8.手づくりご飯とあ~ん

「ねぇみっちー、ぽんぽん空かない?」

「あぁ、確かに減ったかも」


 マリ男カートを3時間ぐらいやって、その後は寝転びながらバラエティ番組鑑賞。おまけに勉強も少しした。

 時間は18時半。まごうことなき晩飯どき。


「どうする、出前でもとるか?」

「……やん、みっちーのリッチ///」

「エッチのテンションで言うな」

「私ら高校生に出前なんてとるお金ないでしょ~?」


 沙那がベッドの上でゴロゴロと横移動。

 未だに俺たちはこの柔らかい寝具の上でひっついている。


「ふふ、今日だけは余裕が違うぜ?」

「ふぇ、どうしたの~」


 俺はポケットにしまっていたお金を取り出す。

 そう、『晩飯つくれないからこれで』と両親が置いていった金!

 これがあれば今日に限って高校生でも出前ぐらい取ってしまえる……!


「今日の俺は、親のスネ馬鹿食いバイキングモード! これで出前でもなんでも、2人で好きなもん食おうや……!」


 ばあああああああんっ!

 と、花札をとるみたいにお金をベッドに叩きつける。


 ――1000円札、1枚。


「好きなもん、食おうや……ぷぷっ……」

「…………」


 沙那、そして野口英世。俺をバカにするような目線を向けんな。


「出前のサービス料と送料を足すと、1人250円ぐらいしか食べられないと思うけどその辺はどうですかねみっちー君」

「……」

「マックの一番安いハンバーガー1つずつだけ頼みますぅ~?」


 煽るような沙那の口ぶり。

 こいつっ……俺がちょっと失敗したら鬼の首を取ったみたいにからかってきやがる!


 仲良し幼なじみと家で食う飯がハンバーガー1個はさびしい! それに腹も満たされない……!


 俺は恥をしのんで下手に出ながら、

「沙那ちゃあん、ご飯つくってくれたりしません……?」

 と手をすりすり。


 沙那は悪代官みたいに「あーはっはっ!」と笑って、

「そんなに私の手作りご飯が食べたいかぁ、そ~かそ~か!」

 と、縮こまった俺の背をパンパン叩いてくるのだった。


 借りは絶対返すかんな?



 ♢



「はい、飢え飢えみっちー。食べてよし」

「しばくぞいただきます」


 2階のキッチンで料理をし終え、沙那が3回の俺の部屋まで料理を運んできてくれた。

 冷蔵庫に何が入ってるかなんて知らないし、沙那がイタズラをするとも思えない。全部おまかせモード。まったく、いい身分だな。


「おぉ、これは……」


 ハンバーグとクリームシチューだ。


 ハンバーグはトマトで煮込まれていてワインっぽい赤色が食欲をそそる。対照的なクリームシチューはごろっとジャガイモやきのこ類、ニンジン、それにマカロニまで入っていて色鮮やか。


 赤と白のコントラストが絶妙で……見てるだけで腹が減ってきた!


「これ、大変だっただろ。めっちゃ手間暇かかってそう」

「まぁね。でもみっちーのために、いっぱい愛情そそいだよ~。ふっふ~ん!」

「ぐ」


 ローテーブルの対面に座る沙那が、純朴な笑顔を見せてくる。

 俺の、ために……。心臓がぴくり、と男としての本能で微動。


「みっちー、ここ最近私にず~っとつきっきりで優しくしてくれるから! せめてものお礼だと思って!」


 パーにした両手で湯気の立つ料理を指し示す沙那。


 そう…………だよな⁈

 あくまで良き幼なじみ、メンターのお礼として、ってことだよな⁈


「さ、料理が冷めちゃう前に食べようっ!」


 手を合わせていただきます。

 そしてまずはハンバーグを箸で切って一口。


「うっま……。沙那、天才か……?」


 ……意識が吹っ飛ぶぐらい美味い。お肉は柔らかいのに肉汁が閉じ込められてて。ハンバーグにまとわるトマトベースは酸味がしっかり飛んでいて食べやすく、ソース系のコクも感じる。


「うっま……。私、天才かぁ……?」


 いやぜひ自画自賛してくれ! マジで美味すぎる、バカスカ箸が進んでしまう! 


「沙那、こんなに料理上手かったっけ?」


 『もぐもぐ』と小さな口を動かしながら咀嚼する沙那をちらりと見る。

 くっ……小動物みたいないたいけさがある。


「昔から割と料理やってたから、それのおかげじゃないかなぁ~?」

「確かに。お母さんとよくお菓子とかつくってたもんな」

「そ~そ~。幼稚園のころ、みっちーによくプレゼントしてたよねぇ」


 今となっては懐かしい。

 クッキー、スイートポテト、チョコブラウニー。


 ――『みっちー、わたしからのぷえぜんと、あーげう!』

 なんて白い歯を見せながら、幼稚園の帰り道によく貰ってたっけ。


「最近は自分だけでもつくるんだ?」

「そうだね~。料理はふつ~に好きだしお休みの日とかにやってるなぁ」

「マメだな……」

「美味しい料理をつくってあげるとね、大切な人が笑ってくれるの。それが好き……かな」


 ……確かに。俺、沙那のつくってくれたものを食べるとき、絶対笑ってる。

 だって美味しくて幸せなんだもん。


「今もほら、大切な人を1人笑わせてるねぇ~」


 と、目を『一』にしながら、人差し指でツンツンとばかりに俺を指してくる沙那。


 沙那のこういう平和主義で穏やかなところ、めちゃくちゃいいと思う。

 だいぶ照れくさいけど……。


「高校生になってもこうやってみっちーとご飯食べられるの、なんか幸せだぁ~」

「入学して半年ぐらい……もっと言うと中学校ぐらいから割と疎遠だったけどな」

「お互い環境も変わるし、色々いそがしいよねぇ~」


 だから余計に、いま沙那が目の前にいて同じご飯が食べられることがちょっと不思議。


 幼稚園のころのお菓子は、正直見た目とかはぐちゃぐちゃで不揃いだった。

 でも今は成長して……こんな立派なご飯を1人でつくってくれるまでに。


 当たり前だけど、お互い成長してきたんだ。

 環境とか立場とかが変わりゆく中でもずっと仲良く、気兼ねなく一緒にいられる関係性。

 ……やっぱり沙那の存在って、大きいな。


「はっ……」


 いや何を感傷に浸ってんだ俺。これが世間で言う『エモい』ってやつなんですかね? 教えてよ、古き良き日本語クラッシャーの陽キャさんたち。


「じ~~~っ」


 気づけば、沙那がまん丸い瞳で俺を見てきていた。


「なにか言いたいのか……?」

「いま、めっちゃボーっとしてたねぇ?」

「そう、かなぁ……?」

「うん、目を開けながら寝てるのかと思った」

「俺そんなスーパースリープアビリティ持ちじゃねえよ」


 事実、めっちゃボーっとしてたけど。

 沙那にはお見通しなんだな。ということで素直に白状。


「昔のこと、思い出してたんだ」

「むかしぃ?」

「そう。幼稚園のころから沙那の手料理を食べさせてもらってて、時間が経って成長した今でもこうやって食べられてるのがなんか不思議だなぁって」


 言うと、沙那は「確かにぃ~」とうんうん頷く。

 頭が上下動するたび、栗色のボブが風に乗ってふわっとクラゲみたいに舞う。


「あっ、そうだぁ」


 沙那は思い立ったようにローテーブルに手を置いて半身を乗り出してくる。

 そして俺と鼻先が触れそうなぐらいまで顔を近づけて……?




「あ~ん、したげる」




 と、赤ちゃんをあやすようなふわっとした語り口で言ってきた。


「え」

「お口あけて。かわいいかわいい幼なじみが、何年かぶりにあ~んってしたげるじゃん?!」


 これ俺、どうするのが正解なんですか⁈


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