初雪おくり

山田あとり

白く、白く


 竹で編んだ背負い籠にぎっちりと炭を詰め、俺は麓の村に下りた。


 もう、すぐに冬だ。きっといつもよりたくさん買ってもらえる。

 だから父さんも、この稼ぎ時に一所懸命炭を焼く。俺はせっせと売りに行く。弟、妹たちは、たきぎを拾う。


 村のみんなは少しずつ、うちの炭を買い貯めて冬を越す。

 台所のまきだけじゃあどうにもならない。しんしんと冷えるここいらじゃあ、家の中に火鉢が欲しい。カンカンにおこした炭でなきゃ暖が取れない。


 思った通り、村の中を歩くそばから炭は売れた。

 俺の背はどんどん軽くなる。手も袖も何も黒くなるが、かまわない。


 もう売り切ったとなった時、一軒の戸から出てきた娘に、俺は驚いた。

 初子。

 俺と同い年のその娘は、製糸工場に働きに出て行ったはずだった。

 帰ってきてたのか。


 俺を見て、ペコリと頭を下げた初子のことを、俺は無言で見送った。


「初子はなあ、嫁にいくために戻ったんさ」


 最後の炭を買い占めた爺さんが教えてくれた。別に訊いちゃあないんだが。


「工場の偉いさんの息子に見初められたとかなんとか。玉の輿だよ。さすが村一番の別嬪だ」

「もう冬だ。春までここにいるのか」

「んなわけねえ。もうすぐに嫁ぐのさ。おっ母の具合が、かんばしくないからな」

「おばさんはどうしたんだ」

「肺病病みさ。こないだ血ぃ吐いたって騒いでた。長くないかもなあ」


 その前に嫁入り姿を見せてやりたいってことなのか。そりゃなんとも切ない話だ。


 まあ俺には関係ない。

 真っ黒になって炭を焼いて売って、山の中で暮らしてる俺。

 工場にいるからか、村にいた時より色白で抜けるように綺麗になった初子。

 最初っから最後まで、何の関係もないんだ。



 それからも俺はちょくちょく炭売りに行く。冷え込みはどんどん厳しくなる。

 もう冬だ。寒いなあ。

 吐く息はすっかり白くなった。俺の手も顔も、相変わらす炭で黒く汚れているんだが。



 そして初子の嫁入りの日。村に下りる俺の顔には、雪風が吹きつけた。

 こりゃあ、降ってくるな。せっかくの門出だってのに。

 そう思ったが、俺には関係ないんだった。俺は今日も炭を売るだけだ。


 村はなんとなし浮かれていた。

 そりゃあそうか、玉の輿の嫁入りだ。ここで宴を開くでもないが、花嫁が出立するのを見送るんだ。

 小さい子らがわけもなく駆け回る。その上に、今年初めての雪が舞い始めた。


 俺はやっぱり炭を売る。雪の底冷えには炭が欠かせない。

 降れ降れ。降って村も山も白くなれ。俺も。


 わっと村のみんなが沸いた。紋付き袴の迎えの奴らの前に、初子が出てきた。俺は遠くから眺めていた。


 白無垢の初子は真っ白で、唇の紅だけが赤い。

 角隠しに雪が降りかかる。もうすべてが白くて白くて、初子は雪にとけるようだった。


 皆がほうっと見守った。

 初子のおっ母がよろよろ出てきて初子に何か言っている。着物の裾を摘まんで立つ初子も何か答えてる。だけどなんにも聞こえない。


 雪が。雪が降りしきる。

 雪が降るとなんで音はなくなっちまうんだ。


 たぶんあれは、初子とおっ母の今生の別れだ。おばさんはもうこの冬を越せないだろう。いくら炭で暖まっても。


 初子もそれがわかってる。嫁にいくのは嬉しいことのはずなのに、初子の頬は遠目にもわかるほど濡れていた。


 旦那になる奴は、いったい何をしてやがる。嫁を泣かせて。死にゆく親から娘を奪って。看取らせてから、嫁にすりゃあいいんじゃないか。


 だがそうだ。俺が憤ったってしょうがないんだ。俺の怒りも何もかも、雪が降りこめて消していく。


 初子は深く頭を垂れて、産んで育てた親に別れを告げた。


 最後に言った初子の礼も、最期に言った親の祝いも、すべて雪がかき消していく。

 初子の泣き声もかき消していく。


 雪が。雪が降りしきる。






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初雪おくり 山田あとり @yamadatori

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