11.宣戦布告

『さぁちゃん、なんか声変じゃね?』


 電話先でそう言い放つ桐龍櫂斗きりゅうかいと――立場上は沙那の今カレ。

 なんか思ってた通りの声だわ。冷たくてチャラついてそうな、ぶっきらぼうな語尾も。


「へ、変じゃないですよ……っ。あ……っん」


 いや変すぎるって! そんな艶めかしい声を出してたら男と指相撲以上のことをしてるって思われるわッ!!!!

 ……てか沙那って桐龍に敬語だったんだ。


『妙に色っぽい気がすんだけど』

「っんんぅ! フツーですって、なにもしてないですよぉ……っ!」

「沙那、さすがにマズいって……」


 焦ったので沙那だけに聞こえる小声で言うと、沙那は「ううん」と首を振りこれでいいんだと言いたげ。

 ……これは沙那なりの仕返しなんだな。


 自分は別の男とこんなに楽しいことをしてる、と気づかれないラインでからかって自分はその反応を楽しむ。


 ……悪い。ただ桐龍から与えられた苦痛を考えると正当防衛な気もする。うぅ、でもやっぱり危険すぎる……。


『いや絶対おかしいわ』

「え、えぇ……っ⁈ んひっ! そう……です……かっ……⁈」


 単純に親指を抑えられてるだけだと知っている俺だってかなりドキドキする声。これ、ホントに沙那から出てる音なのか……? こんなにかわいらしくてオトナっぽい声が?


『まあいいわ。なんか今日のさぁちゃんかわいーし』


 急展開! 桐龍も一応溜飲を下げた。バレる前にもうやめて欲しい。ちょっとドキドキ感があって楽しいし、俺だって桐龍をコケにしてからかいたい気持ちもあるが、マジで危ない。メリットがない。これだけやめさせたいのは俺がビビりだからなのかな。


 あっ……!


(俺がやめればよかったんじゃん……!)


 慌てて親指を離す。勝ち負けとかの話じゃねえよ! 桐龍を怒らせでもしたらいよいよややこしくなるんだから!


「ぶ~」


 沙那が舌を出して不服そうな顔をする。


「可愛かったって言ってくれて嬉しいですぅ~」

『ねぇ、マジで可愛い。好き』

「あははぁ、ありがとうございます~」


 ガチで真剣に愛をささやく桐龍に対し、愛想笑いの沙那。感情は揺れ動いていないようだ。


『好き。さぁちゃん大好き』

「え、どうしたんですか急に~。照れちゃいますよぉ」


 真顔で言うな。吹きそうになるわ。俺だって笑ってもないのに文面に『笑笑』って打つことあるけど。


 ていうか沙那の彼女モード……めちゃんこギャップ萌えっ!!!!


 ホンキで桐龍と付き合いたかったんだとわかる。これだけしっとり、かつ男のふところに入るような一歩引いた感じもできるなんて……聞いてないぞ⁈ きっとウブなりに頑張って、桐龍が好いてくれそうな女の子像に近づこうと頑張ったんだろう。


 はぁ、余計に胸がギュッとなるな。


「俺の前ではあれだけ自由でわがまましまくるのになぁ……」


 からかうように言うと、沙那がムッとしながら俺のスネを軽く蹴ってきた。図星かいおい。ちょっとハズいのかよおい。


「これぞ良い家庭の長女、羽井田沙那ちゃんって感じですね~」

「……むかっ」


 でも、このフェミニン感MAXでこられるとそりゃ並の男ならオチますわ。なんつーかその……守ってあげたくなるような庇護欲をかきたてられる。こんな女の子がキライな男はいないよ。


『さぁちゃん、体調とか大丈夫だったん? もう1週間も連絡くれなかったし』

「あ、すみませ~ん。元気だったんですけど、ちょっとバタバタしててぇ~」

『そんな長くずっとバタバタすることある? 心配だわ』

「ん~、はい~」


 もうウソがバレてもいいや、とばかりに強気な沙那。これはかなり不信感が募ってるな。

 ただ今日の桐龍は、意外にも沙那にも優しい言葉をかけてくる。

 言うほどヤバいやつじゃなくね? ってなりそうだが逆に怪しいと思う。


『電話出れたってことは、もう大丈夫なんだよね。とりま、ウチできもちぃことしない?』


 ほらな。結局はそういう欲でしか動かないんだコイツは。

 沙那を大事にしたい<<<自分の思い通りに欲を満たしたいってところだ。


「……久しぶりに電話したのも、それが目当てですかぁ~?」

『え、うん。……じゃなくて! フツーに心配だったんだって!』


 油断してホンネが漏れ出た。欲望でいっぱいの頭が動いてないぞタコ助め。もはやコイツに進学される有名私大がかわいそうだね。


「うーん、ホントですかぁ……」

『付き合って3か月、さぁちゃんはずっとはぐらかしてばっかりだね。なに、俺とは一生そういうのシたくないの? キライなの?』


 違うだろ。お前が自分勝手に沙那を振り回してペースを乱したから、こんなことになってる。沙那だってそりゃあ桐龍のことは好きだったし、そういうことも順を追ってしたかっただろうに……。


「キライじゃ、ないですけど……」

『じゃあ早く抱かせて?』

「え」


 沙那が不潔なものを見たような顔を俺に向けながら、スマホを指さす。『やっぱこいつ終わってるでしょ?』とでも言いたげに。


 はい、終わってます。体感、七つの大罪ソロコンプリートニキですわ。


『俺もうガマンできないわ。さぁちゃんまじでイイ女の子だもん。みんなに自慢できるぐらい可愛いし、超スリムなのに胸だって高1とは思えないぐらいでっかい。ねぇ、はやく気持ちよくなりたい。さぁちゃんのお味知りたい。あ、でも絶対さぁちゃんも楽しいから――」


 急にガンガンくる。沙那の『キライじゃない』を真に受けて、ゴーサインが出たとでも思ったのか? かなりのお気楽野郎だな。


 そして桐龍は、電話越しにも息がかかりそうな、誘惑するような小声で言う。


『だから、さぁちゃんの全部、俺に頂戴? こんなに俺の理性を吹っ飛ばしてる責任取って、悪いおにゃのこ♡』

「……」

『何黙ってんの? 彼氏相手にお股開くの、ビビりすぎなんじゃない? 世間知らずなのは知ってるけど。はーやーくだーかーせーろー』


 

「くっ……」


 沙那はニタニタと笑いをこらえるのに必死。俺もだ。これだけ愛のないキモい言葉を投げかけられて、ちょっとメンタルに喰らわないか心配だったがそれも大丈夫そう。


 もう呆れて吹っ切れつつあるな。うん、その意気だ。


「……たいっ」

「え?」


 沙那がなにやら小さく呟いて、スマホの電話をスピーカーモードにする。

 そしてそれをポイっと横へ投げ捨て……?


「こんな人より、みっちーにぎゅうされたいっ!」


 俺の体を、ベッドの上に押し倒したっ!

 沙那は仰向けになった俺の脇腹を股で挟み込み、完全に俺を見降ろす位置で膝立ちをしている。

 ……めっちゃ変な妄想が捗る体勢だっっっ!!!!


『おーい、さぁちゃーん? 声聞こえなくなったんだけど?』

「みっちー、きて♡ ぎゅう~ってして!」

「え、や、マジで……?」


 恐る恐る問うと、沙那は幼稚園児みたいに素直にコクリと頷く。


「もう、戻れないと思う。でももう、戻りたくもないから」


 抽象的だけど意味はわかる。要するに俺とこの瞬間に交わすハグは、沙那なりの決別宣言。沙那のことを抱きたいとエゴまみれで言う男を尻目に、違う男に自分の体を預ける――まぁ、『抱く』の意味は違うけど。


『さぁちゃーん、回線が悪いの~? 返事してよ~』


 お、俺はどうすれば。ちょいと暴走気味な沙那の肩を持ってもいいのか? 抱きついてしまっていいのか? 頭がぐるぐる回って……わあああ! プチパニック!


 だが気を引くように優しい声を出していた桐龍の声には、少し苛立ちがこもる。


『なぁ、聞こえてんのかって。これはちょっとキモいわ。俺、一応先輩だよ? 舐めてたらそのうち痛い目あうよ?』


「……ほんっと、ヤな人」


 今までの沙那から感じたことのない、明確な軽蔑の意思。鷹のような目でギロリと音のなるスマホを睨んだ。


 ……そうだ、もう桐龍は敵なんだ。

 俺からしたら、沙那のことを穢した悪魔。その当事者の沙那は桐龍に対する態度を一旦保留していたが……もう、まともに関わる気がない、拒絶するんだったら。


「……いくよ、沙那?」


 ――『おーい、返事はぁ? さぁちゃん、しっかりした運動部とか入ったことないから返事とか知らない?』


「きて、きて……っ!」


 ぴょんぴょんと俺の上で軽く跳ねながら、笑顔で両手を広げる沙那。

 俺は体をむくむくっと起こし、そのまま沙那の胸元へ体を預ける!


「はまっ!」

「……これで、いいんでしょ?」


 ……それはそれは、濃厚に抱きつく。俺の腕が沙那の背中に回され、沙那の腕が俺の肋骨を這う。大蛇のようにヌメヌメ動く。その腕の動きこそ、相手へ心を許していることのあらわれだった。


「いい……、めっちゃいい……っ」

「沙那」

「みっちー……っ♡」


 ――『てかさぁちゃん、もしかしてさっきから誰かといんの? なんかよく聞くと、喋り声みたいなのが聴こえるような……?」


 桐龍の疑りなんておかまいなしに、沙那は俺の耳元に頭を近づける。

 そして、熱い息でこう囁いた。




「……私を守ってくれてありがと、みっちー。好きだぞ」




 おい、桐龍。俺は今、お前が好き勝手したくてしょうがなかった女の子の顔を、体を、こんなに近くで独占してるぞ。


 その背徳感や『勝った感』で、胸がドコドコドコとすごい早い。あぁ、俺も悪いヤツだな。


 お互いの体の熱が肌越しに伝わって、境界線すら曖昧に融けあっていく。

 桐龍の「おい!」という怒声が、遥か遠くへ消えていくようだ。


 もう戻れない、戻りたくもない。

 ――俺と沙那の復讐劇の幕が、本格的に上がったようです。


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