10.放置彼氏と仕返し彼女

 なんやかんや言っていたけど……沙那といると楽しい。女の子だからって変な気も遣わないし、俺からすると男友達といるのと変わらない。

 ……最近見せてくる『女の子』としての色気を度外視するとだが。


「ふふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」


 21時。俺のベッドを私物のように占領し、ぐでんと横になる沙那。

 結局洗い物までしてくれたし、文句は一切言えない。ちょっとわがままな一日家政婦体験ってぐらいのノリ。家政婦のサナ。我が強すぎて全然『承知』してくれないな?


(なんか俺と沙那、付き合ってるみたいじゃね……?)


 ベッドのすみっこで縮こまって座りながら、ふと思う。顔が燃えるように熱くなる。

 だって今日一日……定番のおうちデートすぎる!


 それに――、沙那の俺へのグイグイ度が、明らかに上がっている。


 昔を懐かしんで楽しみたい。俺とは気兼ねなくいられる仲だし、なんならからかって遊びたい。そもそも彼氏が冷たいから、俺レベルでも異性の人肌が恋しくなる(?)


 その気持ちはわかるが……ちょっと火力が高すぎやしないかい?

 たった1人との恋で、女の子ってのはそんなに激変するのか? その……こんなに奔放になったりしてしまうのか……?


「あぁ! 考えても仕方ない!」

「ぴょっ⁈ いきなりなんの大声っ⁈」

他意たいはないです」

「…………マグロなら、あるってこと?」


 俺のこと寿司職人だと思ってる? 角刈りでもなければ白い割烹着も着てないよ? 手巻き寿司ならつくれるけど。え、未就学児でもつくれるかごめんね。


 ……うん、おとなしく沙那と仲良くしていよう。俺らの関係に、これ以上もこれ以下もないんだから。


 ――どんな形であれ、沙那が楽しそうにしてくれてたら俺は1番嬉しい。この調子で人生のしんどい時期を乗り越えてくれたらいいな。


 ただ、俺と沙那が無自覚に引いている男女の一線は、沙那の大胆な行動で無残に崩壊することとなる。




 ♢




 それは、そろそろ帰ろうかというタイミングで沙那が「指相撲をしよ~」と言ってきたとき。いきなり指相撲バトルが始まるのもだいぶ変だけど。目が合っただけでバトルをしたがってくるポケ●ントレーナーよりも好戦的だけど。


「……もういいか、沙那? 俺の10勝0敗ってところで」

「う~……まだまだぁ~! もっぱつおねがいしますっス、先輩~っ!」

「同期、めちゃ同期」


 小学校のころ、たま~に指相撲はしたけどそこまでリバイバルさせたくなるもんかね。


「そんなに勝ちたいのかよ……」

「勝ちたい、勝てるまでやるよ私は!」

「もうわざと負けようかな……」

「ダメだよぉ~。本気の勝負でおねがいシンデレラっ! 1万回負けても1万1回目は勝てるかもしれないでしょ?」


 え、地下闘技場出身の世界線のドリカム? 

 そもそも1万回も指相撲させんな。最後のほう、俺の親指から血と肉が寄り切りになるわ。某首相も「痛みに耐えれてないけどよく頑張った、グロかった!!」って言うぜ?


「わかったよ、やるのね」

「よっし、受けてたと~う!」


 俺が挑戦者側なのはマジで一旦無視して、右手どうしを握りあって構え。


「ぐぬぬ……」

「ふひひぃ~……」


 目線の火花がバチバチ散って、レディー……ファイッ!


 やるからには男女関係なく手加減なし、それが俺と沙那の昔からの決まりであり仲良くする秘訣! ……と、沙那の親指を人差し指との間で抑え込もうとしたとき。


 パポパポパポパポパン♪


「え」


 ラインの着信音。沙那の真横のスマホが震える。

 沙那は俺の猛攻を必死に交わしながら、光る画面をちらりと見る。


「か、櫂斗くんからだ……」

「はぁ……?」


 よりによって俺と沙那が一緒にいるタイミングで? 色々と状況がマズくない⁈


「とりあえずいったん指相撲は止めませんかね」

「それはな~し。みっちーそんなこと言ってると私に負けちゃうよぉ~!」


 ……別にいいんだけど。それより早く電話をどうにかだな。

 試合放棄もなんかしゃくだし、自分から止めはしないけどさ。


「……そもそも桐龍とは最近しゃべったり会ったりしてたのか?」

「ううん。みっちーに相談してから……ここ1週間はち~っとも」

「……電話すらも?」

「いえっす!」


 それはちょっと不審すぎないか。向こうは全然沙那と付き合ってると思っているわけで。


「あんまり雑に扱っても後から怖いだろ。逆恨みとかされそうで」

「そう、かなぁ……」


 いくら桐龍に非があるとはいえ、いざ別れるときに自然消滅ってのも後味が悪い。適当な言いわけをつけて、しっかりお別れするほうが無難。


「というか沙那はそもそも別れるの確定なのか? そうでもなかったんじゃないの?」


 俺の脳裏には、沙那が相談してきたあの日の言葉がよみがえっていた。


 ――櫂斗くんは、私が初めて好きになった男の子だもん。


 こうして遊んでいるのは、一旦距離を置くため。理想を言うと、沙那だって改心した桐龍ともう一度復縁したいと思っているはず。まあそうできる可能性は限りなく低いが。


 とはいえ桐龍は簡単に手放したくないぐらいスペックが高いし、沙那からしたら大切な大切な初カレシだ。無下に扱うメリットがない。


「ん、ん~。確定ではないよね」

「じゃあ電話には出るべき。余計にこじらせてもしかたない」


 お互い、気持ちはうわの空で機械的に親指を動かす。この状況でなんで試合が成立してるんだ。指相撲のオリンピック選手でも試合を中断しそうなもんだが。指相撲の世界大会があってたまるかぁ。


「で、でもっ!――」


 少し思い悩んで沙那が口を開く。刹那、親指への意識が完全にお留守になる。


「と、とりあえず掴んだぞ。い、いーち。にー……」


 そんなことより沙那は何を言おうとした? そっちのほうが今は気になる!


「い、いったあああい! あはぁん、マジでいたいっっっ♡!!」


 さっきから親指を掴んでるときの沙那の声、妙に色っぽいんだよな……。声が高く上ずってまるで喘ぎ声みたい……。


「そこっ、そこ痛いのっ! っふぅ……! みっちー、強引すぎるってぇ~……!」

「……」

「お、か、し、く、なっちゃう~!!!!……んっ!」


 なんて言えばいい。とりあえず事実として、なんかスゴくいけないことをしてる気持ちになります。おかしくはならんだろ。マイクタイソンとかと指相撲しない限りは。マイクタイソンとはプロレスをしろ。


「ろく、なな……で、沙那よ。さっき言おうとしてたことってのは……」

「あぁ、そうだっ……!」

「おい待……っ」

「さ、最近はさ! やっぱりみっちーといるのが楽しすぎて、1番楽しくて……っ!」


 俺の静止が届く前に――沙那は余りの左手でスマホの通話を『応答』にスワイプしていた。




「だから……ちょっぴり、仕返しっ!」



「さな……っっっ!!!!」


 大声もむなしく、沙那はさっきからの嬌声をあげつつ電話先の相手に――。




「……っふ、あぁんっ……。も、もしもしぃ櫂斗くんっ……! うっ♡」




『さぁちゃん、なんか声変じゃね?』


 ……えっと、これは沙那なりの宣戦布告。ささやかな圧力。

 大大大修羅場が到来したかもしれないです。

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