第16話 UNKNOWN(正体不明機)①

「モニカ! モニカ返事なさい!」

『だ、大丈夫です! 緊急脱出装置のスイッチが入りました!』


 落ちていく【カラドリウス】から、ヒュポン! と射出されたのは脱出ポットだった。

 画像は出てこないが、声だけ聴いてホッとするアリア。

 そしてにわかにこみ上げてくるのは怒り。

 激情と言っても差し支えないのかもしれない。

 人の事でこんなにも感情を揺さぶられる事などなかったのに。

 それこそ、生前元の世界で、実家の犬が死んだ時ぐらいだ。

 モニカは自分に懐いてくれるも、確かに狂気じみたところがあって少し離れたいと思ったことも少なからずあるというか、かなりある。

 それでも。

 慕ってくれる人間が、傷ついたということ。

 それが、自分の中にあった知らない逆鱗を逆撫ですることになるとは。


「サム! どこのおクソですこと!?」

『わ、わからない。本当にわからないんだ!』



 カオン!


 

『ギャー! なんだァ!?』


 ザッとサンディの小型ウィンドウが「NO SIGNAL」を表示。

 やがて「クソが! アタシの【ミサイルマギカ】が!」という声が聞こえてきた。


『サンディ嬢の動画から大出力のプラズマレーザーと推察! でも発射方向は……島から反対方向!?』


 となると背にいる船団の方角ということになるが、守るべき調査船団にそんなものが搭載されているはずがない。


『おかしい。船団が被弾したのは島の方角だ。モニカ嬢が受けたのもそう。けれど、サンディ嬢とはその真逆?』

「あら、ならば可能性は一つでしてよ――わたくしたちと船団の間に、既に敵がいるのですわよ!」


 アリアはそういって、自分でその存在に確信を持てた。

 これは、やはり自分が知っている機体だ。

 しかもこんな所で出てくるヤツではない。

 いったいなぜ、という思考はもう切り離した。

 ここは知らない世界。知らないルート、知らない展開だ。

 隙あらば逃げる。生きるために。

 しかしこの相手については、背を向けた時点で死。

 それは、かつて「何やこのクソゲー!」と画面にコントローラーを投げた時に、痛いほど知った。



 カオン!



 流石に四発目ともなれば、アリアを含めお嬢様たちも反応する。

 総合管制システムから警告音が出るその前に動くと、アリアたち三機のいた場所に極太のレーザーが通過していった。


「こちらを狙っている!?」

『アリア逃げろ。今のは完全に君に向かって撃っていたぞ!』

「上等ですわ」

『何!?』

「サム、予備の武器をこちらに射出してくださいまし! D.E.ディー・イーはサーモグラフィーを!」

【サーチモード:スタンバイ】


 サムが何かを言おうとしたが、アリアの覚悟を読み取ったのか目の前のコンソールを激しく叩き始める。

 やがてD.E.ディー・イーがメインモニターを薄緑にして、様々な計器を表示させていく。

 温度を可視化したサーモグラフィーモード。

 アリアの世界でもこの手の画像は見たことがある。夜のテレビショッピングで、よく寝られる布団はこんなにあったかいと赤く染まったり、寒いところは青く表示されているアレである。

 流石にこの世界のものとなると画像の解像度も温度の表示の仕方も段違いである。海の中の生き物や、先ほど撃破した巨大兵器の残骸の熱まで捉えている。


『アリア、熱源探知は既に僕もやっている。だが本当にかすかな反応しかない。D.E.ディー・イーから届く警告の方を向いたら、すぐにいなくなるんだ』

「いいえ、奴はかならずこの交戦領域ダンスホールにいますことよ」

『何故そう言い切れる!?』


 ああめんどくせえなこのドSメガネは!

 と突き飛ばすとブンむくれるので、自分が落ち着くためにあえて答えることにする。


「いいですこと。このだだっ広いところで強襲は三種類。一つは味方の誰か。これは無しですわね」

『ああ。それはありえない。今いるお嬢様たちに、プラズマレーザーを装備している機体はいないからね』

「次に、サンディの姉のようなはるか上空、あるいは海中から。これもありえませんわ。何故なら、モニカもサンディも波動砲教会の船も、横から撃たれていますからね」


 そこまではサムも当たり前だと言わんばかりである。

 ただ海中に関して言えば、ひそかに銃口だけ覗かせて横から撃った、という事もあり得る。

 が、それだと空を飛んでいたはずのモニカやサンディが斜め下から撃ち抜かれないと辻褄が合わないのだ。



 カオン!



 説明の途中で、本日五回目のプラズマレーザー。

 アリアが思いっきり操縦桿を引き上げたので、プラズマレーザーは彼女の真下をくぐるように通過していった。


『狙われているぞアリア!』

「それはいつもの事ですわよ。そして最後の一つ。第三の刺客ですわね。おそらくは我々と同じくらいの大きさの機体。光学ステルスをお持ちの方がこの交戦領域ダンスホールにいますことよ」

『アリア。機体を透明にする光学迷彩と言えばアキバ製のものがある。けれど、大出力プラズマレーザーの発射直前まで覆い隠すものはないぞ。そんなのが発売されたら、お嬢様全員がこぞって買うはずだ』

「あら、やだわ教授。人知を遥かに超えたステルス設備。その心当たりはあるのではなくて?」

『! 【アトランティス】か!』


 地平に見える【アトランティス】が発見されたのは、その超技術による光学ステルス装置が故障したから、と言われている。

 島を覆いつくす光学迷彩があるならば、機体一つを覆い隠すそれが無いはずもない。


「皆様にこうお伝え願えるかしら。UNKNOWNが見えませんので、煙に巻きたいと。わたくしだけでもいいですが」

『……なるほど。君らしく強引だが、意図は理解したよ。協力願えるかやってみよう』


 サムがマイクに向かって吠えている。するとメインモニターに映っていたお嬢様たちが一斉に了承のサインを送ってくる。


「スモーク!」


 アリアがそう言うと、D.E.ディー・イーはグッとサムズアップを画面に表示。

 カコン、と腰部装甲スカートから音がする。

 やがてブシューっと巻かれるのはスモークだ。

 視界のいい場所で狙いを付けられないようにする。

 それは古今東西、このゲームの世界であっても煙が使われる。

 あっという間に拡散されたスモークは、雲のようにアリアの機体を覆った。


『アリア殿、加勢いたす』


 声が聞こえてきたのはシャルロッタ=宮本の声。彼女の【轟天八號ごうてんはちごう】もスモークをバラまく。


『アリア様! 私も!』


 聞こえてきたキンキン声。アリシアだ。常にビクビクと臆病な彼女が、意を決して身を危険にさらしている。

 多分、親友が撃破されたことに怒りに似たものを感じているのか。

 彼女たちを皮切りに、次々とお嬢様たちが煙をバラ撒き始めた。

 辺り一帯が煙に満たされる。

 そんな中、アリアはじっと待っていた。


「アリシア。他の方と一緒にスモークの外へ!」

『アリア様は!?』

「決まっていますでしょう。わたくしのモニカがやられたのです。お返しをするのですわ」


 アリアの【ダイナミックエントリー】が、煙の中央でショットランチャーを構え始める。

 動かずに、自分を的にするようにしてだ。

 

 ――こんなことがあるから、モニカに戦わせたかったのに。

 ――全く見えないコイツと戦うには、自分を囮にするしか方法はない。


 アリアはやってくる脅威を知っている。

 もうありえないとか、こんな時に出てくる奴ではないとか言っている場合ではない。

 こいつは背中を見せたらやられる。

 それを嫌と言うほど知っている。

 何故なら襲い掛かってくるそれは、キャラクターとしてのアリアが最後に乗る機体のだからだ。


『アリア! スモークをかき分けて進んでくる奴がいる! これは……GLなのか!?』

「ええ、


 視界不良の中で、プラズマレーザーを使う事はできない。

 一目散に逃げるお嬢様のなかで、これ見よがしに囮になって待つアリアを、こいつは狙わないわけがない。

 ならば接敵して、一気に近距離攻撃を仕掛けると言うのが道理というもの。


「来た。二時の方角!」


 サーモグラフィーには、ほかのGLよりは明らかに反応は薄いが、それでもくっきりと表示されていた。

 煙をかき分けるようにして進んでくる、貴婦人型汎用兵器ギガンティック・レディに似た何か。

 それは彼我が一キロを割った段階でレーザーブレードを展開。

 とんでもない長さのレーザーブレードだ。

 ただ避けただけなら最悪、手元の返しで即座に斬られる。


『来るぞ。ブレードの腕を狙うんだ!』

「もとよりそのつもりですわ」


 お嬢様はクソ度胸。

 自分でもよく言ったものだ。

 死にたくないのに、死地にいる。

 これを乗り越えるなら、心が折れた方が負けと言うのはよく知っている。

 集中力が度を超したのか、突然世界がゆっくりになるのを感じた。

 いわゆるゾーンというやつだろうか。

 アリアはただただ一点、向かってくる「それ」のレーザーブレードの根本だけを狙っている。

 来た。

 もうすぐそこにいる。

 レーザーブレードの間合いだ。

 振りぬかれる。

 その前に、撃つ。

 操縦桿のトリガーを引く。

 柔らかいタッチだ。

 その信号を受け取った機体が、ほぼ時間差無くショットランチャーのトリガーを引く。

 撃鉄がショットシェルの信管を叩き、撃発。

 ショットシェルは榴弾を孕みながら、銃口を飛び出る。

 アリアが正確に銃撃してきたのに驚いたのだろうか。

 向かってくる「それ」の手に、わずかに躊躇いが生まれる。

 ショットシェルから榴弾がバラまかれる。

 既に斬撃を中断した「それ」が身をよじろうとするが、時すでに遅し。

 拡散する榴弾が腕と、そして腰部装甲の一部にめり込み、爆発。

 ギギィ、と甲虫が上げるような、そんな悲鳴めいたものが聞こえた。

 時間が戻る。

 アリアが操縦桿を倒し、向かってくる「それ」と入れ替わるようにして通り過ぎると、即座に反転。


「このおクソめええええええ」


 本当はもっと汚い言葉なのだろうが、アリアの中の人の言葉はどういうわけかフィルターがかかり、お嬢様言葉になる。

 残り弾数がゼロになるまで引き金を引く。

 スモークの雲が晴れ渡るほどの弾幕。

 その全ては外れたが、襲い掛かってきた者のダメージは深刻らしい。

 ザザ、とスモークが晴れた場所、青空がいきなり歪んだ。

 やがて現れたのはやはり、GLに似た何か。

 全体的な装甲も、形もほぼ貴婦人のそれ。

 ただ頭部装甲だけは、どこか昆虫めいた――何だろうか、アリアの中の人の感覚からするとライダー的な、と言えばいいのだろうか。

 右の肩には、どの勢力のカタログにもない巨大な砲塔。

 おそらくはこれが、装甲船を一撃で粉砕して、アリアへと飛んできたモニカ機やサンディ機の腰部装甲スカートを撃ち抜いたのだろう。

 多分だが、彼女たちは常に動いていたからそれで済んだのかもしれない。

 止まっていたなら、コクピットを撃ち抜かれていた。

 それが理解できるから、アリアのこめかみにビキビキビキィ! と青筋が立つ。


「よくもそのおツラ、表に出せたものですね」

『……アリア? まるで知っているような言葉だけれど』


 ええい本当にめんどくさいなもう。あとで全部話しておこうか。

 そう、知っているも何も。

 自分は、コイツに乗りたくないが為に奔走していたのだ。


「いいえ、一向に存じませんが」

『……そ、そうか?』

「この方のお名前、まだ決まってませんですこと?」

『あ、ああ。三大勢力も学園も、未だにUNKNOWNアンノウンと呼んでいる』


 そうだろう、とアリアは思う。

 ゲームでもそうだった。

 公式のホームページも、流れてくるTwitterの宣伝でもそうあった。

 だがファンの間では、こう呼ばれている。

 伝説の存在【黒いお嬢様ブラックレディ】の影。あるいは、亡霊。

 ブラックレディ・ファントム。

 それが、ほとんどのストーリー展開で最終兵器の名前である。

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