第25話 ひとときの夢

 家の扉を開け、玄関に入ると、目の前にお姉ちゃんが立っていた。


「あ、お、お姉ちゃ……」「美孤」


 お姉ちゃんは私を見ると、すぐに近寄ってきた。


「どうして今日先に帰ったんだ?しかも綾香に言ってって、私に直接言えばよかったじゃないか」


「……うん、ごめんなさい。お姉ちゃん」


「全く……。部活に見に来ていいから明日からは先に帰るなよ?先に帰るなら私に直接言ってくれ。心配するから」


「うん、わかった」


「……さ、ご飯できてるって」


「うん」


 いつも通りご飯を食べる。ただお姉ちゃんが私が話しかけてきて、そのおかげで家族の雰囲気も良くて、会話も弾むし、ご飯も美味しい。今までとは違う、あったかいご飯の時間。でも、これも今日までだ。


 いつも通りお風呂に入る。でもお姉ちゃんが「お風呂開いたよ」と伝えに来る。そんな些細なことが嬉しくて、嬉しくて、胸を締め付けて切ない。





 お風呂から上がり身支度を整えた私は、寝る前にお姉ちゃんの部屋を尋ねた。


「お姉ちゃん、ごめんね。寝る前に少し話したいことがあって、いいかな?」


「ああ、美孤か。いいよ、入っておいで」


「うん、失礼します」


 そう言って私はお姉ちゃんの部屋に入った。お姉ちゃんは机で勉強していた。私はお姉ちゃんに断りを入れて、ベットに腰かけた。


「なんだ?話って」


「うん……」


 さて、話したいとは言ったもののなんて切り出せばいいのかわからない。神様と話したことを話すつもりはないし、ただ、最後に、お姉ちゃんの優しさにほんの少しだけ触れたかっただけなのだ。


「美孤?」


「……お姉ちゃん」


 だから、言いたいことを言う前に、私はくだらないことを話すことにした。


「お姉ちゃん、恋依こよりさんと仲がいいんだね。今日、話しているの見ちゃって……」


「ああ、恋依こよりか?ただの後輩だよ。部活のマネでさ、まあ、世話になってるっているか、そんな感じ」


「へぇ、そうなんだ……」


「……ふふ、何だ美孤。もしかして嫉妬か?」


「……うん、そうかも」


「なんだよ、もう」


 そう言ってお姉ちゃんはベットに移動してきて、私の隣に座った。そうして私の頭ごと抱きかかえた。


「今の私の恋人は美孤だろ?そんな嫉妬すんなよ。私は美孤しか見えてないよ」


「……うん、う、んっ、……」


 そんな、きっとお姉ちゃんにとってすれば大したことのない言葉達が、今の私には苦しくて、嬉しくてしょうがない。


「美孤?」


「お姉ちゃん……!」


 私はそう言ってお姉ちゃんに思いきり抱きついた。


「わ、ちょっと、美孤……」


「……お姉ちゃん!」


 お姉ちゃんの暖かさを、匂いを十分に感じて、私は言葉を紡ぐ。


「お姉ちゃん、あのね、今は夢なの。魔法なの」


「……美孤?」


「明日になったら、この魔法は全部消えちゃうの」


「なんだよ、何かのドラマの見過ぎか?」


「もう、、もうぅ、真剣に聞いてよぉ、お姉ちゃ……」


 気が付いたら私は号泣していた。お姉ちゃんはびっくりしている。でも私は構わずに続ける。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん、私はお姉ちゃんが大好きだから」


「……うん」


「本当にお姉ちゃんに好きになってもらえるように、私頑張るから」


「……うん」


「だから、少しでもいいから、私のこと、見てね」


「……なんだよ美孤。私はずっと美孤のこと……」


「そうだけど、そうだけど!恋依こよりさんに勝てなくてもいい、三希原みきはらさんの方が大切でもいいから、少しでもいいから、私もその目に映していて……」


 お姉ちゃんはしばらく私の頭を撫でた後に、私をお姉ちゃんから引き離した。そうして私を真っ直ぐ見た。


「美孤」


「……うん」


「前も言ったけど、何があっても美孤を守ってみせるよ。私が呪いも解く。何があっても美孤を離さないでいるよ。そう約束しただろ?」


 ああ、覚えているよ。だって昨日の話だもの。ちゃんと覚えているよ。貴方の言葉の一つ一つも、その言葉の時に感じた感情も全部。だから、だからこそ私は貴方に……。


「お姉ちゃん、今度は私が守るよ。短かったけど、こんな私を守ってくれてありがとう。すごく嬉しかった。お姉ちゃんには呪いの一遍も触れさせないから」


 お姉ちゃんは少し驚いた顔をした後に、ふっと笑って見せた。


「なんだよ、変な美孤」


「えへへ、私は前から変だもん!」


「今日は一段と甘えん坊だな」


「……うん」


 そうして私は最後の言葉を告げる。


「お姉ちゃん」


「ん?」


「私がもし神様になったら、私のこと忘れてね?」


「……なんだよ、本当に今日の美孤は変だぞ」


「……ううん、なんでもない。ねぇ、今日、一緒に寝てもいい?」


「ええ、狭くないか?」


「えへへ、狭いのがいいんじゃん」


「もう、仕方がないな。今日だけだからな?」


「やったぁ!」


 そう言って私はお姉ちゃんの隣に横になる。近くにお姉ちゃんの顔があって、すぐぞ場に肌の感触があって、ドキドキする。


「じゃあ、お休み。美孤」


 そう言ってお姉ちゃんが電気を消す。


「うん、おやすみなさい。お姉ちゃん」


 少し、いや、一時間ぐらい、そうしていた。しばらくしてお姉ちゃんが完全に眠ったのを確認して、私はゆっくりベットから抜け出した。お姉ちゃんの安らかな寝顔を見て、明日からのことに体が震えた。でも決めたんだ。どんな呪いでも、私は一人で立ち向かうって、もう決めたから。


(最後に幸せな夢をありがとう、お姉ちゃん)


 そうして部屋を出ようとした時だった。微かにベットから「美孤」と私の名を呼ぶ声が聞こえた。私は聞こえないふりをして、そのまま部屋を出た。

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呪い回避のため(絶賛)嫌われ中のお姉ちゃんと交際したいのですが、お姉ちゃんは超SS級サディストであることが判明しまして……!? 藤樫 かすみ @aynm7080

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