第22話 クラックホーネット②

 アリアは元々このゲームの、オンライン対戦で世界一の猛者である。

 当然NPCなど練習相手にもならない。

 そのはずが、この世界に来てそう簡単にはいかなかった。

 何故ならお嬢様のほとんどが、オンライン対戦の上位者ほどの腕前だったのだ。

 所詮、ゲームはゲーム。

 アリアの中の人がいくら負けたからと言っても死ぬことはない。

 だがこの世界においては、下手をすれば命が危ない。

 脱出ポッドの作りはかなり信頼をおけるが、相手がその気なら、脱出できたとしても簡単に殺されてしまう。

 命のやりとりがかかっていると、人は文字通り必死になる。

 自分に配られた得意分野やスキルを極限まで高めて、自分の持てる全てを使って生き残ろうとする。

 その強さは侮ることはできない。

 思い返してみれば、初期装備のモニカにも真下に潜り込まれたことがあった。それくらい、油断のならない場所なのだ。

 ゲームバランスだったならば最高の設定だろう。

 今はそんな悠長な事は言ってられない。

 特に目の前の学園一位相手ならなおさらだ。


(マズいな。この世界のオリヴィア=ガーネットは多分、自分が戦ったことのある彼女の強さじゃない)


 一気に迫りくる【クラックホーネット】を眺めて、アリアの頬につつ、汗が流れる。

 彼我が相手のショットランチャーの間合いに入る前に、アリアは操縦桿を倒した。

 アリアがギュワッと舞い上がると、榴弾がすぐ下を擦過。

 エアバースト弾なのか、アリアの真下で爆発が起きていた。


『アリア、直線で動いてはダメだ。彼女は先読みでショットランチャーの弾丸を置いてくる!』

おりますわ!」


 アリアの【ダイナミックエントリー】が両手の対GL用マシンガンを構える。

 追いかけてくる真下を狙うのかと思いきや。

 何故かアリアはバンザイの形を取った。


「ここ! ブレーキ!」


 アリアの機体が一気に減速。

 そしてグルンと後ろを向く。

 ヌッと眼前に現れ――いや、通り過ぎたのは【クラックホーネット】だった。

 凄まじいスピードだ。

 【クラックホーネット】アリアがショットランチャー避けるのを予想して、あえて弾丸の方へ向かった。

 そうして下に潜り込み、一気に伸び上がって背後を取るつもりだったらしい。

 GLの弱点は、膨れ上がった腰部装甲スカートの下である。

 バーニア各種が露出している以前の問題で、ここに潜り込まれると死角になってしまうからだ。

 ゲームだと大抵のNPCの敵はプレイヤーに向かって真正面を陣取り撃つ、よくて横に回り込むということが多い。

 だがこの【クラックホーネット】だけは強かに下に潜り込んで一瞬視界から消え、背後からリニアランチャーで大ダメージを与えてくる。

 リニアランチャーはレールガンを小型化したものだ。小回りが効く機体が好んで使うが、彼女ほど使いこなせる者はそういない。

 アリアが上から飛びかかり、弾丸の雨霰を降らせる戦略とは真逆だ。

 シンプルだからこそ強い。

 だが、知っていればどうということはない。

 タイミングをズラして、予測行動をさらに予想すればいいのだ。


「!?」

「そこに、予測したわたくしはいまして? ――蜂の巣にしてさしあげますわ!」


 ガチリ、とトリガーを引く。

 弾けるようにして弾丸が放たれた。

 二丁拳銃のマシンガンは、一発こそガトリング砲に及ばないものの、連射力がそれを補う。

 ペラッペラな装甲の【クラックホーネット】が数秒弾丸の雨にさらされただけで、即座にスクラップに成り果てるだろう。


『お見事。ですが、その武器を見て深追いはしないと決めておりましたので』


 ブワリ、と。

 一瞬【クラックホーネット】が僅かに浮かんだと思ったその時には、もういなかった。

 弾丸の発射タイミングを予測して避けたのだ。

 これは、アリアもできること。

 超高速で急降下したのち、正面から迫る砲撃を勘で避けるアレである。

 やがて、アリアの背筋にゾワリと悪寒。

 即座に急降下すると、眼前に迫りながら並走する【クラックホーネット】の姿。

 ショットランチャーが火を吹くその前に、アリア機が対GL用マシンガンを向ける。

 しかし【クラックホーネット】はソレを予測していたのか、リニアランチャーの接続された腕でアリアの【ダイナミックエントリー】の腕を叩く。

 両手を弾かれてがら空きになったアリア機に、【クラックホーネット】がショットランチャーを向けようとした。

 だが今度はアリアが【ダイナミックエントリー】の腕でその手を払う。

 払うというより、殴ったというのが正しいのか。

 銃底でガツンと横薙ぎするようにして殴った。

 真っ逆さまに落ちながら、お嬢様二機はまるで武術のような攻防を繰り広げる。

 銃口を向けてははたき落とし、避けてははたき落としを繰り返す。

 あらぬ方向に向いた銃口からマズルファイアが輝く。

 そんなことをやっているうちに、もう海面が近づいてきた。


『アリア! 海面が!』

「慌てなくてもよろしくてよ!」


 操縦桿を手前に引き、内側にひねる。

 アリア機の腰部装甲スカート下のバーニアノズルが悲鳴をあげた。

 海面に当たる瞬間に二機のGLが向きを変えて、水面を滑るようにして並走する。


【警告:主バーニア及び副バーニアに高負荷】


 かなり無茶なタイミングで機体を持ち直したからだろう。

 アリアは「我慢して!」と叫んで、二丁マシンガンを連射する。

 相手の【クラックホーネット】はショットランチャーを向けようとして即座に中止、回避行動を取る。

 海面に水しぶきを上げながら右、左と超高速で動き弾丸を避けていた。

 アリアにしてみればまるで蜂相手にエアガンを乱射しているような気分だ。

 距離を取り、ギリギリの射程距離から再び【クラックホーネット】がショットランチャーの銃口を向けてきた。

 流石にアリアは浮かび上がって避ける――

 かと思いきや。

 フットペダルを踏み込んで真正面から加速した。


『――!?』

 

 相手からすればアリア機はさっきのように、面攻撃を乗り越える形で飛んで逃げると思うだろう。

 アリアもそうしようと思った。

 が、相手は先読みをしてる。

 なら裏の裏をかくまで。

 アリアの機体のすぐ上空を、ばらまかれた榴弾が通り過ぎていく。


『ショットランチャーに真正面からなんて!』

「何の不思議もありませんわ。何故ならお嬢様はクソ度胸でしてよ」


 彼我が一気に詰まる。

 スケートリンクを滑るようにして、海上スレスレを飛ぶ二機のお嬢様が急接近。

 アリアは二丁のマシンガンを【クラックホーネット】へ向ける。

 【クラックホーネット】が今、銃口を向け、ガシャンと次弾を装填している間に、アリアは完全に殺傷距離にまで入り込むことができた。


「取った!」

『……これでも学園の主席を任された者。簡単にはいきませんわ』


 【クラックホーネット】が動く。

 ショットランチャーの銃口を軸にして、なんと左ターンを始めた。

 突っ込んでくるアリア機をもともと自分のいた空間の内側へ誘い込み、がら空きになった側面へ強烈な一撃を見舞うつもりだ。

 今、アリアの放った弾丸がもともと【クラックホーネット】がいた虚空を通り過ぎていく。

 遅れてアリア機が突っ込んできた。

 この時点で相手の意図を読み取ったアリア。

 このままでは横っ腹にゼロ距離でリニアランチャーを受けてしまう。

 

『横っ面ががら空きですわよ』

「あら、そうかしら?」

『何ですって』

「貴方、ここをどこか忘れていらっしゃるようね……直上へブースター最大出力!」

【了解:最大出力!】


 バォ!

 突然の水しぶき。

 いや、ほとんど水の壁といっていい。

 ショットランチャーを向けた【クラックホーネット】は、アリア機がいるはずだった場所、即ち今は水の柱と化している空間へショットランチャーを打ち込んだ。

 ショットシェルが舞い、虚しくも崩れ落ちる水しぶきに穴が空く。

 やがて弾かれるようにしてその場を離脱する【クラックホーネット】。

 直上から、対GL用マシンガンの弾丸が無数に降ってきた。


『なるほど。アリアさん、思ったよりようですね』

 

 【クラックホーネット】は大きく下がり、間合いを取る。

 どちらの武器も近距離武器。

 射程外のまま、にらみ合う最強の二人。

 これがアリーナならばどれだけ盛り上がったことだろうか。


『私の【クラックホーネット】の軌道を封じるために海面ギリギリに降りたのですね。それに、ブースターで舞い上げた海水は目くらましにもなる。即興かつ即時展開のスモーク。流石ですわね』


 悔しそうに言うかと思いきや、ニッコリと微笑むオリヴィア。

 少しだけ開く糸目のその奥には明確な殺気が籠もっている。


「想像にお任せいたしますわ。たまたまかもしれませんし」

『食えないお方。ああ、こんな事ならアリーナで戦うべきでした。貴方が無様に崩れるその姿を、皆に見せつけてやりたい』

「随分と嫌われたようでございますわね。わたくし、貴方に何か粗相でもしましたかしら。学園主席さん?」


 とはいえ、だいたい予想がついている。

 オリヴィアが現れて戦いを仕掛けてくるこのルートは、実はアリアが最も避けたかったルートのそれに似ている。

 このオリヴィアというハイランカー、サムの言う通り普段は人格者で通っている。

 強く、優しく、ママみがありそして爆乳。学園内外にファンも多い。

 誰もが彼女に集い、次第に縋り、そうして生まれるのが反開拓組織【ワイルドハント】。

 世に平穏をもたらすという標榜を掲げて彼女に集ったお嬢様たちが、世界を波乱に陥らせた島の開拓を止めるために反乱を起こすのだ。

 ゲーム本来ならば、アリアはその副官としてゲーム主人公に襲いかかる。

 ただこの時点ではゲーム終盤になっていて、主人公はかなり強くなっている。

 【ワイルドハント】所属のお嬢様は次々と襲いかかってくるが主人公はこれを全て撃破。アリアもまた撃退される。

 やがて紆余曲折を経て、【ワイルドハント】は島の技術に接触。最終兵器ブラックレディを持ち出す。

 が、この時アリアが裏切りを起こす。

 【ワイルドハント】の理念など知るかと最終兵器ブラックレディへ勝手に搭乗。

 主人公へ愛とも殺意とも取れる感情を撒き散らし、世界に戦争をふっかける。

 これが「デストロイヤーお嬢様」ルート。

 アリアの中の人が最も恐れていたルートだ。


『ええもちろん。貴方はすべての敵になったのですよ』

「はぁ? 何をーー」

『貴方は厄災。貴方はこの星の敵。だから私達が倒す。簡単でしょう』

「貴方、何かおハーブでもやっていらっしゃるの? 意味が――」

『……聞き捨てならないなオリヴィア嬢』


 アリアが半ば呆れてそう言っていた途中で、サムが急に割り込んできた。

 アリアは珍しいと驚き、言葉を止める。

 反してサムはクイっとメガネの蔓を上げて、冷たい目でオリヴィアを見ていた。


『君も見ただろう。アリアはあの島の守護神のようなエイを、お嬢様たちを率いて撃破したんだ。足並みの揃わない彼女たちをまとめて、一つの力にする。それは、人々に大きな影響を与えて【黒いお嬢様ブラックレディ】の称号を贈られるほどになったんだ。何故彼女を敵と言うんだ? そりゃあ、彼女は問題児イリーガルだ。けれど今は違う。立派なお嬢様だと僕が言える。言葉を撤回してほしいね』


 珍しくサムがムキになって熱弁を振るっていた。こわ。

 まるで大切なものを穢されて激高しているかのようである。

 あれ、こいつこんなにアツいキャラだったっけ?

 ゲームだと彼は病みまくったアリアに見切りをつけて、ゲーム主人公へ情報を流すルートもある。

 彼の行動理念からしてそれは当然と言えば当然だが、彼への評価は真っ二つに割れていた。

 アリア的にも「そこは支えてやれよ」と思っていたからこそ、警戒して自分の事を明かさなかったが――


【プライベートモードに切り替えます:ヒュウ! 教授なかなかアツいっスね! あんなの見たことないッス】

 

 興奮したのだろうか、いきなりD.E.ディー・イーが音声で語りかけてきた。


「そ、そうね。何かいつものサムじゃないみたい」

【こりゃあアレッすよ。ラブって奴では?】


 そういうのはやめてほしい。

 イケメンってだけで惚れてまうやんけ。

 しかしちょっとばかり嬉しい。

 アレはアレで、自分のことをちゃんと考えていてくれたのだ。

 もしかしたら、謂れのない疑いも彼が全部止めて受け流していたのかも。

 そう思うと、ほんのちょっとだけいいかなと思い始め、わずかに頬が赤くなるのがわかった。


『うふふ……生徒に手を出すのは御法度ですよ、教授。私ならやぶさかではなかったのに』

『それこそ失礼というものだよオリヴィア。ちなみに僕には女性的な魅力は効かない。僕が愛するのはバリア工学に必要なデータさ。アリアはその福音をもたらしてくれる女神なんだ』


 前言撤回コイツはやっぱりクソ野郎だ。

 あぶねえあぶねえ。

 ま、イケメンだから許す。

 ちょっと嬉しかったからチャラにしてやろう。


『あら。それは仕方ないですわね。貴方も私の執事に加えようと思っていたのに。これでアリアさんを殺す理由がまた増えました』

「そろそろ無駄話はよろしくて? 貴方が何を思おうが何だろうが、こちらは関係のないことでございましてよ」

『そうかしら。あの島の福音である貴方が?』


 あ〜コレは情報ダダ漏れだ。

 アリアは目眩がした。

 アリアが島の機械達に崇拝されているというのを知っているのは、アリアとサム、モニカとアリシア。そして、【委員会】の上層部のみ。

 となると、コイツらのバックには三大勢力のどこかがついている。

 完全に「デストロイヤーお嬢様」ルートの前触れである。

 しかし正確にはそうではない。

 本来の物語だと、最初からアリアがあっち側にいた。

 今はその標的として、完全に指名されている。

 最終兵器に乗るということはないだろうが、【ワイルドハント】の総戦力をアリアにぶつけてくる可能性がある。


 ――そう来たかコンチクショウ。

 ――結局死亡フラグがビンビン立っとるやんけ!


 アリアは「ん“あ”〜」と声にならない声をあげて、眉間に指を当てていた。


『私達はこれ以上、あの島がもたらす技術に、世界が振り回されるのをよしとしません。貴方の首級みしるしを以って、反開拓組織【ワイルドハント】の結成を宣言いたしますわ!』

『一周回って滑稽だよオリヴィアくん。島を保護区にするとでも言うのかい? ちょっと前に、アレらは人類に牙を剥こうとしていたのに?』

『それはアリアさんがいたからでは?』

『話にならないな』

『話し合いができる世界なら、我々は空を踊りません。おわかりかしら?』

『ハッキリ言おうか。君たちのようなクソッタレのビッチ共から人々を守るために、僕はバリア工学を完成させたいんだよね』

『そちらこそ滑稽ですわね。そのために問題児イリーガルと手を組むなどとは――』


 おお、やっとるやっとる。

 なら今のうちだと、アリアは物理コンソールを叩く。


D.E.ディー・イー、武器を交換して」

【アイアイマム】


 腰部装甲からニュッと伸びたアームに二丁マシンガンを預け、代わりに渡されたのはライフルにしては短く、マシンガンにしては長い銃。

 そして、銃身の下にはチェーンソーのようなものが取り付けられている。

 弾速が速く、近・中距離戦闘に特化したアキバ製の3点バースト式マークスマンライフル。

 凶悪なスタイルから【レディ・ジェイソン】と揶揄される――厨武器。

 生前、大会で使うとかなり批判を喰らうので使用は控えていた。

 しかしここは戦場だ。

 使えるものは何でも使う。

 巨大兵器戦は無いと踏んで、予め【杭打ち傘パイルバンカー・パラソル】のストレージをセカンダリ武器に置き換えておいた。

 このように決戦武器エレガントウエポンを格納してもいいし、もう一つの武器を格納してもいい。

 汎用兵器であるからこそのやり方だ。

 相方であるサムにここまで言わせたのだ。

 お嬢様としてその怒りを刃に変えてやらねば。

 あり大抵に言うと、アリアもちょっとキレ始めていた。

 好きでアッチ側に崇拝されたのではないのだ。

 なのに人類の敵と言われて気持ちいいはずがない。

 今のアリアの頭には「あの爆乳はここでブッ殺す」しかなかった。

 

「そろそろお話は宜しいかしら。御託はこのチェーンソーで切り刻んであげますわ」

『――お話が早くて助かりますわ。殿方は言葉だけは達者ですから』


 オリヴィアの糸目が開いた。殺意を漲らせている。

 上等だとばかりに、銃身の先のチェーンソーを唸らせるアリア。

 二人のお嬢様の中指が、ゆっくりと優雅に天を衝いた。

 実に見事な、典麗なるおファックユーである。


 ――この時。

 島から急接近する何かに、誰も気づいていない。

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ギガンティックお嬢様 ~このままだと最終兵器に乗る悪役令嬢は、超絶カワイイ後輩系主人公の為に絶望ルートを回避し続けます~ 西山暁之亮 @NishiyamaAkinosuke

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