9.懐古厨→懐古チュー⁈ キスの話⁈
昔の沙那ならいざしらず、今の沙那にあーんされるのは話が違う気がするんですが⁈ 俺、ちゃんとドキドキするよ?
「幼稚園のころはいっぱいやり合いしてたもんね? 久しぶりにやってみようよ~!」
「それは幼稚園のころの話だろ……」
俺ら、相当仲よし幼稚園児だったけど。お弁当とかずっとひっついて、あーんさせ合いながら食べてたけど!
……先生とか同級生、どんな気持ちで見てたんだよあれ⁈
ほほえましく見てくれてた? それとも激マセハレンチクソガキだと思われてた⁈
「そもそも、みっちーが昔のこと思い出してるとか言い出したんじゃん⁈」
ぶぅ~、と頬を膨らませる沙那。
「沙那は俺にあーんしたいのかよ……」
「したい」
「即答っ⁈」
びっくりした俺が声を裏返しながら言うと、沙那は「いや、やっぱり違うかぁ~」と頭をコツン。
そうそう、違うよ。あーんなんてのは、それこそ恋人どうしみたいな、心も体も完全に許しあってる関係でするべきで……。
「あーんしたいし、してもらいたいっ!」
「もっとハードモード⁈」
「私がやっと元気になってきたのは、最近みっちーとの懐かしい思い出で満たされてるからだも~ん……」
ちょっといじけるように、でれでれと鼻の下を伸ばしながら言ってくる。
「こういう、ちっちゃいころ一緒にやってて楽しかったことは全部ふっかつさせたいですっ!!」
そのカードを切られると弱い。
だって、俺が沙那と最近これだけ一緒にひっついている理由……。
それは、傷心の沙那を癒して、完全に桐龍を忘れさせ、次に素敵な恋人を見つけるまでの助走期間を支えてあげるため。言っちゃえばぜんぶ沙那のため。
だからなるたけ沙那のお願いには寄り添ってあげたい……けど……。
「めっちゃ懐古厨じゃん沙那」
「かい……こちゅう……?」
「あ、ごーめん意味わかんないか~」
お前のボキャ貧が悪い、と言わんばかりに脳みそを人差し指でつつきながら言う。
沙那は「むむむうっ……」と怒りを頬に溜めこんだ。
「懐古ってのは昔を懐かしむことね。で、『
瞬間、盛りのついた猫が「シャーッ!」と叫ぶみたいに沙那が脊髄反射ではしゃいだ。
「チューっ⁈ 昔を懐かしんだチューっっっっっ⁈⁈」
あ。
ふんふんと興奮気味に鼻を鳴らす沙那を見て、俺はとんでもない誤解をされていると悟る。
「……すう」
…………遅かった!
「すう~~! みっちーとチューすう~~~~!♡」
ぷるるんと瑞々しさを感じさせる分厚めの唇を突き立てて、顔面ごと俺に突進してくる沙那。
「いや待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てっ!」
「ん~~~~っ、ん~~~~っ!」
目をつむってしっかりキス顔の沙那の頭を掴んでがっしりホールド。
唇だけを「んまんま」と前のめりにしてくるが、もうムダだ。
ひぃ、猛獣使いの気分だぜ。市川大サーカス開演。座員オレ一人。国債ぐらい赤字生むわ。
「ちゅう……」
……この沙那の唇、きっと失神するぐらい柔らかいんだろうな。
いや言ってる場合かっ⁈
するわけないじゃん! あーんですら相当ためらってたのにさぁっ!
「『
「『
沙那は舌なめずりを一つ。
唾液で濡れた唇が照明に照らされ、妖艶に光る。
ぬ、ぬらぬらだぁ……!
「……んじゃあ私はチュー厨だあっ!!」
「もう懐古厨の要素ないじゃんっ!」
「チュー
「なんだよそのキス魔専用車両は⁈ そんな強く押されたら俺の腕折れるって!」
バリケードを突き破るデモ隊みたいな押ししてくんな! え、あなた1989年のベルリンからタイムスリップしてきました⁈ 割と限界が近いんですが⁈
「え~い、折れちゃえ折れちゃえ~っ!」
「さな……沙那っ!」
俺が少し強めに言うと、沙那の猛攻が一時停止。
「チューなんて、俺ら1回もしたことないだろ。100歩ゆずってあーんは思い出カムバックとしてわかるけど、チューは意味がわからなすぎる」
「じゃああーんで」
「こいつっ……!」
……それはそれはもう盛大に墓穴を掘った。
掘りすぎだ。ショベルカー霊園掘り起こし大作戦か?
ご先祖様一同ブチギレて生き返るぐらいの大失態だぜ、マジで……。
「ほれほれみっちー、あ~んっ」
満足げに目を
……もう、食べさせる気まんまんらしい。将来は保育士さんとかがオススメです。
「あ、あーん……」
観念した。
沙那への接し方と、さっきの俺の失言。これが合わさればいよいよ逃げ道が封鎖されたからな。
「もぐっ……」
箸が口の中に侵入し、沙那が俺のベロの上に優しくハンバーグを置いていく。
『いーい?』と目線で尋ねられ、俺は口を閉じる。そろぉっと箸が抜かれたのを確認し、それを咀嚼。
「もぐもぐもぐもぐもぐ……」
目の前の沙那も、エアーで一緒にもぐもぐしながら首を動かしている。ワシ赤ちゃんか?
「おいちいね? おいちいよね?」
「う、美味いけど……」
「うんうん、だって私にあ~んしてもらったもんねぇ?」
あっま。なんの変哲もないハンバーグなのに、マジでちょっと砂糖みたいな味がしやがる。俺の味覚どうした⁈ 神の舌ならぬ並の舌なのにっ!
「じゃ~、次は私の番ねぇ! あ~。はい、いーれてっ!」
と、小さな口をこれでもかと大きく広げて俺からの「あ~ん」をおねだりしてくる沙那だった。
……なんか、徐々に女子としての破壊力がマシマシになってないですかねこの人。
――そしてこんな呑気にしている俺らは、あと数時間もしたら桐龍櫂斗のことを思い出さざるを得ない事件が起こると知る由もない。
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