第14話 狐と炎と反省会

「さあ、行くぞ春香」


紗夜は毅然した態度で鎧武者へと向き合った。

「鎧武者か。この妖気、まだ隠れているな」

そう言って紗夜はいくつかの炎弾をあたりに放つ。


「オオオオオ……!」


鈍い悲鳴と共にあたりから鎧武者が4体ほど出てきた。

「ふむ、全部で5体か。朝日春香、手分けして倒すぞ。私は今出てきた4体を倒す。君は目の前のを頼む」

ことも無げに言う紗夜に、春香は目を剥いて叫んだ。


「何を無茶なこと言ってるの! さっきあいつにやられたのを忘れたの!?」


しかし、紗夜の態度は依然として落ち着いたものだった。

「心配するな。あの程度の怪異に私は殺せん」

「でも……」

なおも食い下がる春香の頭をポンポンと叩き、紗夜はふわりと空中は浮かび上がった。


「大丈夫だ春香。私は強い」


紗夜は右の手に青い炎を、そして左の手に赤い炎を浮かべる。

そして、その二つを合わせ2色の混ざり合った火球を作り出し、5体の鎧武者の中央へ放った。


「狐火烈火」


紗夜の言葉と同時に火球は爆発を起こし、鎧武者を吸い込んだ。

それほどの爆発を起こしながら、辺りの木々には火の粉の一つも燃え移ってはいない。

爆発が消えるとカラン……と乾いた音と共に金属片だけがその場に落ちていた。

それを見て紗夜は少し困ったような顔をした。


「しまったな。勢いあまって全部倒してしまった」


そういうと、ふらりと体を揺らして、紗夜はその場に倒れこんだ。

「少し力を使いすぎた、春香」

「は、はい」

「私は眠る。紗夜を頼んだぞ」

「は、はい!」

紗夜はそういうと、目を閉じた。少しだけ心配したが、紗夜からはスー……という安らかな寝息が聞こえてきた。


「今のはなんだ?」


後ろから声をかけてきたのはさっきまで観戦に徹していた雷月だった。

「何か知っているのか? 今のは明らかに式神術の範疇を超えた力だったが」

「いえ、正直私も良くは知らなくて」

「ふむ、そうか……」

少しだけ考えるような素振りを見せる雷月だったが、すぐに踵を返した。


「今日の修行はここまでだ。そいつを連れて山を下りるぞ」



***



目を覚ますと、見慣れない天井だった。

一拍遅れて思い出す。ここは合宿中に泊まることになっている宿だ。

そうか、私、あのまま気を失っちゃったんだ。


紗夜が覚えていたのは、鎧武者に体を掴まれたところまでだった。

そのあとのことは全く記憶に残っていなかった。


「紗夜さん!」

「目覚めたか」


春香と雷月の声だった。

上半身を起こそうとすると、鈍い痛みが走った。

それを見て雷月が「まだ起きないほうがいい」といさめた。


「さて、宵闇も目が覚めたことだし反省会を始めようか」


雷月は二人を見て話し始めた。

「まずは朝日、お前だな。お前の能力のことは父親から聞いているが、それにしても戦い方がお粗末なんじゃないか? 本来ならお前ひとりで今日の相手は全員倒せていてもおかしくなかった」

「……わかっておりますわ」

「何も考えずに戦いに臨むやつはただの馬鹿だが、考えすぎるのはただの愚鈍だ」


春香は珍しく、雷月の言葉に肩を落としていた。

紗夜には何の話をしているのかほとんど分からなかったが、春香の暗い顔を見るのは初めてだった。


「お前はその気になれば誰よりも強い。その気になれずに死にたいなら、話は別だがな」


雷月はそういうと、紗夜の方を見た。

その鋭い視線に自然と身を固くする。


「ふむ……次はお前だが……お前はなんなんだ? 強くなったり弱くなったりしやがって。最後のあの力は軍隊長レベルだったぞ」


雷月はいぶかしむように紗夜を見る。しかし当の紗夜は何を言われているのか分からなかった。


「最後の力って……なんの話ですか?」

「今回は覚えていませんの?」

「う、うん。あの怪異にやられたところまでしか……」

「難儀な能力ね……あの後、紗夜さんが鎧武者を全部ひとりで倒してしまったのよ」


それを聞いて紗夜は目を見開く。

「私が!?」

「ええ。てっきりなにか式神を憑依させていたのかと思ったのだけど」

「ええー……全然覚えてないや」

そう言って頭を掻く紗夜に雷月は冷たい視線を向ける。


「制御ができていない、ということか。国防軍に異能の使用を許可される者の条件は『自らの能力を制御できる者』と定められている。このままではお前は論外だぞ」

「うう……すみません」

「で、でも! 今回はそのおかげで私も助かりましたし!」


春香は慌ててフォローに入るが、雷月は静かに首を振った。

「それはあくまで結果だ」

と。


「偶然うまくいったのは良いが、暴走した紗夜が敵に回る可能性も十分にある。あの力で敵になられると厄介だ。もし次お前が今回のように我を忘れて暴走していると私が判断した場合……」


雷月は人差し指で紗夜を指した。その指先からパチパチ……と電撃がほとばしる。


「私がお前を処分する」

「な……」


春香は絶句して雷月の顔を見たが、その表情は真剣そのものだった。

そして紗夜自身も、覚悟を決めたような表情で頷いた。

式神さんたちがこの世界に仇なすことなんてありえない。でも、雷月先生の言い分はもっともだとも思う。


「分かりました」


そのまなざしを見て、雷月は少しだけ口元を歪ませて指を降ろした。

「はは、なんだ良い目をするじゃないか。まぁ、せいぜい頑張るんだな」

そういうと、雷月は立ち上がり、部屋を後にした。


「今日はもう休め。明日からも合宿は続くんだからな」


そう言い残して。

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