第3話 ムカデ悪魔・デッドリバー

 

 百鬼夜行の瘴気で化け物になった人間達が、俺を唯一の餌として向かってくる。


 廊下で立ち話をしていた男子が、まず襲ってくるのだ。

 こいつにも何度も殺された。

 確か柔道部のエースで、羽交い締めにされて何度も喰われた。


「ひゅっ!」


 息を吸い込むと同時に俺は、首を跳ね落とす。

 そして不意打ちのように、教室の壁を突き破って現れる鬼。

 崩れる壁を蹴り上げ、右斜めから斬り伏せた。


 十五メートル走れば、窓ガラスから怪鳥が突っ込んでくる。

 これは窓に食い込んだところで、目ごと脳みそを貫く。


さいぃ~いい感じだぞ。今日こそ悲願達成だ、俺の」


「もちろんだ、今日こそ――! 俺の!」


 俺は階段を飛び降り、群がるゾンビのようになった級友を踏みつけながら斬りながら走る。


「――今日こそ、終わらせる!!」


「泣き虫坊やが、ここまでなるとはな」


「うるせぇぞ!」


 最初、何が起きたか、なんて俺には全くわからなかった。

 目の前で奈津美が、異形になって死んだ。


 俺はパニックになって泣き喚いたが、自分の身体も異形に変化し始めた。


 その時、俺の中の血が目覚めた。


 俺は前世で、いつの時代かの聖女だったらしい。


 でも闇落ち聖女という。

 穢れてしまった聖女だという。


 極限状態で俺は、その受け継いだ闇落ち聖女の血が目覚めたのだ。


 その時に、この悪魔ウィンキサンダが現れた。

 俺をこのループ地獄に導いたのはこいつだ。


 俺が死ぬ度に、あの奈津美からチョコを貰う放課後に戻る。


『ヨロコビを殺せば、あの奈津美という女は助かる。手助けしてやろう。そしてヨロコビを討ったらお前の魂をくれよ』


 闇落ち聖女の魂は、悪魔にとって極上の最も欲しいアイテムなのだという。


 そして『ヨロコビ』というのは百鬼夜行を巻き起こした元凶の悪魔。

 最悪の悪魔『ヨロコビ』。

 

 ヨロコビは同族も殺す、悪魔にも脅威な存在だという。

 ウィンキサンダはこのヨロコビを討ちたいらしい。

 

 闇落ち聖女の魂と、ヨロコビの消滅。

 こいつは共倒れを狙うハイエナというわけだ。

 

 それから俺は自分の肉が奈津美の異形変化も止められる事も教えてもらい、何度も死んではループを繰り返し、攻略を続けている。


 でも俺はまだヨロコビを見た事がない。

 その前の、言わば中ボスで何度も失敗し、殺されている。


 だが今日は、今日こそは……!


 加速、加速だ!!


 流れるように、俺は雑魚を撃ち落としていく。


 みんな元は人間だ。

 半分、人間のままの奴もいる。

 何度も泣きながら斬ってきた。

 生徒も先生も、みんな化け物になってしまった。

 奈津美に『やらしい目で見てる!』と指摘された保健室の加奈子先生も変わり果てた姿で俺に噛みつこうとする。


 加奈子先生、今日でもう終わらせるよ!!


 先生の首が、ゴロリ落ちた――。


 ◇◇◇


 俺はそのまま体育館へ向かった。

 体育館にいた生徒を腹一杯食べた、大百足の大妖怪。

 悪魔の世界では、デッドリバーと呼ばれているようだ。


 小さい百足すら不気味なのに、体育館を埋め尽くす恐ろしい異形の大百足。


 こいつを先に始末しなければヨロコビに着く前に子百足の群れに襲われ死ぬ。

 思い返しもしたくない、無残な死に様。


 少しの緊張を追い払い、俺は剣を構え直す。


 この剣は聖女が持つ事ができる聖剣だ。

 なぜウィンキサンダが持っているのかは知らない。


 ただチカラになればいい!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 唱えていた詠唱を一気に開放し、俺の周りに、敵を弾けさすバリアのような力が渦巻く。


 ウィンは体育館の天井にぶら下がって、見物客気分だ。


 まだ口内には甘いチョコの味が残っている。

 それが俺を、なんとか人間として留めていてくれる気がした。


 触れた子百足は爆弾のように、破裂し連鎖して巻き込んでいく。


 こいつはここで来る。

 こいつは、あそこから噛み付く。


 翻し詠唱し、刺し殺す。


 こういった技も術も何度も死にながら、思い出し計画を練ってきたんだ。


 毒になる子百足の体液も蹴散らし、俺は大百足に突っ込んでいく!!


 大百足が身体をくねらせる度に、体育館は崩壊していった。

 その揺れに合わせ、剣を振るう。


 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 大百足デッドリバーの咆哮。


 死んでいけ――!!!


 死ね!!


 クソ野郎が!!  


 死ね!!


「お前ら皆、滅びろぉおおおおおおおおおおおお!!!」


 聖女だったとは思えない明確な殺意だ。


 前回の死の直前に思い出した聖剣技――。


 尻尾から頭まで、聖剣を貫き上げた!!

 デッドリバーの足の攻撃に俺も血を吐く。


 だが、いけた!!

 体育館の天井が吹っ飛んで大百足も弾けた。


 弾けた!!


 死んだ!!


 デッドリバーを殺した!!


「うぉおおおおおおおおおおおおお!! やったぞぉおおおおお!!」

 

「やったなぁ! 祭!」


 まるで、バスケットゴールにボールが入ったような軽い声だ。

 そのままデットリバーの骸と一緒に吹っ飛ぶ俺を、ウィンは片手でキャッチする。


「……きたぞ、ウィンキサンダ……ここまで……」


 俺はウィンと空を飛びながら消滅していくデッドリバーを見て、ただ満足感しかなかった。


「あぁ、よくやった……祭いぃい……」


 軽声が、少し重くなる。

 夜の校舎を空から眺めた。

 初めて、ここまでこれた。


 教室まで、廊下まで、校舎まで、それも繰り返した。

 だが、こんな事は達成ではないのだ。

 大百足など、ただの雑魚なのだ。




 グラウンドに……


 真っ黒な黒がある。


 夜の闇より、もっと黒い……。


 絶望が……。


「あれが……ヨロコビ……」



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