第16話 源流主義者

「これは……」


紗夜が神社に近づくと、あたりの気温はどんどん低くなっていた。

異変のもとが近づいている……紗夜は少し慎重にあたりを観察しながら、鳥居をくぐった。

最初に目に入った異変は神社の中にあったお地蔵さまたちだった。

どれもこれも無残に首をもがれている。


「いったい誰がこんなことを」


紗夜はお地蔵様の破片を拾って、できる限り元の形に近づける。

しかし、その程度で修復できそうな壊れ方ではなかった。

見渡す限りほとんどのお地蔵さまが壊されている。

これって、結構まずいことなんじゃ……


(紗夜! 後ろ!)

「っ!!」


考え込んでいた紗夜にキラヌイが叫ぶ。同時に振り返ると下級怪異が飛び掛かってきていた。

「あっぶない!」

とっさに腹部を蹴り上げ、吹っ飛ばす。

現世に当たり前のように怪異が出現している。

結界が壊れかけているんだわ。


(さっきよりも異界化がすすんでるみたい。気を付けて、紗夜)

「ありがとうキラヌイ」


そう教えてくれたキラヌイに感謝しつつも、紗夜はふと足を止めた。

さっきよりも、進んでいる?

私がここに向かってくる途中に誰かとすれ違ったりはしなかった。それに、ここへ来るにはほとんど一本道の山道を辿る他ない……


「キラヌイ……気を付けて。まだ、きっと、犯人がここにいる!」


紗夜は一気に気を張り詰め、あたりに警戒を巡らせた。

下級怪異の気配はいくつか感じる、でも、ほかに妙な気配は……


「妙な気配はない? ならよかった。そのまま帰っていいよー」

「っ!?」


突然真後ろから声がした。慌てて振り返ると、そこには一見どこにでもいそうな、ジャージ姿の若い男性が立っていた。

気配を全く感じなかった。あれだけ警戒していたのに……


ジャージの男は紗夜の目を見ると、微笑んで片手をあげた。

「やっほー学生さん。こんな時間にお外を出歩いちゃ危ないよ?」

一見何の敵意も感じない、気のいい男性に見える。しかし状況から見て、彼がこの異変の原因なのは間違いない。


「あなたは、誰ですか」


緊張しながら紗夜はそう尋ねた。

しかし、男は呑気に笑って「さぁ、誰だろうねぇ」とはぐらかす。

悪人、なのだろうか。それとも、何か理由が?

考えがまとまらない様子の紗夜を見て男はニコニコと笑う。


「若いっていいね。君の感情の揺れが見て取れる。からかい甲斐があっていい」

「え……?」


目の前から男の姿が消える。

(紗夜!)

キラヌイの声とともに目の前に男が現れ、拳が腹部に食い込んだ。


「ぐ……」


うめき声とともに、紗夜の体が後方に吹っ飛ばされる。

(油断しちゃダメだよ!)

「やっぱり……悪い人みたいだね!」

紗夜は苦しそうにおなかをさすりながら体勢を整える。


「はは、そうかもね」


男はそれでも笑みを崩さずに世間話でもするかのような顔でそう言った。

しかし、見れば見るほどこの男、隙が無い。


「何者かわからないけど……とりあえずぶっ飛ばしてから考えるよ!」


紗夜はそう言って、前方に飛ぶ。

そして両手に炎の球を作り出し、一つずつ男に向かって投げつけた。


「おっと」


男はそれを首を傾け避けるが……


「いくよキラヌイ!」

二つの火球は男の後方で衝突し、爆発を引き起こした。

「狐火烈火!」

シラヌイの使ったものほどの威力ではないものの、男を巻き込み、大爆発が起きる。


「やったかな?」

(紗夜、それは負けフラグって言うんだよ)

「そうだよね、この程度でやられるほど……弱くないよねっ!」


紗夜はそう言って、振り返りざまに回し蹴りを放つ。

「おや。よくわかったね」

紗夜の蹴りが男の拳を受け止め、はじき返す。

男は楽しそうに笑った。


「なぜだかあなたの気配は全然感じないけど、それでも姿が消えてるわけじゃないからね」

そう言って、紗夜は男の後ろを指さした。

そこにはいつの間に放ったのか、明るい光を放つ火の玉が浮いていた。

「なるほど、影か」

男は感心したように頷いた。


「いいね、君。やはりその力、欲しい」

「私の、力?」

「ああ、そうだよ。世渡り上手のお嬢さん」


この男、世渡りのことを知っている……? どうして?

男の言葉で一瞬紗夜に動揺が生まれる。

そして、その隙を見逃す男ではなかった。


(紗夜!)

「はっ!」


一瞬反応が遅れ、男の右腕紗夜の首を掴む。

「もらうよ、その力」

男はそう言って左腕を振り上げた。

「ぐ……」


その時だ。

「させませんわ!」

馴染みのある声とともに、男が何者かに蹴り飛ばされる。


「大丈夫ですか! 紗夜さん!」

「は、春香ちゃん、どうして」

「あれだけ大きな爆発が起きたら心配にもなりますわよ」


紗夜を助けたのは春香だった。まだ少し顔は赤いが、どうやら動ける程度には回復したようだった。


「あーあ、邪魔されちゃったなぁ」


男は堪えた様子もなく、立ち上がってこちらを見た。

そんな男を春香は鋭い目で睨む。


「あなた、源流主義者の柿原優一郎ですわね」

「おや、知っているのかい?」

「国防軍に指名手配されているご身分でよくもまぁ抜け抜けと」

「ははっ。 おかげでコンビニに行くのもドキドキなんだよ?」


紗夜は小さな声で春香に尋ねる。


「源流主義者ってなぁに?」

「この世界をもとの姿に、一つに戻そうと画策する集団ですわ。国防軍のA級討伐対象組織ですわね」


この世界を、一つに……

紗夜の脳裏にあのおどろおどろしい裏の世界の記憶がよみがえる。


「もしかして結構やばい組織なんじゃ」

「その通りですわ」


目の前でジャージのポッケに手を突っ込んでいる男、柿原をもう一度見る。

さっきまでどこにでもいるような青年に見えていたその姿が、ずいぶんと禍々しく思えた。


「お話は終わった?」


柿原はそういうと、紗夜と春香を視界にとらえ、構えをとった。

「実は僕も忙しくてさ。そろそろ次の現場に行かなきゃなんだよね。だからさ……」

再び男の姿が消え、目の前に現れる。


「そろそろやられてもらうよ!」


男が蹴りを二人に向かって放つ。

しかし……


「お断りですわ!」

「お断りだよ!」


二人は同時に男の足を掌底とムーンサルとではじき返した。

春香はぽきぽきと指を鳴らすと、戦闘態勢をとった。


「さあ、反撃ですわよ!」

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