19.我慢の限界
ウソにウソを塗り重ねる桐龍のラインが、どんどん乱射される。
沙那のスマホはぶるぶる震えっぱなしだ。
『(桐龍)俺、さぁちゃんの気持ちを全然考えれてなかった』
『(桐龍)さぁちゃんは大事な初恋を俺にくれたのに、俺は2人の関係を急ぎすぎて……。思い通りにならなかったら、自分勝手なことばっかりしてイヤな思いさせて』
よくわかってんじゃん。自分の沙那に対する業。俯瞰して、さすがに良くないことをしたという自覚はあるようだ。
ただ、そんな言葉を並べても一切意味がない。だって俺らは、お前が本当は反省なんてせずに別の女と二股をしているのを目の前で見ているんだから。
『(桐龍)このあいだ電話もしたじゃん? そのときさぁちゃんは怒ってたけど当たり前だよね』
『(桐龍)それなのに俺は、ちょっとイラっとしてイヤなこと言っちゃって。これも謝らないといけない』
沙那を責めてもいたし、挙句、ワンチャン体を求めるようなことも言ってたぞ。そんな軽い言葉じゃとても足りない。
『(桐龍)ああいう風に強く出たら、気が引けるかな……なんて思ったんだけど俺がバカだったね。不快な思いをさせちゃった」
沙那は新しいメッセージが送られてくるたびニッタニタしながら、
「あははっ! なんか言ってるよぅ、見て見てみっちー!」
と無邪気さの中に強烈な敵対心を滲ませて、それを共有しようとしてくれる。もう沙那にもエンジンがかかった。いくら温厚とはいえ、限界を超えたみたい。
「マジで気持ち悪いな……。そろそろ吐いちゃうかも」
「ちょいちょいちょーいっ!! 私のだいじーなお洋服がみっちーの胃液さんまみれになっちゃうのはイヤだよ⁈」
「うそうそ、さすがにそんなことはしないって!」
「でもそれぐらい気持ち悪いよね、うんうんっ!」
「じゃあ沙那も一緒に吐く?」
「きたなっ! それどういう種類の勧誘なの……?」
珍しく沙那にツッコまれました。駅前とかで色んな野良の勧誘は聞いたことあるが、withゲロ吐き勧誘はこの世で1人もしたことないわな。
「吐くような気持ち悪さじゃないよ~!」
「じゃあどれぐらい?」
「スマホを今すぐ割って、おまわりさんに駆け込んで、3週間寝込みたいぐらい気持ち悪いっ!」
「もっとヒドかった!」
いいか桐龍、お前がメッセージを送るたびにそれをダシにして……俺らはめちゃめちゃバカにしながら仲睦まじく笑ってる。こんな快感はないね。いい気味。
「あははーおかしい! もう笑いが止まらないんだけどっ!」
「滑稽とはこのことだな。マヌケというかなんというか……」
「だねだねっ! みっちーと一緒に笑えるのしあわせ~~~!」
……バックからスマホをのぞく体勢で沙那の肩の上で頭をひっつけて、お揃いの悪魔のような微笑みを浮かべながら。沙那がされてきたことを考えると、こんなの可愛いもんだ。
「文章だけ見てると、自分のしたことをちゃんと悪いと認めて謝ってきてるのになぁ」
「でもでもでも! ぜーーーーーーんぶ笑っちゃうぐらいのウソだもんね?」
「……うん。全部自分が都合よく生きるためのウソ」
桐龍櫂斗、不合格です。おめでとうございまーす。
「こんな、なんの心もこもってない文章なんてどーでもいいでーす。ばーかばーか!」
べぇ、とスマホ画面に向かって沙那が舌を出した。誹りのクオリティが超絶低いのはご愛嬌。俺、前に悪口として小食! とか言われたっけ。それから比べると沙那的にはグレードの高い悪口だ。
「もう完全にご立腹だな」
「あったりまえじゃんっ!!! さすがにこれだけバカにされて許せるほど私もお人よしじゃないよぅ!」
「舐めんなって感じ?」
「そ! なめんなっ!!!!」
くっちゃくっちゃガムを噛む演技。下手さ加減が幼稚園のお遊戯会レベルで愛おしいです。
そして沙那は、憑き物が落ちたようなすっきりした笑顔でこう宣言する。
「もうぜーーーーーーーーーーったいに許さないからっ!!! 私は怒った!!!」
それだけ怒る資格があるよ。今までホントに辛かったもんな。だからこそ、これだけ感情をむき出しにする沙那は俺からしたら痛快だ。いいぞ、もっとやれ!
『(桐龍)もっと大事にしないとなって改めて思わされた。反省します。これから変わった俺をしっかり見ててほしいです」
再び新たなメッセージが来て、俺と沙那は思わず目を見合わせる。
「…………やっば」
沙那がドン引きしながら漏らす。大丈夫、俺も同じ気持ち。
「よくこんなこと言えるね? ホントに口だけじゃんこの人」
「沙那との復活をワンチャン期待しつつ、他の女には手を出す……うん、ゴミだ。救いようがない」
「変わった俺もなにも……ずうっと櫂斗くんのことを後ろで見てるってのに」
沙那は、目をつむって呆れたようにため息。怒りのゲージが現在進行でチャージされるのが目に見えてわかる。
「よいしょっ!」
そしておもむろに立ち上がった。何をするつもりかは見当もつかないが、俺に止める気はない。だってこれは、羽井田沙那にとっての戦いだ。
沙那がどうしたいか、それだけを考えて動けばいい。
「しーっ」
少しだけ静かにしてて、という合図をされる。そして沙那は忍び足で――、
「……っ⁈」
なんと、桐龍と女の背後に立ってみせた!
お互いとクレーンゲームに夢中のアイツらは気づく様子もない。鈍感。
……口パクで『おーーーい』って言いながら手を振られてる。と、とりあえず返しておく。めっちゃ達成感感じてるじゃん。山の頂上か。
「な、なにしてんだよ……!」
そして沙那は無邪気にその背後でブーイングの手をしたり、あっかんべーをしたりとワキワキ動いている。いや子どもみたいで可愛すぎるだろ。一生見てられるわ。バレるのがちょっと怖いが。
「……俺なら殴ってるかもしれないな」
まあこの様子を見てると、復讐がこれしきで終わるはずもなさそう。今はたまたま衝動的に、桐龍をからかってやりたいという怒りに駆られただけだろう。こんなかわいらしい抵抗は、序章に過ぎない。
これから沙那はどんな復讐をするんだ?
どうやって桐龍櫂斗を地獄に叩き落すんだ?
……もはや野次馬根性的な感じで興味がわいてくる。
……とか思っていると、桐龍がなにかを感じ取ったのか、後ろを振り返ってきた!!!!
「どどどどどーいっ!!!!!」
沙那は慌てて顔を両手で隠して見えないようにし、ダッシュでこちらに戻ってくる! マズい! バレた⁈ 悪ガキが近所のおじさんに目をつけられたときばりの大ピンチ!!!!
……けど。
「逃げようっ! みっちーっ!!!!」
「うん、はやくはやくっ!!」
内緒で桐龍を小馬鹿にしていたこの状況が面白すぎて、笑いが止まらない!!!
「だ、誰だよ今のっ!!!!! なんか俺にちょっかいかけてきてたの!!!!」
桐龍の大声が遠巻きに聞こえる。よかった、沙那だとは気づかれてなかった。
「あははは! 見た? あのびっくりしたお顔っ!!!」
「傑作だったな、カメラで永久保存したいぐらい!」
「しなくていいよぅ! あんなお顔、もうできたらあんまり見たくないもんっ!!!!」
俺たちは走った。自然に手を繋ぎながら逃げた。
ゲームセンターから出て。アウトレットの外へ。
腕を引っ張られながら、沙那の小さい背中を見て思う。
……まるで舞踏会から逃げ出す、わがまま姫みたいだなと。
なんか、今日は沙那の背中が少し大きく感じた。
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