第10話 霞飛燕&ミサイルマギカ①
バチバチバチ
と音がして、
ギュワッ!
という独特の擦過音。
アリアがとっさに軌道を替えなければ撃ち抜かれていた。
『これはレールガンだな? GL用にしては大型だ』
ひと月前にアリアが破壊した戦艦の主砲と原理は同じものである。
火薬を使わず電磁力のみで弾丸を飛ばす兵器。
一昔前までは創作の中だけのおとぎ話だったが、アリアの中の人の世界では洒落にならない話になってきていた。
ただGLのような十メートル程度の人型兵器に搭載できるかつ、高速で飛び回る相手に効果的なダメージを与えるものができている、などというのはやはり夢物語。
それを実現できるのは、地平の先にうっすらと見える【アトランティス】から持ち帰った技術によるもの、だからだろうか。
科学のちからってすげー。
古代の科学力は世界一ィィィってか。
それはいいとして、だ。
現実として、今自分の飛ぶ先にそれを構えるスナイパー型のGLがいる。
しかも背中には無数のミサイルが迫っていると来た。
なかなかのピンチである。
ただ、ここまでは知っている展開。まだ大丈夫だ。
『アリア。スナイパーを発見したとはいえ、ここからが辛いぞ』
「問題ありませんわ。わたくしを誰だと思っていますの?」
『……こちらアキバ所属【
古風な言葉遣いだった。
相互通信を受領すると、堂々と顔を出したのは黒髪の美人。
長い髪をポニーテールでまとめた、抜き身の刀のように美しいお嬢様だった。
雰囲気は全く違うが、そのオッドアイは確かにサンディ=小鳥遊と同じである。
『スナイパーなのに正々堂々と名乗りを上げるとはね。アリア、彼女もミドルランカーのお嬢様だよ』
知っている。
彼女には何度も辛酸を舐めさせられたのだから。
妹のようにキンキン声で舐めくさった態度ならゲームを投げた。
が、こうも堂々と名のられるとこちらも「いざ尋常に」となるのが不思議である。
「ごきげんよう。妹さんとは違ってとても落ち着いていらっしゃるのですね。そちらの方が人気が出るのでは?」
『我は配信は苦手だ。ああいうのは全て妹に譲ることにしている』
だからこんな戦略をとっているのかと納得する。
彼女との戦闘は頭に血が登ってほぼメッセージをスキップしていた。
最初の頃はたしかにそんなことを言っていたなと今頃になって思い出す。
『天晴れと言いたいところだが。秘密を知られたからには生かしてはおけない』
ギュワッ!!
凄まじい擦過音だ。
アリアのいた場所に、真っ赤な線が貫く。
そのまま背後のミサイル群の何個かを貫き、爆発。
誘爆の爆風が背後からビリビリと【ダイナミックエントリー】を揺らす。
チラリと背後の映像を見てみると、ミサイル群は未だ健在。
おそらくは、【ミサイルマギカ】からダメ押しとばかりに放たれた第三陣だろう。
『おねいちゃん!』
『心配するな。それよりちゃんと配信は切ったか?』
『う、うん……
『ならいい』
なんとなく、無線から姉妹愛を感じる。
いいな、あれ。
私もやる。
モニカとやる。
ちょっと今の彼女は重いが。
それでもカワイイからいいのだ。
だから、ここで負けるわけにはいかない。
「何を呑気にお話していますの? 外してますわよ」
『……次は当てる!』
アリアがブースターの出力を上げる。
それは逆さまの
レールガンへ真っすぐ向かうという狂気。
アリアの中の人は戦いとなるとねじが外れる。
それが当時の掲示板で言われていたこと。
無謀すぎるとよく言われていた。
が、実際に戦った経験のある人種からすると利に適っているという。
何故なら、こうすることで相手の選択肢が狭まるからだ。
もう【
アリアが迫れば迫るほど、そのプレッシャーは増大する。
狙うという精密な動作に対して、これ程効果的な圧は無い。
彼我が詰まる。
見えてきた。
群青色に染まったGLだ。
頭部装甲はアリアの【ダイナミックエントリー】よりもかなり大きめの
腕部もやや細めで、装甲板の代わりに極太のケーブルがむき出しになっている。
おそらくは遠距離用に微細な動きができるようになっているのだろう。
握るスナイパーカノンはかなり大型。
GLの両腕で支えているあたり、相当な重さだろう。
肉厚な銃身の、その下にはレーザーサイトのようなもの。
これがミサイルを誘導していたレーザートラッカーだろう。
いわゆるタンク型というもの。
腰が大きく装甲が厚い分、大きな武装を運用することに特化していた。
近づかれたら終わりだが、近づかれる前にやる。
姉妹揃って尖った機体である。
多分次が、最後の一撃。
アリアは操縦桿から殺気を感じ取る。
ギュワン!
スナイパーカノンが発射される。
しかし、アリアはそれをも予測。
【ダイナミックエントリー】は身をひねり、くるりと回ってショットランチャーを伸ばす。
射程圏内!
「さぁどうしますの? この距離。貴方の――」
これで決まった。
サムも、
しかし、ウィンドウに映るスナイパーは不敵に笑う。
『
不意に。
【
ブワリと。
左腕から、光が伸び上がった。
『レーザーブレード!? まずい、アリア!』
【警告:近接武器展開を確認】
これもまた、考えれば当然のコト。
スナイパーは接近されたら終わり。
ならその備えをするのはあたりまえだ。
GL用のレーザーブレードは銃火器に比べて射程距離は短い。
だが、相手が飛び込んでくるのならばその問題は解消される。
当たれば相当なダメージ。
腕でも切り飛ばせば戦闘力は著しく低下する。
その上、アリアは今背後にマイクロミサイルの群れが迫っている。
隙を生じぬ二段構えというやつだ。
――斬り飛ばして。
――離脱して。
――マイクロミサイルの爆発から逃れる。
ナオミ=小鳥遊の頭にはその勝利の図式がありありと浮かんでいたはずだ。
だが。
もう詰みだと思った相手――アリア=B=三千世界ヶ原は不敵に笑う。
「……でしょうね。読んでいましてよ」
『何!?』
突如として、【ダイナミックエントリー】が宙返り。
【
『なん、だ、これは!?』
アリアがいた場所。
そこには丸い、風船のような物体が浮かんでいる。
GLの頭部ほどのそれは、なにやらチカチカと光を放っていた。
まるで、魚を集める漁火のよう。
あるいは、虫を集める誘蛾灯というべきか。
『
「貴方、もうミサイルを誘導していないのでしょう?」
誘導がなければ、アリアの背後に迫っていたミサイルはすべて、ここに集まる。
レーザーブレードを振り抜く関係で、【
と、いうことは。
『しまっ……』
ミサイルが殺到。
アリアと入れ替わるように、ミサイルが次々と【
次々と、花火が上がるように小爆発が始まる。
一発ならば装甲が剥がれる程度だ。
しかしそれが集まったなら、ひとたまりもない。
『おねいちゃん!』
『くっ! 無念!』
ヒュポン、と。
爆発の煙から出てきたのは脱出ポット。
楕円形のそれは、そのままコクピットの形なのだろう。
『よ、よくもおねいちゃんを。許さない!』
「はいストップ、ですわ」
アリアが脱出ポットを追いかけて並走する。
武装しているGLがピタリと横につく。
それは、銃口を突きつけていることに等しい。
ウィンドウに映る配信者は悲鳴を上げていた。
「ミサイル一発でも撃ってみなさい? お姉様、巻き添えですわよ」
『お、お前! 脱出ポットを盾にする気かよ!』
「わたくしも撮れ高を理由にかわいい後輩を殺されそうになりましたの。加えて二人がかりの罠。おあいこではございませんこと?」
アリアの暴挙に、ウィンドウ越しのサムは卒倒しかけていた。
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