第4話 最悪の悪魔・ヨロコビ

 

 ヨロコビは時空を超える存在。


 百鬼夜行が起きてしまった後でも、討つ事ができれば二月十四日の夕方に起きた出来事も消える。

 あいつを滅ぼせば、奈津美を助けられる。


 しかし、俺の殺意は……ヨロコビを見て縮んでしまった。


 グラウンドに咲く、真っ黒な花のような……絶望が。

 声も出ないほど、恐ろしく感じた。


 校舎から這い出たような、妖怪や変化した人間は魅了されたようにヨロコビの元へ歩いていく。


 真っ黒なブラックホールの中心が、にっこり微笑んだように見えた。


 そしてヨロコビは一気に全てをたいらげる。

 笑顔が消えて、ただ殺戮が残った。

 俺はウィンの腕を掴んでしまう。怯える子供のように。

 いや、確かに俺は、怯えたのだ。


「祭……!!」


 ウィンの声にハッとなる。


「しっかりしろ」


「……あ、あんなのと、どうやって戦う……」


 臭い夜風が、俺の頬を撫でた。


「……飛び込むぞ」


「……飛び込む!?」


「やつの中枢に入り込まなければダメだ」


「見てただろう!? 飲まれた奴ら全部消滅しているぞ……!!」


「……俺に任せろ。俺がお前の肉体が滅びぬように援護する」


 無表情な不気味な、ウィンキサンダの顔でも緊張が走ったのがわかった。


「俺へのダメージは凄まじいものになるだろう……悪魔の俺がもし死ねば……」


「……ループはできない……」


「そうだ」


 ループができない……。

 八百十回ループしてきた。

 現実での時間経過なら、一年二年繰り返してきたのだろうか。


 この凄惨な時間を――。


「やるぞ、ウィン」


 さっきまで怯えていた心を、今までのループの経緯が俺を奮い立たせる。


 此処で、此処で、怯えてどうする!

 ループできない事に恐れて、先を見なくてどうする!


 残ったチョコの味が、滲み出た血の味で消えていく。


「さすがは、闇堕ち聖女様」


 不気味な相方がニヤッと笑った。

 時間がない。

 ヨロコビは移動する。

 時空に去るまで、まだ動き回る。

 まだまだ被害は拡大するだろう。


「行け、ウィンキサンダ」


 静かに言った。

 俺の命令にウィンは何も反論せず、ヒューと息を吸ったような音が聞こえた。

 俺の身体は無重力のように浮き、一直線にヨロコビへ向かった。


「うぉ!」


 ヨロコビの体内に入った衝撃は、意外にもプールに飛び込んだかのような衝撃だった。


 ドパァン!!といつか、イタズラで飛び込んだ夏の思い出が耳の端で弾けた。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ウィンの苦痛の叫びが聞こえる。

 暗闇の中でも身体に強い衝撃が走って、掴まれているウィンの腕が散っていくのが見える。


「ウィンキサンダ!!」


「抜け出るぞ!! 戦闘の用意をしろ!!」


 周りにも散り散りの妖怪や、人間だったものが消化されるように滅んでいくのを感じた。

 それを越え……

 それを越え……、


 空間に出た。


 空間、何もない――。


 ドサリ……と俺達は白い床に倒れ込む。


 生まれ落ちたように……。


 黒から、白の世界。


 ……此処を知っている……。


 そんな気がした。


「ウィンキサンダ!」


 丸焦げのコウモリのような姿になったウィンが転がっていた。


「……あれが……ヨロコビだ……」


 影もない……空間。

 立ってはいるが、まるで浮かんでいる感覚にもなる。


 その先に、いる……人の形をした……存在。


 もじゃもじゃの長い、束ごとに固まった黒髪は足元まで伸びて顔は見えない。

 小学校高学年くらいで、筋肉もない白い肌。

 棒立ちで、下を向いている。

 いじめられて干されているようにも、落ち込んでいるようにも見える。


 こんな状況ではなかったら『大丈夫かい』と声をかけていただろう。


「…………」


 息を飲む。


 聖剣を俺は構える。


 異質過ぎるその存在。


 動かない。


 誰も。


 俺も


 ウィンキサンダも


 ヨロコビも

 

 じっと……立ったままのヨロコビを見つめ何時間も経ったような気さえしてくる。


 何をしているのか

 気が遠くなる……。


 俺の額から、汗が垂れた。

 ジャの気配。


 ゆっくりと……ヨロコビが顔をこちらに動かしてくる……。


 心臓はこんなにも、不快に動くのか……??


 ドクン


 ドクン


 ヨロコビの顔の動きに合わせているかのように、心臓が音を立てる。


 見てはいけない――。


 見ては、いけない――。


 ぐるり。


 変な角度に曲がったまま、ヨロコビはこちらを向いた。


 固まっているような髪が、ばさるると顔を避け散らばった。


「……うっ」


 声が出てしまった。


 ヨロコビの顔はグラウンドにあった真っ黒の中のスマイルのように、ぐしゃぐるりとなった阿鼻叫喚の笑顔であった。


「……来るぞ!!」


 その声の半分の半分の時間でヨロコビはまっすぐに俺に、咆哮から棘を噴出させた!!



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