第21話 クラックホーネット①

『アリア、何度確認しても彼女は学園一位、ハイランカーのオリヴィア=ガーネットだ』

「ええ。そうですわね」


 アリアは目眩がした。

 そうか、と。

 目の前にいるのは、この作品の中で最強と謳われるお嬢様。

 機体名【クラックホーネット】。

 装甲を捨てて極限までスピードに振った機体構成アセンブル

 全体的に蜂のようなシルエットを感じさせるパーツと、右手には水平二連式散弾銃のようなショットグレネード。

 そして左手には、多くのプレイヤーを地獄に叩き落とした対GL用小型リニアランチャーが接続されている。

 先読みしたかのように榴弾をバラ撒き、浮き足立ったところにリニアランチャーを刺す。

 ただ、それだけを高めただけのお嬢様。

 この世界では一応アリアと双璧を成す実力者だ。

 小型ウィンドウに表示された顔は、思わず「ママー!」と呼びたくなるほどに母性に溢れている。

 栗色のふわふわロングの髪に、糸目でニコリと微笑むのは聖母のよう。

 胸元の装甲も厚く、その戦闘力にノックアウトしたゲームプレイヤーも多い。

 実際、彼女は有明の決戦場コミケではアリアの次くらいに人気である。

 しかしその戦い方は苛烈極まりなく、女王蜂クイーン・ビーの異名を持っていた。


『貴方はやりすぎたのですよ――この島を、これ以上踏み荒らされるわけにはいかないのです』

『こちら【ダイナミックエントリー】の執事オペレーターだ。今の発言は【委員会】の意に背く言葉と捉えて良いかな?』

『ああ、貴方はサム教授ですね。ええその通り。は【委員会】と対立いたします』

『聞き間違えであって欲しいね。【委員会】への協力は学園の方針だ。ミドルランカーならまだわかるけど、ハイランカー、それも主席と名高い貴方が学園に否を突きつけるなんて』

「サーム。このお方は腹を括ってらっしゃいますわ。もう言葉は届かない、そういう段階ですわよ」


 アリアが静かに操縦桿のトリガーに指をかける。

 【ダイナミックエントリー】が今回両手に握っているのは、アリアの感覚で言うとサブマシンガンのような形状をした、対GL用マシンガンだ。

 ガトリング砲よりも威力に欠けるが、連射力に特化。

 また、両手に持つことにより火力を集中したり分散したりと使い勝手がいい。

 使い勝手がいいと言うことは、総合管制AIの負担は大分大きくなる。

 しかし超高速下の近距離攻撃や熱狂的急降下ギロチンダイブで散々付き合ってきたD.E.ディー・イーは『そういうの得意っス』と軽く言うほどに、こういった武器の適性が高い。

 アリアも成長するが、AIも主人に慣れるものである。

 さてそんな武装の二機だが、レシプロ戦闘機が巴戦をするかの如く、背面を取り合うような戦闘になるのだろう。

 いわばこの世界のお嬢様頂上決戦が、こんな観客もいないだだっ広い海の上、島の絶壁の前で行われようとしている。

 どうしてこうなった。

 ただ、調査に来ただけなのに。

 時間は少しだけ遡る――


 ◆


【争いごとがあんまないってのはいい事っスね】

 

 メインモニターの端っこに、そんなテキストログが表示されていた。

 一騎当千の兵器、貴婦人型汎用兵器ギガンティック・レディの総合管制AIがいう言葉ではない。

 それは自分の存在意義の全否定なんだけどと突っ込みたくなったが、これは死にたくないという彼の心の声だ。茶化していいものではない。


「今はどこを壊せだの威力偵察しろだの無いですからね」

【姐さん地味にすごい事しましたよね。お嬢様達が一つの目的に動くって有史以来じゃないっスか?】


 そのターニングポイントになるキャラクターになりたくなかったのだけれど。

 もうこうなっては仕方がないと、アリアは肩をすくめた。

 相棒の言う通り、今や三大勢力の小競り合いのような依頼はなく、その殆どが島の調査になっていた。

 それはGLにやらせることなのだろうか?

 そう思う者もいるかもしれない。

 だがそもそもGLとは貴婦人型『汎用』兵器なのである。

 戦いはもとより、パーツの組み換えや使い方次第では調査や偵察も可能だ。

 執事オペレーターによっては解析に特化している者もいて、偵察依頼を専門に請け負うお嬢様もいる。

 その中でも特にサムはバリア工学の先駆者でもある。

 防護兵器に関しては専門知識を有していて、どこでも突っ込んでいくアリアのようなお嬢様にとってはまさに最高の相棒であった。

 それが知れ渡っているからこそ、アリアには特攻ドローンの周回軌道上の海域調査も舞い込んでくるのである。

 今、アリアはかなり【アトランティス】に近づいていた。

 依頼は「特別調査」と銘打たれたもの。

 依頼人は当然のことながら【アトランティス開拓委員会】で、報酬もかなりいい。

 既に【濫觴らんしょう】を撃破したことで、島周辺を防護する特攻ドローンは明らかに減っていた。今、人類は久方ぶりに島に接近することができている。

 おそらくあの巨エイは、この島の守護神のようなものであったのだろう。

 聞くところによると――アリアの中の人は設定を忘れていたのだが――【濫觴らんしょう】は人類が【アトランティス】の地を踏みしめてから、ひと月後に突然現れ、破壊の限りをつくしたそうだ。

 それを打破したアリアは、人類側から見れば開拓の第一人者。

 フロンティアを一番最初に踏み越えたものとなる。

 逆に島から考えれば、侵略者でもある。

 が、島の機械たちはアリアを崇拝している節があるというのだから意味がわからない。

 複雑な気持ちを抱えつつ、愛機【ダイナミックエントリー】の操縦桿を握るアリア。

 あの透明な巨人がいればと思ったが、長つば帽子レーダーには何の反応も無かった。


「こうしてみると、何でしょう。遺跡のような感じがしますわね」

『遠目でしか見たことは無かったけど、やはりココは異様だ。天から別次元の存在が降ってきたと言っても信じたくなる』


 目の前に見える絶壁。

 岩の壁に見えるようで、ところどころに装甲のような壁がある。

 今飛んでいる場所は浅瀬なのか底が見える。

 沈んでいるのは、明らかに人工物であった。

 建物や神殿めいた柱はもとより、なにやら人形の、それも大型の腕のようなものも落ちている。

 かと思えば、クジラに似た潜水艦のような残骸もあったりと、様々だ。

 また昔の幹線道路なのかアリアの中の人が見たような造形のものなどなど。

 とにかく、気味が悪い。

 出来損ないの近未来の世界を水に沈めたような。

 既に人間がいなくなった世界で、機械だけが生きているような。

 人を寄せ付けない、いや、人を拒絶しているような空間。

 それが、【アトランティス】の周辺海域だった。


「寂しい場所ですわ。なんだか、わたくし達の行く末のように感じますわね」

『感傷に浸る君も珍しい。てっきり、スキューバダイビングに来たら楽しそうとか言うと思ったけど』

「サム。わたくしも人の子でしてよ?」

『最近はそう思うようになってきたよマイレディ』

「最初からそうですわよ……はぁ、空振りですわね。あの巨人、本当にいたのかしら?」

【他人の記録覗いといて疑うんスか。ちゃんと見た奴ですよ……認識できてませんでしたけど】


 まさに幽霊の巨人というべきか。

 しかし、アレについてはゲーム知識の中には全くない。

 島ではどちらかといえば生き物が機械に置き換わったような無人兵器が多く、人はあのブラックレディくらいしかいなかった。 

 よ~く思い出してみると、背景やフレーバーテキスト等にソレらしいものはあったような、無かったような。

 それこそ、さっき見た海底に沈んでいた巨大な腕とかそんな感じだ。

 そもそもこの『ギガンティック・レディ』というゲームは説明が少ない。

 終末的な雰囲気の世界で、GLがビュンビュン飛んでいるということを全面的には描いているが、世界の成り立ちなどは一から書かれていないのだ。

 考察を楽しめ、ということなのだろう。

 こんなアクションロボットゲームに考察もクソもあるかと、アリアの中の人は思う。


「こんな事なら、もっと考察系動画見ておけばよかった」

『……なんだって? 動画?』

「あっ、やっ、なんでもない、ですわ! それよりサム! レーダーには何か映らないのです?」

『さっぱりだね。島の方はジャミングがかかっていてうまく見られないところもあるけど、遠目でも確認できる無人機がウロウロしていることくらいしかわからないかな』


 アリアは思わず歯噛みをする。

 これは、根気よく調査する必要がある、ということなのだろうか。

 ゲームのときは調査依頼を受けると、ここからポンポン矢継ぎ早にイベントが発生していた。

 イベントと言えば聞こえはいいが、用は敵勢力が襲いかかってくるのである。

 それはルートによって島から現れた特攻ドローンの群れであったり、未確認の無人機だったり、はたまたどこかの所属のGLであったりする。

 最後のものは特にめんどくさいルートに突入した場合だ。

 紆余曲折を経て、本来のアリアが最終兵器ブラックレディに搭乗して、ゲームの主人公に戦いを挑むその足がかりになる。

 ただ、この世界はアリアの中の人が知るどのルートでもない。

 今のところ、モニカと対立して最終兵器に乗るような気配は見られないが、安心できない。

 なんせ矢面に立たされている。

 ここで引きこもって島への干渉を拒んだら、例の「機械達がアリアを崇拝している」につけこまれる。

 かといって、出まくっても既に未確認の機体がボコボコ出てくるので死の危険性は隣り合わせ。

 控えめに言って最悪である。

 こうなってしまった事に、一つだけ心当たりがあるアリア。

 このゲームのシナリオは自動生成されている噂だが、流石に根幹まで変わることはない。

 だとするならば、もしやここはDLCダウンロードコンテンツの世界なのではないだろうか。

 アリアが死んでこの世界に来たその時間に差が無いとも限らない。

 即座にこの世界に来た、とは誰も証明できないし、証明する術がないからだ。

 それに、この『ギガンティック・レディ』は複数の主人公の中から一人選べるゲームだ。

 そこにキャラ人気投票一位のアリアが主人公になったストーリーが販売されたとしたら――


『――? おや、他のお嬢様がこっちに来るな』


 そら来た、とアリアはレーダーを表示させる。

 しかし、表示されたそれに安堵の息を漏らした。


「友軍設定、ですわね」

『ああ。所属も学園みたいだ――おっと、この可愛い蜂のエンブレムは』

【うあ、学園一位だ】


 うめき声に似た声がコクピットの中に聞こえた。

 背後の相棒の、珍しく嫌そうな言い方だ。


「どうしたのD.E.ディー・イー?」

【あいつ嫌いっス。具体的に言うとあのAIが】

「貴方達もそういうのあるのね」

【俺のマスターが一番可愛いって煩いんす。何度も喧嘩しました】


 え、なにその可愛い戦い。

 猫がフシャー! と煽りあっているイメージが浮かぶ。


『ははは……彼のそれはさておいてだ。オリヴィア嬢は学園一の人格者だ。この島の調査にも積極的だよ』

「人格者、ねえ」


 糸目の優しそうな奴ほど裏で何を考えてるかわからないものである。

 これだから男は。

 あの包み込むような爆乳に騙されよってからに。

 とりあえずカマされないように操縦桿はしっかり握っておこう。

 

 ――その心がけが、命を救うことになる。


緊急事態発生なんでやねん! 友軍反応消失!】

『ぶはっ……な、何だってェー!』


 コーヒーを噴いて椅子から転げ落ちそうになるサム。

 古典的なそれだが、イケメンがやると絵になるのがイラッとする。

 アリアもその瞬間を見た。

 ジッと見ていた、レーダー上に表示される光点。

 友軍の緑色の光から、突如真っ赤になった。

 あからさまな敵意。

 これは、ほとんど中指を立てているおファックユー様なものである。

 ズクン、と。

 急に背筋に何かが走る。

 半ば本能的に操縦桿を倒し、バーニアを急点火するアリア。

 【ダイナミックエントリー】が舞い上がると、コクピットがあった場所へ突き刺さるような曳航が通過。

 小型だが、貫通力に特化したリニアランチャーだ。


『あらあら、まあまあ。本当に素晴らしいお力をお持ちですね。これを避けるだなんて』


 まったりと、柔らかい声。

 今すぐにでも甘えたくなるが、やさしさの綿の中に暗器を隠し持っているような殺意だ。


『うふふ、壊してしまうのが勿体無いくらいですが……アリアさん? 私と踊ってくださいませんこと?』


 すぐそこに、女王蜂クイーン・ビーが迫っていた。

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