第15話 高高度滞空戦術3Dプリンタープラットフォーム【濫觴(らんしょう)】④

 高度を取り、切り返して、真っ逆さまに落ちる。

 アリアの十八番、熱狂的急降下ギロチンダイブ

 この戦法を思いついたのは、多分自分の性格からなのだろうとアリアは思う。

 自分は浅はかで臆病なのだ。

 とにかく、降りかかる脅威は全て最速で片付けたい。

 せっかちにせっかちが重なって、ゲーム上で相手の手のひらで踊らされるその前に突撃する。

 すると、大抵の場合相手は自分のペースに巻き込まれる。

 速度を上げれば上げるほど、相手は驚き、次の一手を失うのだ。

 わかってる。

 こんなのは最初からなのだ。

 しかし、それを突き詰めたら生前は世界一位になっていた。

 だからこの世界でも同じのはず。

 できることを一つ、とにかくやるしかない。

 そう思ったのが間違いだったのかどうかは、出たところ勝負――。


【パイロットメンタル低下】


 速度が乗ったところで、D.E.ディー・イーが気遣うようにそう言った。

 今、まさにアリアは勝負を仕掛けている最中である。

 下でモニカやアリシアそしてサンディほか様々な勢力のお嬢様が、押し寄せる無人機達を撃ち落とす。

 一進一退の攻防。

 だがそれは、時間をかければかけるほど不利だ。

 なんせ相手は無尽蔵に特攻ドローンを生み出す3Dプリンターである。

 今も続々と口にあたる射出口から子供達を生み出している。

 あれは、何のために存在しているのだろうか。

 ただ生み出すだけの存在。しかも、広域を制圧するためだけの。

 ゲームだからそうなんだろうと思っていが。

 今の今、生を感じ、危機を感じたからこそのリアル感が、違和感を超えて嫌悪感になる。

 これはそう、虫を見た時と同じような嫌悪感。

 手段に特化したようなそのフォルム。

 相容れない存在だ。

 あまり深く考えたくないので、こう思うことにする。

 あれは、ぶっ壊していい。キモいから。


『速い。こんなスピードで突撃していたのか』


 背後につく【轟天八號ごうてんはちごう】のお嬢様、シャルロッタ=宮本が驚嘆していた。


『怖くないのかアリア殿。横のシスターなど、背を撃とうとしているのに躊躇しているほどだ』

『……イカれてる。そういう信仰でもあるのか』

「あら、お嬢様はクソ度胸でしてよ」


 そうこうしているうちに、【濫觴らんしょう】上空の脅威に気づいた。

 ボエエエ、と汽笛のような音が鳴り響くと、口から生み出される特攻ドローンの、その一部がこちらに向かってくる。


『くそ、気づかれたか!』

「このまま突撃いたしますわ」


 アリアがさらにスピードを上げる。

 エラーメッセージが鳴り響くが、いつもの事だとすぐに納まる。

 正面にはバラバラと殺到してくる特攻ドローンたち。

 そして、もう大地と見まがうばかりの【濫觴らんしょう】の背。

 今すぐにでも撤退したいが、こういう類の連中は背を見せた時点で負けだ。

 殺到する特攻ドローンたちの、密集地帯。

 そこへ、ショットランチャーを打ち込む。

 拡散した榴弾が特攻ドローンたちにめり込み、爆散。

 その合間を縫って、アリア機が落下していく。


『アリア。そこまで接近したらサーチができる。まずは――』

「まどろっこしいのは! いいっこなしですわ! 杭打ち傘パイルバンカーパラソル!」

【エレガントウエポン、レディ】

「お二とも、私の背に!」


 意をくみ取った【轟天八號ごうてんはちごう】と【ホーリービート】がバッとアリア機の背に並ぶ。

 やがてアリア機の多目的アームが伸びて、スカートに内蔵された杭打ち傘パイルバンカーパラソルを左腕に接続する。

 高負荷がかかり、その他すべての火器管制システムが停止。

 バッと広がった先端がビームバリアを形成。

 突っ込んでくる特攻ドローンたちを傘で防ぎながら突っ込んでいく。

 チラリと背後のモニターを見ると、既に二機ともエレガントウエポンを展開。

 【轟天八號ごうてんはちごう】は冗談のように巨大な対要塞用丸鋸カップソーサー。【ホーリービート】の手には、装甲列車をも脱線させるレーザー戦鎚7番アイアンが握られている。


『どうするつもりだアリア殿』

「決まっているでしょうぶっ壊すのですわ! わたくしの合図を待ってくださいまし!」

『いつだ!?』

「もうすぐ……今! ブレーキ!」


 彼我が詰まり、ブレーキ用ブースターを最大出力。

 急激に減速し始め、メインモニターには【激突注意ぶつかるぅうう】という悲鳴じみたエラーが出力されている。

 アリアは「気合い入れなさい!」と後頭部でシートを叩くと、「あいたァ!」とすぐ背後から声が聞こえてきた。


「左右翼を!」


 バッと離れていく【轟天八號ごうてんはちごう】と【ホーリービート】。

 小さな島のような【濫觴らんしょう】の背に、お嬢様が三人。

 それぞれが巨大な決戦兵器を構える。

 身をよじる事は無いが、悲鳴のような警笛を上げる【濫觴らんしょう】。

 防御用の特攻ドローンが生成される、その前に――!


「発射ァ!」


 ガチリ。

 勢いよくトリガーを引いた、その直後。

 閃光。

 そして、轟音。

 一瞬にして眼前が真っ白になるほどの、超火力。

 最初に地震が来たかのようにして、【濫觴らんしょう】の背が大きくたわんだ。

 続いてガリガリと音を立てて、ギャリィン! と振りぬかれた【轟天八號ごうてんはちごう】の対要塞用丸鋸カップソーサーが巨大なエイの右翼を両断。

 さらに、アリア機のそれと匹敵するような轟音が左翼から聞こえる。左を見ると、対列車用戦鎚7番アイアンを振りぬいた【ホーリービート】が既に離脱を始めている。その殴りつけただろう場所には大穴が開いていた。

 アリア機も脱出。

 やがて子エイの肝ともいえる火薬庫に引火したのか、至る所で爆発が起きている。あれだけ特攻ドローンを輩出していた口からは爆炎が上がり、高度を落としていく。

 最初は胴から。次に、翼が海へと落ちていく。

 その衝撃は凄まじく、軽い津波のようなものが起きている。

 だが生き残った船団へは届かなかったようだ。救助を待つボートは大きく揺れていたが、大事には至っていないらしい。

 歓声があがる。

 友軍登録していたお嬢様たちは全員無事らしい。

 モニカもアリシアも、そして撮れ高のために撃沈個所へ向かっているサンディも元気そうだ。

 こんな結末は迎えたことは無かった。

 たいていの場合、自滅しまくるお嬢様たちを回避しつつ接近して、僚機を囮に背後を取り壊すだけだったのに。

 だからこそ。

 アリアは今ハッキリと理解した。

 この世界は、自分の知っているストーリーラインとは全く別の世界。

 ならば、この後何が起こるか。

 お嬢様たちの任務は解けた。

 最終目標は既に撃沈している。

 ならば。

 この一堂に会して、互いに消費しつくしたお嬢様たちのとる行動は。


『素晴らしいぞアリア。目標の沈黙を確認』

「……」

『どうしたアリア。サンディ嬢の動画では君に喝采が――』

「サム。勝って兜の緒を締めよ、ですわよ」

『――? まさかアリア。こんな時にかい?』


 バカなとサムは首を振るが。

 それは、彼がバイトでも執事オペレーターだからだ。

 彼は、徹底的に合理的な状況判断が必要とされる。

 何故ならお嬢様たちはそれに囚われない動きをするからだ。

 故に、アリアは警戒を緩めない。

 唯一、彼女と接続しているD.E.ディー・イーだけがその意図を正確に把握している。


【決闘を仕掛けられると思います?】

「私に対しては、絶好の機会ですわね」


 これから始まるであろう、いわゆる序列の奪い合いおマウント取り

 先ほどは人類の危機が迫っていたから、全員猫を被っていた。

 が、今はアリーナのように観客がいると考えればどうだろう。

 今ここにいる中で、アリアが最も序列が高い。

 倒せばお嬢様としての名声は一気に上がる。

 そも彼女の序列を正式に奪うには、アリーナで勝ち進み順序を以て試合を申し込むのが筋である。

 だが偶然戦場で出会ったならば、その限りではない。


(わたくしが前に小鳥遊姉妹と戦っていたことは、何人かは知っていたはずですわ。こんなチャンスを逃すはずがありませんものね)


 知っているストーリーラインが崩れた今、警戒するべきは背を預け合った仲間とはなかなかに皮肉が効いている。

 アリア機がゆっくりと背を向けると、案の定【轟天八號ごうてんはちごう】と【ホーリービート】が決戦兵器エレガントウエポンを構えたままだ。

 どちらかがくるか。

 両方とも来るか。

 死にたくないのでケツを捲ってとんずらしたい。

 もうここからは全く知らない世界だ。

 今対峙しているお嬢様を何回もしばき倒したことがあってもだ。

 二機同時にかかられたら――


 

『お見事。お見事でございますアリア殿!』



 パァっと。シャルロッタ=宮本の表情が明るくなる。

 今までバチバチにガン飛ばしていたように見えたが、ただの緊張だったのか。


『まさか無事にアレを落とせるなどとは。戦いにおいて数は質を凌駕する。それを貴方は覆したことになる!』


 ものすんごい興奮している。

 というか自分の事を「拙者」って言うんだと初めて知ったような。

 確かにゲームだと古風な言い回しだった。

 アキバ勢はゴリゴリのサブカルお嬢様と古風な武人風お嬢様に分かれる。

 後者、つまりシャルロッタ=宮本のようなのは落ち着いているように見えて戦闘狂が多いので、仕掛けられるならこちらかと思っていたのに。


『是非とも、貴方に師事したいものだ。貴方が学園所属というのが、ここまで惜しいと思えるだなんて』

『フン、少しはやるみたいね異教徒』


 と、シスター・ロレッタが睨んだままそう言ったが、何故か殺気が感じられない。


『あの突撃に、信仰を見たわ。敬虔なそれに免じて、今は銃を納めてあげましょう』


 スン、と優しいシスター顔に戻るロレッタ。

 猫被っているレベルじゃねーなと思いつつ、ホッと安心する。

 こちらもまた仕掛けてくる可能性が高かったのに。


『お姉さま! アリアお姉さま流石です!』


 ブァーっと凄まじいバーニアの音。

 子エイを片付けたモニカ機が一気に近づいてくる音がする。

 モニターには興奮気味のモニカが映っている。

 ついさっきまでは殺意マシマシだったのにコロコロと変わる表情に、少しどころか半端ない狂気を感じる。


『……君の杞憂に終わったようだ。お嬢様たちも続々と武装を解いている。それどころか、君に恋文ラブメールがどっさり届いているよ』


 え、何それ聞いてない。

 ゲームだと「おどりゃ調子に乗んなやワレェ!」的なクソ手紙メールしか来なかったのに。


『はは、三大勢力からも特別ボーナスがすごい来てる。君、名を挙げたね。今までは問題児イリーガルだったのに。今や英雄ヒーロー扱いだ』


 まてまて。

 どういう事だってばよ。

 ああでも確か、そう。

 このミッションはしばらく後に発生して、荒ぶるお嬢様たちの乱闘騒ぎの中をかいくぐり、ゲーム主人公つまりモニカがあのマンタの化け物を倒し英雄扱いされる。

 それを、なし崩しとはいえアリアが倒してしまったということは。

 つまり


 

「……もしかしてこの世界、わたくしが主人公?」


 

 DLCでも来ない限りありえない話だ。

 しかし元の世界では、アリアの人気は有明の決戦場コミケで不動の一位。

 このジャンルに限って言えば、その半分は彼女の薄い本で占める。

 公式非公式問わず、人気投票では一位を獲得するほど。

 ならば、アリアの死んだ後に、


「い、嫌。わ、わたくしはモニカに全てを任せて、後ろから眺めたかっただけなのに……?」

『え、私の後ろにずっといてくれるんですか。そ、それってつまり……』


 ぽわわ、と顔が赤くなるモニカ。

 頬に両手を当てて、恍惚の表情になっている。

 アカンこれまた誤解させてもうたで。

 ベッドの中に潜り込んできたらどうしよう。

 いやまそれはそれで、いやいやダメだろ。

 アリアが頭を抱える。

 今撃たれたなら確実にやられるが、ほかのお嬢様もモニカほどでもないが、何やら好意的な目を向けてきていた。

 え、ハーレムになるってこと?

 それはそれでデュフフフ。

 いや、正気を保て自分。

 もしこの世界で主人公にでもなってしまったなら、命がいくつあっても足りない。

 たまたまこうなって、後々モニカが台頭してくれればいい。

 浅はかな夢ではあるのだけれども、頼む私が主人公とかホントにやめてくれ。

 アリアは祈るようにして、はたまた頭が痛いとばかりにうなだれた。





【警告! 警告! 熱源を感知!】





 ビー! っとアラートが鳴り響く。

 思いっきり油断していた中でのアラート。

 アリアも、そして他のお嬢様たちも意表を突かれた様で動揺していた。


「今度は何!?」



 カオン!!



 レールガンを超える、甲高い音が響く。

 どこかで聞いたことあるような音だと、アリアは眉根を上げる。


『やられた! アリア! 無事か!?』

「ええこちらは特に何も」

『波動砲教会の船一隻がやられた! なんだ今のレーザーは。どこから来た!? 熱源発生場所には何もない!』

 

 即座に戦闘モードに入る【ダイナミックエントリー】。

 アリア機が杭打ち傘パイルバンカーパラソルをしまい込み、ショットランチャーを構える。


(……! 残りの弾薬が少なすぎる!)


 つつ、と汗が流れる。

 レーダーには何も映っていない。

 未だ友軍設定されているお嬢様たちの機体のその全てのレーダーを共有しても、何もない。

 当然あの島、【アトランティス】からもだ。

 何故か心臓が早鐘を打った。

 アリアの中の人は、これを知っているような気がしてならない。

 だが、それは理論上と言うか、ゲームの演出上どう考えてもおかしい。

 不可視の間合いから、タンカーばりに巨大な武装船を一撃で沈めるレーザーを放つもの。

 それは知りうる限り一機しかいない。


【警告! 熱源を感知!】



 カオン!!



 再び音だけが響く。

 そして。


『きゃあ! お姉さまあああ!』

「モニカ? モニカ返事しなさい!!」


 視界を向けた先には、腰部装甲スカートを撃ち抜かれハラハラと海に落ちていくモニカ機が見えた。



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新着メールが届いています

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TITLE :より強いもの

SENDER:AAA

TEXT:

たしかに、有空の経験したゲームでは

モニカが主人公であった。


今はどう考えてもアリアが主人公だ。

そうすればあの巨大なエイが出てきたのも

頷けるだろう。


先にゲームとは接待であると言った。

装備や経験に応じ、

それより少し強い敵をあてがって、

プレイヤーに達成感を味合わせる。


ならば今襲い掛かってきたものは。

アリアより少し強い者ということになる。


この世界でハイランカーより強い者。

よく考えれば、自ずと答えは出るはずだ。

 

モニカを傷つけられた彼女は

感じたことの無い憤怒に駆られる。

正気を保つには

これを見ている貴方の応援が必要だ。

彼女を見守ってやってほしい。

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