20.聖夜の復讐計画

 ゲームセンターからダッシュで逃げ出した俺らは、アウトレットの正面入り口で走りを止めた。


「はあっ……はあっ……。ちょっと沙那、走るの速すぎるって……」

「なんのピロシキっ!! こんなのでバテてはいけませ~んっ!」


 元気すぎて惣菜郷土料理パンの名前が出てきてるじゃねーか……。俺はバテバテなのに、胸を張って元気すぎるって……。


「ホントに無邪気だなぁ……俺より体力あるじゃん」

「みっちーがヘボヘボなんじゃない? もっと運動とかしなよ?」


 ぐぬ。正論すぎてなにも言えませんわ。


「櫂斗くんもここまでは追ってこないよねっ!」

「ていうかあの後ろに回り込んでこっそりおちょくるのは攻めすぎてたぞ。見ててヒヤヒヤしたわ」

「でもでもでもっ! 見てて楽しかったでしょ⁈」

「まあね」


 ニヤっとしながら言う。かなり怖くはあったが、正直いい気味だった。気づかない桐龍の愚鈍さも含めて。


「沙那のふざけた顔が最高だったなぁ……。桐龍はなんにも気づいてないのに」

「えい! ってパンチしたり、『ぼけい!』って言ってあげようかと思ったけど……それはさすがにさすがにだよね?」

「ははは! 表現がいちいち幼くて面白いな」


 しゅっしゅっ、とスパーリングをする沙那。ほぼ招き猫の所作だ。実際に危害を及ぼしたらいくらなんでもこっちが形勢的に不利になる。


「ま、バレたり本格的に怒らせても厄介事が増えるだけだしな」

「うんっ」

「適度に泳がせつつ、俺らが楽しめる範囲内でボチボチ反撃していきましょうや……こんな機会もめったにないだろうし」

「りょうかいです、あねきっ!!!!」


 ……兄貴でいいだろ。なんで即席性転換手術させたんだよ。


「人にいたずらをしちゃいけないって、ままやぱぱに教わってきたけど……今回だけはゆずれないよね」

「……俺から止めはしないよ。沙那が望む限り」

「…………やる。もうゆるさない」


 沙那が静かに言う。立ち振る舞いや言葉選びの無邪気さでごまかされそうになるが、沙那は立派な被害者だ。そして、今となっては桐龍に復讐を誓うファイターだ。

 目の奥がギラギラと燃えているように見える。


「…………で、何をしたらスッキリするかなぁ~?」

「そこは俺頼みかいっ!!!!!」


 ま、沙那に野蛮なことは思いつかないんだろう。平和主義で温厚な子だから。


「んー、さっきも言ってたけど直接的にダメージを与えるのは良くないよな」

「まあね~。私たちが悪者さんみたいになっちゃうし!」

「下手をしたら警察沙汰とかになってもおかしくない。そんな危険なことはしたくない」


 沙那が復讐を望むように、俺も桐龍に対しては相当腹立たしい気持ちがある。当事者ほどとは言わないが、十何年も関わってきた幼なじみは家族ぐらいには大事。

 他人事とは思えない。


 ……となると。


「やっぱり、裏で色々と動いて桐龍のダマされてる様子を陰からケラケラ笑ってるのが一番楽しいんじゃない?」

「ぷぷぷっ……! しょーじき、さっきもちょーぜつ楽しかったもんね!」

「あぁ、めっちゃ楽しかった」


 苦笑しながら言うと、沙那が「おそろー♪」と身体を揺らした。


「笑ってるだけだと、『復讐』ってより『陰笑い』って感じだね~」

「なんかすんげぇ陰湿なニュアンスがあるな……」

「直接なにかをするわけじゃないんだから平和でしょ~!」


 その沙那の無邪気な顔を見て、俺の心が再び褐色の炎をあげた。

『笑ってるだけ』で沙那は満足できるのかと。


「もっと派手なこと、やっちゃう?」

「ふぇ? 派手なこと?」


 沙那がきょとんと首を傾げた。


「そう。さっきみたく間抜けなことを笑ってるのも楽しいけど……それはテレビのお笑い芸人でやればいい。もっとこう、刺激的でスッキリする一撃をお見舞いしてやりたいと俺は思ってる」

「たっ、確かにそんなことができたらさいっこーだけど……」


 何をするのか掴めない感じだな。でも俺の中にはしっかり構想がある。ドロドロとした怨念から生まれた産物が。


「桐龍は沙那に二股をかける以上、まだ少なからず好きって気持ちがあることだよな?」

「そうだね。嫌いになったら無視して、あの女の人とだけ付き合えばいいんだし」

「だったら……沙那がとんでもなく残酷に桐龍を振ってやればいい」


 ニヒルに笑うと、沙那が「ざんこくだぁ~……」と小さく呟いた。


「沙那に振られて、あいつはとうとう自分に痛い想いがふりかかるんだ。それをもってお別れにするのはどうだ?」

「い、いいかも……」


 遠慮なしになった沙那は怖い。まるで子どもが包丁を持っているような、何をしでかすかわからないヒヤヒヤ感がある。


「別れるときには落差があればあるほどいい。桐龍がなるべく沙那のことを好きで好きでたまらなくして、盛大に振ってやる。天国から地獄に急転直下さ」

「で、でもでも先生っ!!!!」


 いつから俺は先生になったんだよ。


「私がいなくなっても、櫂斗くんにはあの人がいるからそんなに辛くないんじゃ……」


 保険がきいてるってことだもんな。だが俺にはそれも織り込み済み。そこも含めて――桐龍のすべてを奪う。


「沙那。二股をされて良い気をする人なんていると思うか?」

「そんなのいるわけないよぅ! 人の心をからかうのは、一番やっちゃいけないことっ!」

「だよな。ということは……あの女の人に二股をされてる事実を突きつけたらどうなるんだろう?」

「ぶ、ぶちぎれ確定演出……っ!」


 そう。沙那と同時に、あの女も桐龍櫂斗から離してやればいい。


「決行時期的には、そうだな……二週間後のクリスマスなんて最高だよな」

「みんなが、大好きな人と過ごしたいとき……!」

「桐龍がどっちの女の子を本命にして一緒に過ごすかまではわかんないけど、とにかく聖夜に桐龍は二人の好きな人から見放されるというわけ。沙那には今までの行いを全部とがめられ、あの女は二股をした件で責められ続ける」


 ……二人の子から精神をぼろっぼろに痛めつけられ、決別される。完膚なきまでに叩きのめす。もう、二度と自分勝手な恋なんてできないように。


 我ながら完璧な計画だ。一番人肌の恋しくなるときに、誰よりもさみしいクリスマスを過ごさせてやる。あんなやつ、寒い中一人で凍えていればいい。


「乗ったよみっちー」


 沙那が静かに言って、コクンと頷く。


「よっしゃ。今年のクリスマスには血の雪がふるぜ~?」

「なにそれ、なんかちゅうにびょうっぽいんだけどっ!」


 ごっほん。図星。男は調子がいいとき、知らず知らずに中二病の部分がむき出しになるんだ。普段は成長して、それを隠す術を覚えるだけでなくなるわけじゃないんだぞ。


「……俺ら、なんか性格悪くなっちゃったな」

「みっちーは元からじゃない? 私にはずうっとやさしいけど、基本ひねくれてるじゃん?」

「うわ、そんなこと言うんだ。付き合ってからなんかワガママが加速したお姫様気質の人が」

「おひめさまっ! わたし、おひめさまっ⁈」


 ……軽く罵倒したつもりだったのに、沙那は文字面だけに反応して気分を良くしてしまった。無敵じゃん。この鋼鉄のガードはひろ●きも土下座して降参するって。


「るんるんるーんっ! おっひめっさま~♪」


 その場でくるりと回って、ロングコートの裾がぼわっとたくし上げられる。スカートだったら完全放送事故レベル。


「機嫌がよくてなによりです」


 俺がテキトーに言うと、沙那がスッと華奢な腕を伸ばしてきた。


「私がお姫様なら、みっちーは王子様だね?」

「え」

「ほうらっ! 早く私の手をとってよ、王子様っ!!!」

「あ、え、あぁ……」


 こんなの、いつもの沙那の無邪気なじゃれあいにすぎない。そうだとわかっているはずなのに……、沙那の言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が毛羽立ったような、不思議な違和感があった。


(王子様……?)


「くるくるくる~~~~っと!」


 手を握りながら、俺を回転軸に何周も回る沙那。俺の動揺なんて知ったこっちゃない。


「ねえねえ! せっかくだし、お写真撮ろうよっ! 櫂斗くんと撮ったのと同じ場所でっ!」

「あ、あの噴水の前な」

「そーそー! よく覚えてくれてたねっ!」


 手を引っ張られ、例の写真の撮影スポットへ。今日の朝に見せてもらった、死んだ目の沙那とウキウキのブランド用品を引っさげた桐龍が映った写真と同じ場所。

 最後にここで撮影して、思い出を完全に塗り替えようということだろう。


「なんか距離感あるんだけど⁈ 私、嫌われちゃったっ⁈ 泣く!!!!」

「ち、ちがっ……」


 ボーっとしていて、沙那との間に3人分ぐらいの距離を開けていた。関係が悪い国の首脳同士でももっと近づいて撮るっていうのに。


「はいはい、もっとぎゅう~って! ぎゅう~って近づいてよっ!」

「……っ」


 沙那が強引に肩を組んでくる。そして、俺の肩の上でピースをしながら、


「いぇいっ! 初恋とバイバイした記念にっ!!」


 パシャっと内向きカメラのボタンを押した。


 それと同時だった。違和感の正体に気がついたのは。


「あ……っ」

「? どしたのみっちー! 中に忘れ物でもしたぁ?」

「い、いや俺が深く考えすぎてるだけだよな。絶対そうだ……」

「はにゃあ……?」


 ――櫂斗くんは、みんなが憧れるようなキラキラした王子様っ!


『王子様』という表現は、沙那が桐龍櫂斗にベタ惚れでメロメロだったときの彼を形容していた、最大レベルの褒め言葉だった。


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