第8話 聞こえてくるものは……

 昼休み、私は2階の空き教室へと足を向けていた。私の教室があるのは4階なので、普段行かない階に行くのは緊張する。しかも2階は3年生の教室があり、見知らぬ先輩たちがたくさんいるところだ。正直言って足取りは重い。それがお姉ちゃんからの呼び出しだから、尚更足取りは重い。いつもだったら、お姉ちゃんからメールなんて来たら大喜びだったのに。今の状況じゃ、喜べるものも喜べなかった。


 3年1組、3年2組と教室を通り過ぎていくと、フロアの端の方にカーテンで仕切られた教室が出てきた。ここかな、と勘を頼りに扉に手をかけると、扉は容易くがら、と開いた。良かった、ここみたいだ。と、安堵した時だった。


「そこの1年生!」


 後ろから、呼びかけてくる声がして思わず私は振り返った。するとそこには、3年生の先輩が仁王立ちで私を見ていた。


「あ、はい!なんで、しょう……」


「そこ、空き教室だよ。何の用?」


 先輩は怪訝そうに私に言い放った。それと同時に、頭の中に声が響いてくる。


(この1年生、一体何しに来たのかしら。今から美都が使うっていうのに)


 もちろん、目の前の先輩はそんなこと一言も言っていない。このはともかく、空き教室に用があることをなんと説明しようかで言葉が出ず、困ってしまった時だった。


 教室の扉ががらり、と開き、中から伸びてきた手が私の肩を掴んだ。


「うわぁっ、!」


 思わず見上げると、そこには爽やかな笑顔をしたお姉ちゃんがいた。


「ごめん、綾花あやか。これ、妹!」


「うわっ、!え、?あ、!」


 お姉ちゃんは遠くの先輩にそう言うと、そのまま私を教室に引き込んだ。






 教室に入って扉を閉めると、お姉ちゃんははぁ、とため息をついて私の肩を離した。そうして鋭い目で私を見た。


「……お前、私の妹だって知られてないの?」


「え、あ……」


 春夏冬あきなしと言う苗字はとても珍しい。この学校にも私とお姉ちゃんしかいないし。なので私とお姉ちゃんが姉妹なのはわかりやすい、と思う。でも、私の存在感は本当に薄いせいで、まさかお姉ちゃんの妹がこんな地味女だとは誰も思っていないのが現実だ。加えて私は友達もいないので、私の名前を知ってる人なんか居ないだろう。

入学して最初の頃はちょくちょく「君って春夏冬あきなしさんの妹なの?」と聞かれたが、本当にそれだけだ。と、言う訳なので、お姉ちゃんの質問に答えるのはとても難しかった。


「あ、いや、その、先輩とかとは交流ないから……」


 何とかそう言ってごまかすと、お姉ちゃんは不満げな顔をするだけで、特に追及ついきゅうしてはこなかった。私がほっ、と胸を撫でおろすと、お姉ちゃんはそのまま話を続けた。


「まぁ、そんなことはどうでもいいや。それより、お前のこと」


 そう言うとお姉ちゃんはそこにあった椅子に適当に腰かけて、足を組んだ。


「お前、あの神社で何してたんだ」


「へっ!?あっ、えっと……」


 ここでお姉ちゃんに嘘をつくわけにもいかないけれど、なんて説明すればいいかわからず、しばらく「あ、」「えっと」と言葉を濁してしまう。しばらくそんな態度をしているうちに、


「そんなに私に話したくないのか」


 急にそう言ったお姉ちゃんの言葉にびっくりして、思わず顔を上げる。


「え、いや、!そんなんじゃ、っ、!」


 上げた先の顔で、私は目を見開いた。お姉ちゃんは傷付いた顔をしていたからだ。そんな顔は見たことなくて、私は言葉を失った。お姉ちゃんは構わず話続ける。


「別にお前があそこで何してても、私には関係ないんだけどさ」


 そう話すのとは別に、頭にお姉ちゃんの声が響いてくる


「大体、お前。心配かけるようなことするなよ」


(本当は心配だった)


「私もさ、毎回毎回お前に構ってられないから」


(本当はずっと面倒見てやれたらって)


「だからさ、」


(だから美孤、)



「わかった、から!わかったから、お姉ちゃん!!」


 私はそう叫んでお姉ちゃんの言葉を遮った。お姉ちゃんが驚いた顔をして私を見ている。


「わかった……。その、お姉ちゃんの気持ちは分かったから……!」


 頭に流れ込んできたお姉ちゃんの声は、あまりにも私には衝撃的過ぎて、もうこんなのずっと聞いてたら頭が溶けそうだった。


「……美孤、顔が赤いけど」


「あ、ちょっと、暑くて……!」


 私はすぐに手で顔を仰ぐふりをして、そんな言葉でごまかした。


 あの神様、一体私に何を仕込んだのだろうか。都合いい言葉が聞こえてくる呪い?それとも私のただの幻聴?いったい何だって言うのだ。お姉ちゃんが絶対言う訳ないことが、なんでお姉ちゃんの声でこんなにも私の頭を支配してくるんだ。これじゃあ出来る話も出来やしない。


「あ、その、何してたか、だよね……」


 私はもうその声を聞かないように、話題を変えて話を始めた。


「あの、信じてもらえないかもしれないけれど……」


 そう言うとお姉ちゃんは、真剣な顔で頷いた。


「いいよ、聞かせて」

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