第24話 課せられた代償
「か、かみ、さま……?」
神様の言葉に私は意図が分からず、聞き返してしまった。神様はそんな私の反応を見て、笑いながら続ける。
「そう、神様。いやいや、あんたさんにこないな話する予定はなかってんけど、こうなると楽しないさかい、わしを楽しましてもらうために、人生賭けてもらおか、美孤」
「じ、んせいって、神様、一体何を……?」
「まあまあ、そこに座れや」
そう言って神様は石階段の段差に腰かけ、自分の隣をトントン、と叩いて見せた。私は仕方なく、おずおずと神様の隣に腰かけた。神様は「さて、どっから話したさかいかいな」と言って空を仰いだ。
「わしが神様の座に座らされたのは、最近のこっちゃ。まぁ、最近とはいっても100年単位で昔の話やけどな。あんたさんにとってはその昔、わしはただの一匹の狐やった。昔、ここは山の中にある神社で、わしはよう山から下りる時にこの神社を通りかかっとった」
神様の突然な自分語りに私は困惑したが、今更話を止める訳にもいかず続けて話を聞いた。神様はどんどん暮れていく夕陽をぼんやりと眺めていた。
「そないなある日、わしはあること願うてもうた。願いをかなえるために、助けを求めて来たのがこの神社やった」
「助けを求めて?」
神様は小さく「ああ」と声を漏らした。
「わしは狐一匹の体では足らへん願いを願うてもうた。その結果、その昔わしが願うた頃に祭られとった神、条件付きでわしの願いを叶えてくれたんや。それが……」
「……その条件が神様になること、って、ことですか?」
神様は「あんたさんは勘がええーな」と言ってまた笑った。そうして俯いた。
「わしの体では払いきれへん願いは、神の座を引き渡すちゅう行為によって叶えられる。わしもそうやったように、先人の神もおんなじような経緯で神になったようやった。神、言うたら聞こえはええけど、実際はほとんど参拝客の来いひん神社で本殿に閉じ込められてるだけのもんや。誰も助けは来いひん、お腹もすかへん、眠うもあらへんここで、ただひたすらに時を待つだけや」
そう言って神様は私を見た。
「……あんたさんは、あんたさんのおねえがわしに操作されてわしと付き合うてるさかい、ちゅう理由だけで、それやめさす、ちゅうそれだけで、この呪いを引き受けるつもりなのか?」
そう言った神様の顔は、悲しみに満ちていた。
「わしは嬉しいで。あんたさんがこの呪いを引き受けてくれて、わしはようやくこの永遠から解き放たれること出来るさかい。そやけど、あんたさんのような若い娘にこの呪いを背負わすほど、わしも鬼にはなれへん。……できたらNO言うて欲しい。わしはな、あんたさんの人生は、そのおねえだけとちがう思うで。
「神様って優しいんですね」
私は神様の言葉を遮って、そう言葉に出してしまっていた。本音なのに、不思議と喉が痛まなかった。神様は小さく声を漏らして、私を見た。私は空を仰いで、言葉を続ける。
「だって、優しいじゃないですか。神様はなんだかんだ言って私のこと、考えてくれてる。もし他の人で神様と同じ立場がいたら、喜んで私にその呪いを押し付けると思います。でも神様はそうしないで、ちゃんと説明までして、私を引き留めてくれてる。こんなに親身な神様、きっと他にはそういませんよ」
そう言って私は石階段に背を預けて、そのまま後ろに倒れて仰向けになった。
「……私、変だって気が付いているんです。だっておかしいでしょう?実のお姉ちゃんが好き、だなんて。多分お姉ちゃんもそんな私だから嫌いになったんだと思います。同性愛者で近親好きの妹なんか、お姉ちゃんには気持ち悪いだけだと思いますから」
私はぼんやりと、空を駆けていく鳥を目で追いかけた。
「私はこれが人生で最初で最後の恋だと思っています。お姉ちゃん以外の人を好きになりたくないし、もし失恋してもお姉ちゃんだけを好きなまま、その思い出を抱えて生きていきたい。だから神様、私、いいんです。思いっきり私に課せてください、その呪いを。どうせこの恋に勝率なんてないんだから。それにこの先、お姉ちゃんに嫌われて生きていくぐらいなら、私は神様にでもなって綺麗な思い出だけを抱えて眠りたい」
「あんたさんは、ええんか。それで」
「ええ、もちろんいいですよ。私は馬鹿だから、お姉ちゃんに嫌われた後の世界で生きていくぐらいなら、もう何もかもどうでもいいもの」
「……期限は今年の年末、12月31日までや。もし年明けるまでにあんたさんがお姉ちゃんと付き合い、本気でお互いを好きになり、あんたさんが愛される喜びを知って
「……はぁい」
「その代わり、昨日おとついのことは全てなかったことにしたろう」
そう言って神様は寝ころんでいる私に覆い被さった。
「今日の夜まではまだ効果は残り続ける。最後に、あの優しいおねえを存分に味おうとくいい。明日からは、今まで通り冷たいで」
「はい。……神様、ありがとうございます」
神様はこくり、と頷いて、ひとつ、私にキスを落とした。
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