第17話 UNKNOWN(正体不明機)②

 この事態、簡単に言うならば「序盤にラスボス第一形態が出てきた」である。

 ブラックレディ・ファントムはこの巨大3Dプリンター戦を終えた後、二、三の修羅場を超えた後に出てくる終盤の敵である。

 いつの間にか絡んでこなくなったアリアに変わり主人公の前にたびたび出現しては、どんどん成長を続けていく。

 そして最終的には何を思ったのか足りないのはお嬢様パイロットという結論に至り、メールやSNSを使い言葉巧みにアリアを篭絡するのである。 

 ゲームで終盤のアリアは、モニカほか選択した主人公に異常なまでの執着を見せ、嫉妬の炎に焼かれ、そして病んでいる。

 依存症のヤンデレがホストに釣られるかの如く、作中のアリアはホイホイと【アトランティス】に誘われ、そのまま機体に乗り込んでしまうのである。

 乗り込む、というのも少しマイルドにした言い方。

 ようは、のだ。

 その時のブラックレディ・ファントムはもはやGLとは言えないほどに武装が肥大化。

 有名なロボットアニメから、別名デンドロビウムわがままな美女とも呼ばれていた。

 

 いやいや、そうはならんやろ。

 いくら病んでいても、あんなところに誘われるか普通?

 

 アリアの中の人は最初こそそう思っていたが、今は違うとわかる。

 何故ならばD.E.ディー・イーの存在が証明している。

 人懐っこい素振りの人工知能は、自分もいつの間にか心を許していた。

 彼らはお嬢様の相棒として、ある意味死のその直前まで寄り添う存在。

 警戒していたとしても、戦場ではどうしても頼りにせざるを得ない。

 そんな総合管制AIが仮にハッキングを仕掛けられ、知らず知らずのうちに誑かしていたならどうなるか。 

 詐欺サイトに引っ掛からないぞと思っている人ほど引っ掛かってしまう、そのくらいノリなのではないだろうか。

 だからこそ、アリアは極力自分が最終兵器に登場するルートを避けてきた。

 縋るべき者、頼りにするべき者が裏切ったら最後。

 こんな心細い、一人ぼっちの世界で甘い言葉をかけられたなら――それこそジ・エンド。

 アリアのチートと言うべき能力はあくまで操縦能力。心には作用しない。

 だから、絶対についていってしまう。

 自分の性格からして――絶対だ。

 それがわかっているからこそ、必死になって死亡フラグを折り続けていたのだ。

 メインモニターを睨みつけるように見る。

 絶対に会いたくなかったブラックレディ・ファントム。

 ラスボスの第一形態でもあるが、その装備はなかなかにえげつない。

 機体をほぼ完璧に風景と溶け込ませる光学迷彩。

 そして、肩に載せられているプラズマレーザーである。

 全く見えない場所から、一撃必殺の攻撃。

 攻略法はスナイパー対策で使われるスモークを焚きまくり、じっと待って、砲撃から近距離攻撃を仕掛けてくるその隙を狙うというもの。

 多くのプレイヤーが「なんやこのクソゲー!」とコントローラーを投げ、小鳥遊姉妹のミッションと共に多くのヘイトを集めたエネミーである。


『ジジジ……ガガガ……』


 聞くに堪えない、ノイズのような声。

 大きめの甲虫を掴んで、ギリギリ鳴かれるようなあの音だ。


『アリア、気を付けてくれ。光学迷彩が消えたとしても、あのプラズマレーザーは健在だ。そもそも君、もう弾薬が尽きてないか?』


 そういえばそうだった。

 今アリアの乗っている【ダイナミックエントリー】の残弾数はほぼゼロである。

 エレガントウエポンも残っていると言えば残っているが、この武器は主にGLよりも大きいモノに当てるものだ。


「追加武装コンテナは?」

『既に射出している。到着まであと三〇〇秒だ』

「ちょうどいいですわ。あの機体を隅々まで調べさせてもらおうかしら」


『ギギギギ……ギィー!!』


 耳障りな音が、大空に響く。

 ブラックレディ・ファントムがプラズマレーザーの砲塔を向けて来た。

 だが既に光学迷彩が解け、発射タイミングが手に取るように解る。


「そんなので私を倒せると思ったら甘すぎますわ!」


 操縦桿を倒し、レーザーを避ける。

 そのままクルクルと飛翔すると、アリアの【ダイナミックエントリー】は「踊ってあげる」とばかりに手を伸ばす。

 ブラックレディ・ファントムはそれに釣られるようにしてバーニアを点火。

 真っ黒なお嬢様もどきがアリア機を追う。


D.E.ディー・イー、あいつを隅々まで調べて頂戴!」

【サーチモード】


 メインモニターが再び緑色に染まる。

 追いかけてくるブラックレディ・ファントムを長つば帽子にとらえながら、ひらり、ひらりとプラズマレーザーを避けてゆく。

 アリアの変則的な軌道は、無人機であるブラックレディ・ファントムにとっては奇妙に映っただろう。

 だが次第にだが、アリアの軌道に合わせてプラズマレーザーを置くように発射するようになっていく。

 どこかで見て、感じた恐怖。

 ふと浮かぶのはモニカの顔。

 あの子も見て覚えていたかと思うと、背筋が凍る。

 確かにゲームに置いてのブラックレディ・ファントムは戦うたびに成長を続け、主人公の行動に合わせてドンドン強くなっていた。

 今、対峙するアリアを模倣するようになったなら。

 もしかしてこいつは、行く先々で現れるようになってしまうのではないか?

 ならば調べるだけ調べて、徹底的に破壊する。

 六分程度の我慢ですべてが終わるならそれでいい。

 

『追加武装コンテナの到着まで残り一五〇秒――驚いたな。UNKNOWNの解析を進めてるけど、あれはどこの勢力のカタログにもないし、もちろん型番商品にも見当たらない。それでいて推定スペックは君の【ダイナミックエントリー】より高水準にまとまっている』


 そりゃそうだ、とアリアは心の中でつっこむ。

 仮にもラスボスの第一形態みたいなものなのだ。

 対峙した今は弱くあってほしいが、ゲーム的には強くないとプレイヤーが面白くないだろう。


『ただ、強いて言うなら』

「なんですの?」

『最初期のGLに似ているという解析結果が出てる。もしかしてアレは、GLの祖にあたるものじゃないのかな?』


 いい線いってるよワトソン君、じゃなくてサム教授と褒めたたえたくなるアリア。

 そもそもGLもまた【アトランティス】から持ち帰られた技術で作られたもの。

 その全ての祖になったのが【黒いお嬢様】と呼ばれる伝説的な存在。

 アリアたちの搭乗しているGLは、いわばその祖先にあたるものだ。


『アリア。こんな時だけど、学園からの直接依頼が来ている。UNKNOWNの撃破、可能な限り損傷を少なくしてくれとのことだ。三大勢力からも同じような依頼が個々に来てるね』


 なんとも節操のない話である。

 共通の敵を倒して万歳かと思いきや、もうアド取りに奔走するなどとは。


『コンテナの到着まで残り六〇秒を切った。アリア、お待たせだ。君のお気に入りのガトリング砲に対GL用徹甲弾ハートノッカーを装填しておいた。あのお嬢様のまがいものみたいなのを、ハチの巣にしてやるといい』


 メインモニターに、小さく地図が表示される。真上から見たものだ。

 光点がどんどんと近づいてくる。これが彼の射出した追加武装コンテナだろう。

 しばらくブラックレディ・ファントムを茶化すようにして空を踊っていたアリアだが、じれったいとばかりに追加武装コンテナへと向かう。

 追うブラックレディ・ファントムは半ばヤケクソのようで、しかし確実にプラズマレーザーの照準を補整しはじめている。

 具体的に言えば、気を少しでも緩めるともう当たる。そのくらいの精度になっている。

 そろそろ限界だ。

 はやくはやくと願っているうちに、もう目視で追加武装コンテナが見える。

 コンテナにロケットブースターがついたような大雑把なものだった。

 やがてアリア機を認識したのか、コンテナは突如上が開き、バシュッと垂直に何かが飛ぶ。

 それはサムの詰め込んだ、アリアお気に入りのガトリング砲。

 アリアがそれを空中で難なく受け取ると、D.E.ディー・イー


【認証開始……接続……OK。使用可能ぶっ放せ!


 と表示したので、グルっと振り向いてガトリング砲を向けた。

 視界には、相も変わらずプラズマレーザーの砲塔を輝かせるラスボス第一形態の姿。また撃ってくる気配があったので動くと、すぐそばをレーザーが通過する。

 そんなに連射できる武器ではない。

 今、奴は隙だらけ。


 ここで、やっちまうか。


 アリアの口角が上がる。

 ここで逃げる余力も与えずにハチの巣にすれば、もう自分はアレと関わらなくていい。ゲームでは体力を一定数減らすと逃げるカットインが入ったが、既にアリアの知るあらゆるルートから外れているのだ、破壊だってできるかもしれない。

 全てを終わらせることができたならば、これでハッピーエンドではないか。

 そうすれば、このUNKNOWNや【アトランティス】を巡る三大勢力の争いから自分は外れることができる。

 なんだ、うまく立ち回ることができていたではないかとアリアは笑う。

 ここですべてを終わらせる。

 アレをハチの巣にして、モニカやほかのお嬢様とキャッキャウフフの終末世界スローライフを満喫する!

 

「お覚悟! その脳天に風穴を開けてさしあげます――」

『ザザザ……TOUとう問う』

「!? 話しかけてきた!?」

『貴方へ問ウ。こNO強さ。あ之強さ。あああゝ貴方は』




『貴方は、アリア=クロトリか』




「……………………………………………………は?」



 今。

 今、こいつは何と言っただろうか。

 アリアの頭が、一気に真っ白になった。

 何故、それを知っている?

 心臓が早鐘を打っている。

 腕が振るえる。

 喉がカラカラに渇く。

 エラー表示が辺り一面に広がる。

 どんどんとシステムがダウンしていく。


「姐さん何してるんスか! 接続が! ウチとの接続が切れてる! 再接続……だめだ! 姐さんってば!」


 背後から直接声が聞こえる。

 相棒がわめいている。

 けれど、けれど。

 どうしても、集中できない。

 考えがまとまらない。

 一気に湧き上がってくるのは恐怖だった。

 アリア=クロトリ。

 ――黒鳥有空くろとりありあ

 それは確かに自分の名前だ。

 アリア=B=三千世界ケ原ではなく、本当の自分の名前!

 この世界の誰もが知るはずがないそれを、何故こいつは知っている!?


『アリア!? アリア! どうしてシステムがダウンしたんだ!? おい返事をしてくれ!』

「姐さん起きてください! 戦いの最中に……い、嫌だ! 死にたくない!」


『HAはハ』


『HAHAHAHAHA』


『HAHAHAHAHAHA派波派は葉ははははハハハハハ!!! 見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた見つケた!!!!!!!!!』







『――運命核ディスティニー・コアだ。破壊する』

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