近づくと、話していた3人がこちらに気付いて会釈した。

 「今月も駄目か」

 「ああ。王様は帰ってこないし、何とかしておくれよ王女様」

 シウムは首を傾げながら巨大な四角い物体を興味深そうに見る。ミサがそれを見ると、四角い物体に付いたドアを開いてみせた。

 「食料や鉄器を運搬するリフトだ。これを使って私達は地上と地底とで物資のやり取りをしている。最近は、去年の秋頃から何故か地上での畑が不作らしくてな……冬を越して春になっても食料供給は増えない一方なんだ」

 ミサは手招きして二人に乗るように示す。

 「準備がよかったら私達ごと上げてくれるか。翼の民が助力してくれるようで、街を案内しているんだ」

 「翼の民が!?ああ、ルシフィム様は我らを見捨ててはいなかったんだ……!」

 角の民の3人はシウムとエアに近づき、握手を求める。シウムはそれに応じて三人と握手をしていった。

 「白い翼のお嬢ちゃん、遠路はるばるようこそ。今後とも仲良くしておくれよな」

 「あ、あはは……ありがとうございます」


 一通りの挨拶を終え、上へ上げる武器も積まれると、リフトのドアは閉じられ、ガラガラと大きな音を立てて上昇し始めた。

 リフトには窓が一つ付いており、それで現在の高さを確認するようだ。

 「すごい……」

 「我が民の誇る技術の一つだな。火薬にも精通しているから、武器やこういった技術では大陸の人間には負けんよ」

 ミサがそう言うと、同伴していた荷運びの角の民が嬉しそうに笑った。

 積まれた武器を見ると、槍や斧、剣といった携行品だけでなく、巨大な口を開いた砲筒なんかも大量に積まれていた。

 エアはそれを見て、感心するように頷いた。

 「腑抜けた霊峰の民よりも遥かに高い戦いへの意識。感心、感心です」

 「も、もう。エアってば。あの人達は戦いが嫌いなのかもしれないし、あんまり言わないであげて」

 「けれどあなたは彼らに疎まれ、嫌がらせを受けていたと言っていたじゃないですか。全く、陰湿極まりない。自分のことのように恥ずかしい思いです」

 エアとシウムのやり取りを見て、ミサは考える素振りをした。すると突然リフト内が暗くなり、荷運びの角の民が立ち上がってゲートを開ける準備をした。

 「……さあ。もうまもなく地上のようだ。砲台は重いから、武器を下ろすのを手伝ってくれるだろうか」

 ガラガラという音と共に、リフト内に地底と比べて明るい光が差し込む。いよいよリフトがゆっくりと止まると、荷運びが紐を引っ張ってゲートを開く。シウム達は砲台を後ろから押しながら、ゆっくりとリフトの外に出るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る