第23話 仕組まれていたこと

 三希原さんと別れて、私は小走りで学校から出た。向かう先は決まっていたので、足に迷いはなかった。走るのは苦手なので苦しかったが、それよりも大事なことをしなければならなかったので、私は急いで道を走った。


 しばらく走るといつもの赤い鳥居が見えたので、私は駆け込むようにして神社の境内に入った。境内には当たり前だが誰もいなくて、まるで時間を切り取ったかのようにしん、静まり返っていた。私はそこで本殿の前に立つと、荒れた息のまま、本殿に話しかけた。


「あ、あの、神様。……私です。春夏冬美孤です。あの、一昨日からお世話になっている春夏冬美孤です……あ、あの、神様~?」


 私がどんなに問いかけても本殿が動く様子はない。私は少し声のボリュームを上げた。


「あ、あの、神様ー!この前呪いをかけられた春夏冬美孤なんですが……」


 本殿は何も動かない。私はもう少し声のボリュームを上げた。


「あ、あの!神様ー!!!春夏冬美孤なんですがー!!」


 その瞬間だった。


「うっさい!!」


 そんな声と共に目の前が白い煙で包まれたかと思うと、瞬間、その中からぼんやりと人のシルエットが浮かんできた。煙が晴れると、そこには神様が立っていた。


「なんなんや、あんたさん。わしが寝てるのにさっきから話しかけてきて。もう夕方やで、子供は家に帰る時間やろ!?」


 神様は眠そうにしながら私を睨んだ。私はすぐに怯んでしまった。


「ご、ごめんなさいっ。でも、どうしても、神様にお願いしたいことがあってきたんです……!」


「朝の話ならあんたさんのお姉ちゃんと考えてから来い、言うたはずだ。おねえがいーひんやんか」


「お姉ちゃんはいません。と、言ううか、もう関係ありません!」


 私は神様に迫った。


「神様、お願いします!どうか昨日、一昨日のこと、なかったことにしてくれませんか……?呪いや代償が増えてもいいです!私に出来ることならどんなことでもやります!だから私がお姉ちゃんと付き合ったことを、なかったことにしてくれませんか……?」


 私がそう言うと、神様は今まで見たこともないような冷たい目で私を見た。


「なかったこと?」


「……っ!」


 神様はその細いのような目で、私をまじまじと、じいと見つめた。


「なかったことにして、あんたさんはわしの言う条件果たせるんか?」


「……それは」


「わしは、あんたさんがどうもおねえしか好きになれそうにあらへんさかい、わざわざああしたイベントをしたったんやけどなぁ。それなしにするって言うのんは、神様からの優しいご好意を無下にするってことだってわかってるんか?」


「やっぱり……」


 そう、昨日から、いや、一昨日、私が呪いをかけられた朝にお姉ちゃんにどうしてここにいるの、と尋ねて「悲鳴が聞こえたから」という言葉を聞いた時からずっと、おかしいと思っていたのだ。違和感を感じていたのだ。


 私はあの朝、お姉ちゃんの機嫌を損ねて、10メートルも遠くでお姉ちゃんの背中を見ていた。そうして神社に寄ってから少なくとも20分以上は経っていた。その間にお姉ちゃんは。そして学校から神社の距離で、私の悲鳴がお姉ちゃんに聞こえるわけがない。それに、もっと確信したのはだ。あんなに私を嫌っていたお姉ちゃんが、1年は私を無視し続けていたお姉ちゃんが、急に、私が危ない目に合っているからって、私を助けに来て、付き合うと言って、優しくなるなんてありえないのだ。どう考えても。


「神様が、仕込んだんですね……?」


 私がそう言うと神様はいかにも残念そうな顔をして見せた。


「あーあ、人間の女子高生ぐらいやませる思たんやけどなぁ」


 そう言って神様はにやり、と私に笑って見せた。そうして賽銭箱にどっかり、と座って私を見下した。


「さて、あかん秘密に気ぃ付いてもうたあんたさんはどないすん?春夏冬美孤ちゃん。わしも寛容やさかいこのまましとったら、なんもなかったことにしたってもええで?」


 今度は私が神様を睨む番だった。


「……お姉ちゃんを、元に戻してください」


「へぇ、それだけ?」


「……昨日一昨日のことも全部、なかったことにしてください」


「ふぅん、それで?」


「叶えて貰った分の代償は払います。真愛晶みあいしょうも納めます。だから、お姉ちゃんだけは何もしないで、見逃してください」


 神様は私の言葉を聞いて、こくり、と頷いて見せた。


「叶えたってもええけど、その代わりの代償は大きいで?あんたさん」


「……例えば?」


 神様は賽銭箱から軽やかに降りると、私をじいっと見た。


「例、え、ば。そう、例えば、本音言えへん呪いはそのまま。その代わり相手の本音分かるものそのまま。それにプラス、今までのことなかったことにする代償を払う。……いや、ちゅうより真愛晶みあいしょうにの納め方に条件付く、言うた感じかな」


 私はごくり、と息を飲んだ。


「さっき、言った通りです。お姉ちゃんを元に戻してくれるなら、私はなんでもします」


 神様はよしきた、と言わんばかりに口を開いた。


「よし、あんたさん。いや、美孤。もしあんたさんのおねえを惚れさせられんと、期限までに真愛晶みあいしょうが作れへんかったら、神様になれ」

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