第09話 ミサイルマギカ②
格納庫から飛び出てきたのはやはりGL。
艶やかな紫のカラーリングが特徴的。
その
頭部のレーダーは魔女のようなとんがり帽子。
控えめな
腕と武器が一体化した、武器腕というものだ。
武器ストレージが多いのか。
それとも、バーニアの出力が大きいのか。
軽装甲、高速かつ攻撃偏重の機体。
一度戦略にハマると手強い、そういう手合いだ。
『こんな荒っぽいヤツだなんて! じょ、冗談じゃ……あれー?』
アリアの機体と対峙したGLが、「あれー?」と首を傾げている。
ワザとらしい、あざとい反応。
配信用だというのはアリアもわかっている。
「ごきげんよう。貴方は確かアキバ所属の『ミサイルマギカ』でしたかね」
『げげっ! あ、アンタは学園の
うるっさ、と思わずアリアが耳を塞ぐ。
するとできる子
ようやく不快なく聞こえる声になった。
『何でここにハイランカーがいるんだよ! モニカはどうした!』
「所用ですわ。代わりに来ましたの」
『嘘つけ! ……あ、でもすっごいスパチャ飛んでくる。ありがとーみんな! アタシ頑張るから!』
いきなりファンに向けて話している相手に、イラッと来るアリア。
ゲームだと可愛かったのに、いざ対峙してみると舐められているとしか思えなかった。
『アリア。彼女はお嬢様であり、有名な配信者サンディ=小鳥遊だ。ミサイルが魔法のように当たるって定評のあるミドルランカーだよ』
「存じておりますわ。というか、本当に配信しているのですね」
『既に彼女のチャンネルが始まっている。君の姿が配信に映っているよ』
サムが画像を回してくる。
動画配信サイトらしいそこには、確かに自機の姿があった。
その右隅にはアキバ所属のお嬢様、サンディがぐぬぬと睨みつけている。
彼女のパイロットスーツは独特だった。
魔女っ子なのか魔法少女をイメージしているのか、フリルのついたスカートまではいている。
胸元に何故か羽の生えたブローチなのかカラータイマーなのかわからない飾り。
そこから慎ましいながらも無理して谷間を作った胸元が見える。
目のオッドアイも、ギザっ歯も何だか作り物に見えるのは気のせいだろうか。
サイドテールにまとめたドリル巻きだけが、辛うじてお嬢様としての伝統を表している。
「格好もうるさいですわね、このお方」
『配信で人を集めるためさ。アキバの連中はいいねの数も社会的地位の指標になる』
【ニンゲンって業が深いんっスね……】
何とも極端な話である。
自己承認欲求の形が、社会的地位に上り詰めているなどとは。
アキバ・クーロン電脳商会は強烈なステルス装備を施した航空居住区を根城とする秘密主義の団体。
特徴的なのは、エンタメ系のネットコンテンツやゲームのその殆どを掌握していることにある。
娯楽は基本アキバ製というのが、この世界の共通認識。
それはお嬢様のあり方にまで影響している。
慣れ果てというべき一例が彼女、サンディ=小鳥遊。
戦いながら動画配信をするという斬新なお嬢様だ。
『よぅし決めた。アンタと戦う方が撮れ高良さそーだ。さあ戦え
アリアは嘆息した。
わかっていたとしても、中々に呆れた動機だと。
モニカを罠に嵌めようとしたのも、撮れ高がいいから。
それで命まで狙われたらたまったモノではない。
全方位イカれたお嬢様だが、そもそもこの世界もネジが二、三本抜けている。今更であった。
「私もそのつもりでしたけど、そのお下品な言葉遣い何とかなりませんの? 貴方もお嬢様の端くれでしてよ」
『はぁ〜あ? そんなん学園で「ごきげんよう」だか「本日はお日柄よく」だかよろしくしてやがれ!』
「あらはしたない。信者にちやほやされて、何が大切かを見失ってしまったようですわね」
『アァ!?』
「我々は戦いの中に優雅さを求める者たちですことよ。単に人気が欲しいなら、もっと際どい服装なり何なりしてダラダラとゲームでもやっていればよろしいですわ。なのにあなたは人をハメて皆でせせら嗤うことを選んだ。まあなんて醜いんでしょうね。自己承認欲求ここに極まれりですわ。そのお顔、もう一度鏡で見てみる事をオススメいたしますわ。その方が撮れ高ありそうですわね〜!!」
世の配信者の何人かにグッサリ刺さる事を、忖度なくスラスラと罵倒に載せるアリア。
別にYouTuberが嫌いというわけでもないのだが、時々いる倫理ガン無視系に腹が立っていたことを、ここぞとばかりにサンディにぶつけてみた。
案の定ピックピクと青筋を立てるサンディ。
放送できない顔になっている。
『なんだァ……てめぇ……乳がデケェからって調子くれてんじゃあねーぞ』
「僻みも醜いですわね。何でも持ち味で勝負ですわよ」
『コロス!』
「できることならどうぞ」
ビッ、ビッ、と。
それが戦いのゴングだった。
ミサイルマギカが動く。
アリアも直ぐに反応。
けたたましいロックオンアラート。
尋常じゃない数のそれが、アリアのメインモニタに表示される。
『このロックオンの数! アリア、コンテナミサイルが来るぞ!』
サムが言うのと同時に、
シュポン!
とミサイルマギカから四角い何かが発射される。
それは腕部に接続されていた複数のコンテナ。
片腕に並んでいた一つだろう。
向かってはくるが、ダメージを与えるような速度でもない。
当たったとしても機体にちょっぴり傷がつく程度だ。
しかしアリアは即座に離脱。
一目散に、という表現がピッタリだった。
『んっふっふ、流石はハイランカー。よくぞ見破った! でも避けられるかな?』
その瞬間、射出されたコンテナの蓋がいきなりガガガガン! とパージされる。
バババババッ! っと中から出てきたのは無数のマイクロミサイルだった。
『いっけー! 撃ち落とせー!』
「くっ、コクピットから見ると凄い量ですわね!」
蜂の大群が標的を見つけたかのように、小さなミサイルたちがドッと押し寄せてきた。
アリアは激しく操縦桿を倒し、雷のようにジグザグと逃げる。
普通に飛んでくる弾丸ならば避けて終わりだが、ミサイル群はアリアをしっかりと追っていた。
そのふざけたキャラクターからは想像もできないような圧倒的弾幕。
アリアの中の人も、ゲームで初めて会敵したときは足も出なかった。
マイクロミサイル一発一発はそこまで威力はないが、数がとにかく多い。
被弾してのけ反って、次々にあたって動けなくなって、気が付いたころにはゲームオーバーだった。
だからこそ、モニカと変わる必要があった。
あれは初見殺し。
何回かトライしてようやく攻略法を見つける類のもの。
だが、この世界で再トライはないのだ。
モニカが対応できるかどうかは五分五分だ。
――彼女がいなくなると、この世界の物語はどうなってしまうのか。
下手をすると全く知らないストーリーへ突入して、アリアもその場勝負の戦いを常に強いられるかもしれない。
それだけは避けたい。
そんなことになったら到底精神が持たない。
モニカを護る事は、安寧につながるのだ!
【
「その提案は却下――いえ、一つ出してみなさい!」
そう言うと
唯一無二のミサイル対策。
これを積んでいるか積んでいないかで、ミサイル主体に戦う相手の難易度はだいぶ違う。
サムも
しかし【ダイナミックエントリー】を追いかけるマイクロミサイル群はそれを全て無視。
それどころかアドバルーンのようにふよふよ浮かぶ
『!?
思わずサムが身を乗り出していた。
ミサイルに
ありえないとサムは首を振る。
それこそ事前に細工でもしなければならないが、学園でそのような工作が行われることは考えにくい。
サムが焦る中、アリアはふふんと鼻歌を歌っていた。
予想通りと言わんばかりである。
『あり? 驚かない? ナンデ?』
「この程度で泣き叫ぶとでも思いまして? 舐められたもんですわね」
『ちょ、調子に乗んな! まだいっぱいあるもんね!』
再び【ミサイルマギカ】からコンテナが射出される。
やがてブワァァァと現れるマイクロミサイルの第二陣が、【ダイナミックエントリー】に殺到した。
だがアリアは狼狽えることはなかった。
ギュンギュンと飛び回りながらも、一定の間隔で背後を向いて銃撃。
今回【ダイナミックエントリー】が握っているのはショットグレネード。
散弾と榴弾を合わせたような武器だ。
ドコン!
重く、腹に響く銃撃音。
シェルに詰まった榴弾が、銃口を飛び出て一定時間を置いて炸裂。
広範囲に散らばった榴弾がミサイル群に当たると、次々に連鎖爆発を起こす。
射程は短いが、その面攻撃は絶大。
群がって飛んでくるモノにはテキメンに効いた。
『ショットグレネードで直接!?』
「
『脳筋の発想じゃねーか!』
『とはいえアリア、それは一発が重いぶん弾数が少ない。一方相手のミサイルは潤沢だ』
「解っておりますわ。だから、こう!」
ギュワッと宙返りして、アリアが急降下。
そして海面をスレスレに飛んだ。
『ハッハー! 海面に当てようったって無駄無駄無駄ァ! いいねえー撮れ高サイコーだ。アタシのミサイルに無様に逃げ回るハイランカー! スパチャめっちゃ入るウマウマ~!』
うざったい感じでサンディが笑う。
おそらくこれをするために、ミサイル偏重な
ミサイルたちは尚もアリアを追う。
何発かは曲がり切れず海水の中に落ちたが、まだ数としては危険な量が残っている。
アリアが念のため数度
たしかにそれは、知らない者からすれば魔法のように見える。
そして【ミサイルマギカ】の魔法を見破る前に、対峙したGLはマイクロミサイルたちに食い破られて粉々になるのだ。
「サム。何でミサイルが
『解析中だけど……妙だ。あのアキバ製のコンテナミサイル腕は昔からある。最近アップデートしたって噂もない』
「でしょうねえ。アリーナでも同様のものを遣う方はいらっしゃいますわ」
『君も一時期ハマってたからね。武器腕系は』
あ、そうなんだ。
そこらへんは知らないけど。
とりあえず「ですわね~」と取り繕って、コホンと咳ばらいをする。
「ならばこのミサイルの秘密は二つに一つですわ。知らないうちにミサイルを強化された。まあこれはありえませんわね」
『最新の情報が入ったら僕はすぐ情報を回しているからね』
「ではもう一つ。誰かが別に操っている、というのは考えられませんこと?」
『……なるほど
『げ!』
メインモニタの端っこに映る配信画像。
そこに映るサンディの顔にブワッと汗が吹き出ていた。
どうやら当たりのようだ。
というよりも、知っていたというのが正しいがそれは黙っておく。
知らなくても単純な話だ。
自動追尾しているなら目くらましも効くだろう。
だがミサイルが
例えば、サムの言った通り誰かがミサイルに指示をしていたなら。
アリアの機体に密かにレーザーマーカーを照射し続ける何かがいたならば、この魔法のようなミサイルの理由が付く。
念のため、海を走りながらレーダーを展開していたが、サムは何も言わなかった。
イレギュラーなし。
ならば、これは経験した通りの展開になるはず。
「レーダーの分析高度を上げてくださいまし!」
『僕も上だと、そう思ったよ!』
ガタガタガタ、とコンソールを叩く音が無線に乗る。
やがて情報として現れたのは、はるか上空に浮かぶ何か。
ワイヤーフレームで構築された人型のそれは、アリアに向かって巨大なライフルのようなものを向けている!
「いた!」
『や、やび! バレた!? なんでェ!?』
アリアがギュン! と空へと昇る。
無数のミサイルがそれを追いかける。
『アリア、上空から電磁的反応! 大口径のスナイパーライフル、いや
サムが言うのとほぼ同時。
空がキラリと光り、雲が裂けた。
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