第08話 ミサイルマギカ①

「姐さん、新人の依頼取るってどうなんすかね?」


 アリアの愛機【ダイナミックエントリー】のコクピット内。

 シートに座るアリアの目の前を、ふわ~っと浮かぶバレーボール大の球体がある。

 その半分は黒いディスプレイで覆われていて、中にはドット表示されたアスキーアートのような顔が表示されていた。

 じとーっとアリアを眺めている。

 呆れたと、そう言わんばかりだ。


「サム教授も呆れてたじゃないスか。そのうち噂になっちまいますよ」

D.E.ディー・イー、貴方って学園の評判までチェックしていますこと?」

「格納庫の中にいるのは暇なんで。時々抜け出しては他の連中と話してますよ」

「連中って、貴方みたいなAIたちのことをおっしゃってますの!?」

「そっスよ。まーほら、井戸端会議っつーか、世間話みたいなモンですよ」


 そう言う球体はニパっと笑顔を表示させると、アリアの周囲をふよふよと漂い続ける。

 この球体こそ、アリアがD.E.ディー・イーと名付けたもの。

 GLの魂と言うべき、総合管制AIの本体である。

 彼――厳密に言うと性別はないのだが、便宜上彼と呼ぶ――は本来シートの裏、アリアの後頭部の辺りにスッポリと納まっている。

 ここからアリアの脳と繋がり、人機一体と化す重要な役割を持っていた。

 戦闘時は実に機械的なアナウンスとログ表示をするだけだが、このD.E.ディー・イーというAIは妙におしゃべり好きの性格らしい。


「そんな噂集めて何になりますの?」

「情報は大切っス。身を助けることもありますからね」

「身を助けるって貴方」

機械ウチだって壊れたか無いっスから。姐さんを助けるっつーことは生き延びることなんで。ウチは耐用年数の倍生きるのが夢っス」


 前向きなのか達観しているのかわからないが、悲観的でないのは好感が持てる。

 彼もまた、生き残りに必死だということなのだろうか。


「そも姐さんの場合は特別っスからね。転生者、ですものね」

「あっ! この!」

「心配しなくていいっスよ。ウチらの会話は基本フィルターかけてますんで。サム教授には聞こえてないっス」


 ケタケタと笑うD.E.ディー・イー

 そう、彼にだけは自分の正体を明かしている。

 バレた、というのが正しいのかもしれない。

 彼は戦いのたびに、アリアと接続する。

 最初の時、シートに座った途端「ン!?」という声と共に、コクピットがエラー表示で真っ赤に染まった。

 難しい言葉が並んだが、要するに「体は一致してるが精神が一致していない。偽者か?」との事。

 機密保持の為に自爆するしかないじゃんと、泣きながらコクピットを跳ね回る彼を必死で捕まえ、説得。

 その際に自分のことを話さざるを得なかったというわけだ。

 ものすんごい怪しまれたが、接続して文字通り体の隅から隅まで調べられて、


「前より同期率も操縦の腕もグッと上がってるし、本人っちゃ本人だからいーか」


 と納得されて、今ここである。

 話が分かると言えばいいのか。

 それとも、合理的の果てというべきなのか。

 彼は彼で生きたいし、生き残れるなら何でもする。

 規定には則るけど、グレーで有用なイレギュラーには都合よく合わせるらしい。

 流石はお嬢様に特化した戦闘用AI。

 数秒あるいはコンマ零秒以下で生死を分かつ場所に身を置くからこその柔軟な判断だ。

 疑似的とはいえ人格があり、ことD.E.ディー・イーがアリアに興味を持ったからこそでもある。


「しっかし転生者ねー。嘘くせ〜」

「嘘じゃありませんわ!」

「まあでも同期した時みた記憶の映像はマジで別世界だったんで。信じますよ」


 そこは恥ずかしかったが、仕方ない。

 基本的に個人的な記憶は見ないらしいが、無実の証明には確認する必要があったとか。

 因みにゲーム『ギガンティック・レディ』についての記憶はノイズがあって見れなかったとの事。

 D.E.ディー・イーが見たのは、真っ黒な画面にがなりながらコントローラーを動かすアリアの中の人の姿。

 完全にホラーで怖かったそうだが、それはこちらの台詞だとアリアは思った。


「転生者って姐さんみたいに高スペックなんスか?」

「さぁ……今のところわたくしだけですし。やっぱり気になります?」

「そこまでは」

「そ、そうなんですの」

「ウチ的には姐さんがバージョンアップパッチをインストールして問題なく動いてるって認識なので。実際べらぼうに強くなったんで安心してます。それに」

「それに?」

「優しくしてくれるんで嬉しいっスね。前はこんな口調、許してくれなかったっスから」


 えへへ、とディスプレイに照れ笑いを表示させるD.E.ディー・イー

 なんだこいつ。

 可愛いじゃないか。

 アリアはボール状の相棒をわしっと掴むと、胸元でわちゃーっとこねくり回した。

 キャーとぐるんぐるん回るD.E.ディー・イー

 これが貴婦人型汎用兵器ギガンティック・レディのその中枢を担うものだとは到底思えない。

 ただこういった触れ合いや会話が、戦闘を延々と続けるための最適化された手段だとしたらどうだろうか。

 彼の支えがいるから、戦えるのだとしたら。

 彼のちょっとした言葉に勇気づけられるのだとしたら。

 これ程までに、人間を戦闘へ駆り立てる兵器はない。

 

 ――が、そこも考えようかとアリアは思った。

 

 生前だってブラックに片足突っ込んだ会社は滅私奉公を強いて金は出さんという、昭和の古臭いやりがい搾取を強いてきた。

 その上反論しようものなら死ねと言わんばかりの暴言を吐かれ、一度落ちたら中々這い上がれない日本社会において死に等しい解雇という首吊り縄をチラつかせる。

 いや、それならまだいい。

 場合によっては法的措置を取ると鞭を振るう。

 ほぼ奴隷扱いだ。

 生前の日本はどこもそんな感じ。

 イカれている。

 それを考えたなら、まだマシ。

 お嬢様であることは逃れられないが、ある程度好きに生きて死ねる。死にたかないけど。

 ならまあ、コイツの言葉に踊ってみるのもいいか。

 コイツも死にたく無いんだし、自分も死にたくない。

 利害は一致している。

 中々ドライになったな自分。

 そう思ったところで、メインモニタにウィンドウが開いた。サムだ。


『おーいアリア。そろそろ団らんは終わりだよ。D.E.ディー・イーも配置についてくれ』

「へーい」


 間延びした、なんとも緊張感のない返事をするD.E.ディー・イー

 重力が云々という謎の力でふよ〜っと浮くと、そのままシートの裏に潜り込み、ガチリと接続。


接続開始おじゃまします


 アリアがシートに体を預けると、一瞬浮遊感を感じ、また戻る。

 接続は一瞬だが、その時宙に放り出されたような感覚になる。

 D.E.ディー・イー曰く「魂が一瞬出てるんスよ」とのこと。

 なるほど、わからん。


【アー、テステス。接続完了。システムオールグリーン】

『接続了解だ。さてアリア。君が譲渡された依頼だが、中々興味深い』


 サムがクイ、とメガネの蔓を上げる。

 メガネが光を反射して一瞬白く光る。マジでこうなるんだとアリアはいつも感心していた。


『場所は【アトランティス】から数海里離れた洋上基地。うっすら大陸が見えるはずだよ』

「いつものお約束の戦場ですわね」

『三大勢力が大陸の周りでナワバリ戦をしているからね。で、アキバ・クーロン電脳商会が所持していたけど、今は放棄されてる』

「大陸からの無人機は?」

『安心してくれ、射程外だ』


 ホッと一安心。

 無人機、特に特攻兵器達がいるといないとでは大違いである。

 かの大陸【アトランティス】は無人機の巣みたいなもの。

 回遊する魚の如く、時折特攻ドローンが群れを成して襲いかかってくることがあるのだ。


『こういった場所はよからぬ連中が使うことが多いからね。本当なら近づいて欲しくはないな』

「例えばどこかのお嬢様が買い取って、ライバルを蹴落とす処刑場にすることも?」

『想像力豊かだ、と笑うことはできない推理だ。むしろいい線をいっていると思う』


 サムは上機嫌に答えた。


『君たちお嬢様は学園だけでも数百、各勢力に肩入れした者も含めれば五百名ほど。中にはそういうのもいるだろう。売り出し中のモニカ嬢が嫉妬を買うことも、まあ……あるか』

「モニカの活躍は目覚ましいものがありますからね」

『半分くらいはハイランカーである君に見初められた、が大きいけど』

「うっ」


 ちょっと気にしているところをズバッと言われた。

 肩入れしすぎたかなと後悔したことも無くはない。

 懐きすぎてクソデカ感情をストレートにぶつけてくるのもちょっと怖い。

 けど可愛いからなー。

 可愛いは全部が許されるんだよなー。


『ともすれば、なるほど。君が出たのも納得だ。責任を感じたのかな?』

「ええ、まあ」

『変わったな、君は』


 と、イケメンメガネは微笑む。

 おいやめろ推してまうやろ。

 心の中で眼福眼福デュフフと思っていると、同期しているD.E.ディー・イーは【姐さん……】とテキストログの端っこで嘆いていた。


『それではお嬢様。プライマリ武装は?』

「ショットグレネード。拡散率が大きいのを」

『了解。帽子はそのままでいいかな?』

「ええこのまま広域を見れるものを。無人機が飛んでくるかもですから」

『セカンダリ装備はどうする?』

「使い捨ての連装式ミサイルランチャーをお願いしますわ」

『エレガントウエポンはお気に入りでいいかな?』

「ええ、傘をお願い」


 ガチャン、ガチャンと音がする。

 サムの操縦するGL用輸送機【ヒポグリフ】は、ティルトローター機に簡易格納庫を抱えたようなフォルムだ。

 アリアの中の人の感覚でいうなら、でっけーオスプレイの腹にでっけーコンテナがくっついている感じ。

 ある程度の武装を持ち出して、戦場直前で付け替えることができる便利な機体だ。


『間も無くパーティー会場だよ。君の言う待ち伏せがあるのかは知らないけど、優雅に踊ってくれ』


 口角を上げて、アリアは操縦桿を握る。

 

GL出撃いってきまーす


 ウィンドウにそう表示された瞬間、格納庫のコンテナの真下がガバッと観音開きで開き、【ダイナミックエントリー】を掴んでいたアームがパッと外れる。

 いつ見ても「これバラエティ番組で見たような?」という感想しか出てこないが、かなり素早く出撃できるのでアリアは気に入っていたりする。

 眼下に広がるのは海と、そして洋上にデーンと広がる基地。

 この前の環境保護団体だが何だかが見たら卒倒するかもしれない。

 確かに放棄されていた基地、というだけあって戦いの跡はある。

 が、よーく見てみると不自然に綺麗なコンテナ群や、「今入ってまーす」と言わんばかりの不自然な格納庫がある。


D.E.ディー・イー。あそこに連装式ミサイルランチャーを全弾発射」

【いきなりぶっ放すんです? サーチは?】

「あなた、地面の中の虫を燻り出す時のやり方はご存知?」

【地面の中の虫を見た事ないっス】


 これだから未来っ子は。

 嘆息しつつ、アリアは胸元のコンソールを叩き補正値を入力。

 ロックオンカーソルは全て格納庫を指していた。


「正解は煙と火ですわ。それ!」


 ガチり、とトリガーを引く。


 バシュバシュバシュバシュバシュバシュ!


 連装式ミサイルランチャーがいきなり全弾を発射した。

 ミサイルは一度高度をグイーッと上げて、反転。

 降り注ぐようにして不自然な格納庫へ向かう。


『のぉあ! マジかよ!! イカれてんのかテメー!!』


 キンキンとした、だがどこか媚びっ媚びの声が聞こえてきた。

 なんだかVtuberみたいな声だな、と思った矢先。

 不自然な格納庫からドバーンと、扉を破壊して出てくるものがいる。

 それはアリア予想通りの、待ち伏せGLであった。

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