21.みっちーだから

 とある寒い日、俺たちは家の近くのファミレスで晩ご飯を食べていた。

 外で一緒にご飯を食べることって案外なかったから新鮮だ。高校生になったからできることもこうして増えていくんだろう。


「ねぇみっちー、ウチの文化祭きてほしいんだけどっ! おねがいっ!!」


 ハンバーグをもぐもぐしながら沙那が訊いてきた。沙那の通う櫻木さくらぎ学院は12月の中旬に文化祭を行うのが恒例。年末のご褒美行事的な位置づけらしい。


「文化祭、かぁ」

「みっちーのとこはもう終わってるもんね?」

「うん。9月ぐらいにやっちゃった」

「そっか~、早いね! 出し物は何をしたのっ⁈」


 少し前のめりに、興味ありげな沙那。俺タイプが文化祭でそんなに素晴らしすぎる思い出をつくれたわけがなかろう。やったことを、事実として喋るとしよう。


「ご飯系のお店は競争率が高くて2年生からしかできないから……俺のクラスは輪投げをやったよ」

「いいね、めっちゃ楽しそう~! 行けばよかったな~」

「俺らがこんなに頻繁に遊びだしたのもここ最近だしな。そのときは誘うとかいう頭がなかった」


 でも、せっかくなら沙那の文化祭には行ってみたい。なにせ……学校で沙那がどんな感じなのか気になる。


「で、どう? 来てくれる?」

「行きたいのは行きたい。でも……」

「でも?」


 ここで大きな問題が一つ。それは……?


「い、一緒に行けそうな友達なんて、いないんだけど……」


 櫻木さくらぎ学院の知り合いは沙那ぐらいだし、俺の数少ない友達を頭に浮かべても興味がありそうな人はいない。友達がいないとは言ってないぞ、今回マッチしそうな友達がたまたまいないってだけだからな⁈


「まあそっかー、みっちーはぼっちさんだもんね~」

「おい沙那」


 四捨五入したらぼっちだから、なんとも言えない。


「ふっふっふ~、そんなことだろうと思いましてっ!」

「そんなことだろうと、思うな」

「私がついてってあげるじゃ~ん! 一緒に屋台で遊んだりご飯食べたりしよ?」


 た、頼もしい……。小学生のころ、沙那とはよく地元の祭りに行ってったっけ。その記憶も思い出しちゃうな。


「でも……いいの? 沙那も予定とかあるんじゃないの? ほら、高校の友達と遊んだり」


 桐龍とあんな感じになったばかりなので、当然男の友達との予定はないだろうが。

 沙那は別に内向的じゃない。普通に女友達と遊ぶ予定ぐらいはありそう。


「みっちーには私しかいないんでしょ?」

「は」

「私のお友達は他にもお友達がいるけど、みっちーには私しかアテがない。っていうことはさ! 私がみっちーと一緒に回ったらみんながハッピーじゃない⁈」


 ……わかったような、わからないような……。ともかくソロプレイヤーが生まれるのは阻止しようとしてくれてるってことか。


「……そっか。でもそこまでして俺を呼ぼうとしてくれるのは嬉しいな」


 言うと、沙那は「ううん!」とわざとらしく咳払い。なんだ、純粋に来て欲しいだけじゃなさそうだな?


「も、もちろんみっちーとは一緒に回って思い出とかもつくりたいんだけどさっ!」


 何か他にも隠してるな。いいじゃないか聞いてやるぜ。

 すると沙那はとあるライン画面を見せつけてくる。


『(桐龍)さぁちゃん。文化祭の日、久々にデートしよう? 改めて直接謝りたいし。さぁちゃんにしっかり向き合いたい』


「……この日、櫂斗くんにも一緒に回ろうってお誘いされてるんだよぅ……」


 すっごい神経だな。二股をかけておいて、延々と嘘を吐き続けられる感覚。


「なるほどな。それでちょっと『陰笑い』に使えないかって考えたわけだ」

「ど、どうだろう……何かできないかな?」

「できる。絶対上手く使える」


 沙那ももう桐龍をバカにしたくて仕方ないらしい。俺らの聖夜の計画はとっくに動き出してるというわけ。


「…………見てよ、私と櫂斗くんのデート」

「…………へ」


 沙那が突飛もないことを言いだすから、俺は思わず変なことを言ってしまった。


「今回は謝りたいとか言ってきてるけどさぁ、こんなの絶対口だけだよ。私もう知ってる」


 ……もはや呆れてるんだな。


「きっと櫂斗くんはデートの途中で気持ち悪いこととか、私を大切にしないことをしてくるから……みっちーはそれを見て陰でコソコソ笑っててよ!」

「な、なるほど……」

「けっこーな名案じゃない⁈ 別れるまでに、櫂斗くんの私を『好き』って思う気持ちも上げられるかもしれないし!」

「おぬし……なかなかえげつないことを言いますな」

「えっへん! それほどでも!」


 褒めてはないぞ。ただ桐龍をダシにして俺らが裏で笑うのにはこれ以上ない機会だろう。


 そこでふと思う。桐龍にはもはや、沙那とこんなにも仲良くできるきっかけをくれてありがとうって言わなきゃいけないレベルだなと。


「わ~、どっちも楽しみだな! 櫂斗くんをからかえるのも、みっちーが文化祭に来てくれるのもっ!」

「他校の友達に文化祭って、そんなに来てほしいもの? 俺は友達が少ないからわかんないんだけど」


 だって沙那は、自分の友達を差し置いてまで俺に来てほしいと言った。

 自分のホームに外から人を招く感覚は確かに楽しいだろうが……そんなに良いものなのか?


「そっ、それは……」


 沙那の頬が少し赤くなった。どうしたんだよ。


「他校のお友達、だからじゃなくて……、みっちーだから来てほしいっていうか……」

「え。どういうことだよそれ」


 高校に入って初めての文化祭だから、幼なじみの俺を招きたいってことか?


「みっちーに頑張ってお仕事してるところ見てほしいし、お店を回って楽しい思い出もつくりたいしさぁ……」


 組んだ手を机の上でいじいじ。どこか歯切れが悪い。


 そして沙那はそっぽを向きながら少し気恥ずかしそうに、


「……私の今年の文化祭は、みっちーと一緒がいいってことだよぅ……」

「がっ……」


 なんだ今の破壊力。いつもなら「来て来て!」って気兼ねなく言われる分、振り幅で可愛さが爆増してたんですが⁈


 そこで俺に、先日の沙那の発言が去来する。


 ――みっちーは王子様だね?


 いやだから考えすぎだって。ないない! 今さら沙那が俺に女の子としてデレ始めるだなんてこと!


「は、働いてる沙那は新鮮でいいな。なんのお店をやるんだ?」

「そーれーはー!」


 迷いを振り払うように聞くと、沙那も動揺から解き放たれて唇に細い人差し指を当てる。


「当日のおったのしみでーす♡」

「ちぇっ、まあ楽しみにしてるよ」

「うん、みっちーには特別にい~っぱいサービスしたげるからねっ!」


 ホントになんの店か気になってきた。

 ともかく、沙那の文化祭は色んな意味で楽しみだ。

 今からそわそわして体が動く。とりあえずコップの水を飲み干した。

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