7.自宅インベーダー

 迂闊だった。

 親が買い物に出かけていなくなった週末の昼下がり――俺は自宅に侵入者を許そうとしている。


「みっちー、やいほ~やいほ~」


 その名も羽井田沙那。

 胸クソ先輩彼氏と距離を取りたくて俺にすがってくる、かわいい幼なじみ。

 玄関ドアを開けると、手のひらをヒラヒラ縦軸回転させるお馴染みの手の振り方。


「マジで来るのかよ……」

「『今日、家に誰もいないんだよね~』」

「どきり」


 沙那がさっき電話をしたときの、俺のモノマネで言う。俺、そんなにしゃくれてはなくない? タチウオぐらいアゴ出してたけど?


「これ、女の子を連れ込みたいときの決めゼリフなんでしょ~? 櫂斗くんのせいで知っちゃったよぉ~」

「俺、単純に暇だって言いたかっただけなの! 沙那はもっと純粋だったのに!」

「あはは、私バカだから来ちゃいましたぁ~」

「ったく。バカも休み休み言えよ……」

「わ……た……し……バ……カ……だ……か……」

「ホントに休みながら言ってどうする⁈」


 いよいよぶっ壊れた戦場カメラマンかよ。どこの誰がそんなにゆっくり喋るんだ。


「変な気でも起こして、襲ったりしないでよ~?」


 沙那も当然、俺とはそんなピンクな感じにならないとわかっているから安心してこんな冗談を言ってくる。

 し、俺もマジで受け止めるわけがない。


 ただ。

 ……最近、冗談に聞こえないときがたまにある。


「よっぽど暇だったんだな?」

「え?」

「こんなにほいほい男の家に来ちゃうぐらいには」

「男の家って……大げさだなぁ~。みっちーのとこだから来ただけだよぉ。ほら、前みたいにゲームしてあそぼ?」


 恋愛相談のあとハグをしたときの甘え顔。

 桐龍を悪く言って沙那をかばったときのゆるんだ顔。

 この前の結婚したい宣言。


 あれ、俺どんな距離感で沙那と接してたんだっけ? 男女なのにこんなずけずけ絡んでいいのか?


 ……なんて思ってしまうことがあるのだ。

 実際はなにも変わってなくて、ただ一緒にいる時間が増えただけなのに。


「まあ、入りなよ。俺も別にやることないし」

「ごちそうさまです!」


 ま、お互い大人に近づいてるだけで俺たちの気兼ねない関係性は変わんないよな。

 やましいことがないから、こうして沙那も家まで来たわけで。


 家に入るなり沙那が開口一番、

「今日、ホントにママさんもパパさんもいないの~?」

「うん。夜飯も2人で食べてくるって言ってたな」

「きた~。じゃあ遅くまでいられるんだぁ~」


 にっこりと期待にあふれた笑みを浮かべる。


「別に大丈夫だけど……沙那はやることとかないのか?」

「ないよ。家にいても色々考えごとしちゃうだけだし~」

「そんな沙那にオススメの気を紛らわす方法があるぞ?」

「え、気になる木!」

「手と頭を使って目の前の物事に集中! おまけに人生の可能性が広がるチャンスつき!」

「おおおっ……!」

「勉強、って言うんだけど」

「おお~ん……」


 露骨にイヤな顔すな、この勉強アレルギーめ。偏差値50の俺が神授業したろか?   

『勉強は、根性です』by.市川道貴講師(担当科目:精神論)


「勉強なんてしたら余計におバカになるよぉ~」

「なるか」

「教科書なんかの内容より、もっと頭に入れておくべき内容がいっぱいあるんですぅ~」

「上等じゃん、おバカな沙那ちゃんの脳みそは何に使われてるんでちゅか?」

「……えっと、昨日の……晩ごはんの献立とか」

「うん、何気ない日常の一コマが結局一番大事だね! おいっ!」


 思わずノリツッコミが出るわ。沙那の空いてる脳みそ、もったいなすぎるから俺にブレインエアビーしてくれ。代わりにバケモンカードの戦略練るのに使うわ。


「だ~か~ら~、とりあえずみっちーとゲームして気を紛らわしにきたのぉ」


 それ言われると強く出れないじゃん。

 黙って俺は前みたくサンテンドーDSのマリ男カートを点けた。


「じゃあやるかー、よいしょっと」


 ベッドの上にうつ伏せで寝っ転がる俺。

 行儀悪いけど俺ん家だしいいだろ。それに相手は沙那。


「じ~~~っ」

「なにその訴えかけるような目」

「あ~あ~、床固いなぁ~。これじゃ私、全身骨折しちゃうなぁ~」

「折れないよ人体の耐久性なめんな?」

「じゃあみっちーは一人でフカフカのベッドを占領するんだ?」


 ぐ……。だからお前はモテないんだとでも言いたいのか?


「こーゆーの、レディーファースト、ボーイセカンド。おーけー?」

「男女一二塁間?」


 ボーイセカンドはあんまり言わんだろ。


 でもまあ冷えて固いフローリングの上に縮こまって体育座りの沙那も見てられないし。一応沙那の心を温めるという目的もあるから、ベッドは譲ろう。


「はい、じゃあどうぞ」


 俺がベッドから降りて、座っていいよと真横で棒立ちしていたときだ。


「とりゃあ~っ!」


 沙那がダイブする形で俺に飛びかかり、そして……。


「ぼふっ……⁈」


 ベッドに押し倒された。沙那が上に乗っかってくる形で!

 背中はベッドの柔らかさ、そして前は……沙那の胸の柔らかさ!


 前半身・後半身ともに違う感触ながらふにふにサンドイッチにされて……俺の骨や筋肉に当たった柔らかい物質が反発するようにぐねんぐねんと弾みまくるっ!


「これでみっちーが床に座ったら私が気ぃつかうからさぁ~!」

「……沙那にもそんな感情あったんだな」

「あるよぉ~失礼だなぁ~。しつレーザービーム出すよ?」

「あんま光線に私情まぜんなよ」


 と、やいのやいの言い合う俺たち。ほんっとに……心地いい関係だな。


 沙那は一旦俺の上から降りて、丸太をゴロゴロ転がすように俺をベッドの端へ運搬。

 そして開いたスペースに「よいさっ!」と弾んで座り直し――。


「だから、一緒におねんねし~よ? みっちー♡」


 と、わざとだかわざとじゃないんだか猫なで声で言ってくるのだった。


 沙那の澄んだ瞳に吸い込まれそうになって、俺は思わず顔を逸らす。

 ……これ、生きて帰れるんですかね。

 いやすでに自分の家なんですけどね? 哲学的~。


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