第9話 言えない好きな人

「いいよ、聞かせて」


 そう言って真剣に頷いたお姉ちゃんの顔に、私はほんの少しの覚悟を決めた。


「私……」


 そこから私は今日あったことをお姉ちゃんに話した。神社に参拝に行ったこと、そこで京都弁を離すケモミミ男が出てきたこと。その男は神様だったこと。人の感情を食べる神様がまずいものを喰わされたと、私に呪いをかけたこと。その呪いは「自分の本音が言えなくなる」ものであること。


「はぁ!?呪い?」


「神様は呪い、と言うか、罰だって……」


「お前、大丈夫なのかよ」


 お姉ちゃんは眉をひそめて、心配そうに私を見た。私はその視線がくすぐったくて


「いや、本音を口に出さなきゃ大丈夫だから。そんなに心配することじゃないよ!」


 と、お姉ちゃんを安心させたくて言った。まぁ、厄介ではあるけれど、実際本音を言わなければあの痛みも、呪いも、そんなに関係ないし。私が「だから心配しないで」と笑うと、お姉ちゃんは


「軽く受け取り過ぎだろ……」


 と、呆れたように頭を抱えた。


 そうして一番大事な、呪いを解くために必要な≪真愛晶≫のことも話した。


真愛晶みあいしょうは人の心から愛が生まれた時に、一緒に生まれるモノらしくて。神様はそれを食べたいらしくて……」


 そう言うと、お姉ちゃんは難しい顔をして考え込んだ。


「でも、話を聞いたけれど、実際の真愛晶みあいしょうの作り方が分からなくて……。実物もないみたいだし、一体どうやって愛が生まれるのかも……」


 と、私は俯く。お姉ちゃんも難しい顔をして、悩んでいるようだった。神様はお姉ちゃんと作ればいい、なんて言ったけれど、やっぱりそんなのって、無理だ。と、思った時だった。


「あー、つまり、美孤が好きな人を作って、その人と心が通い合えば、結果的にその真愛晶みあいしょうが出来るんじゃないか?」


 お姉ちゃんが言った提案に、私は「おお」と感嘆の言葉を漏らした。まぁ、わかりやすく言えば、そういうことだ。私がお姉ちゃん以外の好きな人を作って、その人と心から愛し合っていれば、そのうち真愛晶みあいしょうが出来るのだろう。ただ問題は、私がその好きな人を作れない、と言う点だった。神様がそう言ったように、私も自分がお姉ちゃん以外を好きになれるとは思わない。


「って、やっぱり無理だよなぁ……」


 と、私が言葉を漏らす。そうするとお姉ちゃんが不思議そうな顔をして


「なんだ、いないのか?好きな人」


 と、尋ねてきた。私は思わず


「えっ!」


 と、苦い反応をしてしまった。お姉ちゃんはそんな私の態度を伺うように見た。


「なんだ、いないのかよ」


「え、いや……」


「それとも言えないのか?」


「そう言う訳、じゃ……」


 まずい。非常にまずい。まさかここでお姉ちゃんが好きだと暴露するわけにはいかない。だってそんなこと、絶対言えない。ただでさえお姉ちゃんは私のことが嫌いだって言うのに、そんな私がもしお姉ちゃんのことを好きだというのがばれたら……。私は背中に流れる冷や汗を感じていた。


「いないの?好きな人」


 もう一度お姉ちゃんに聞かれ、私は否定することも出来ず


「い、いる、います」


 と答えてしまった。お姉ちゃんはそれを聞くと、


「それじゃあ話は早いじゃねーか、そいつに告ればいい」


 と、何とも軽いノリで言ってきた。思わず口から「そんな簡単に出来るわけないでしょ!」と出そうになったが、喉元が焼ける痛みを思い出して言葉をひっこめた。前言撤回。この呪い、なかなか、いや、だいぶ厄介だ。話がうまくできなくなる。私は本音を抑え込んで


「……無理なの。どうしても叶わない恋だから。告白しても勝算がないよ」


 と、別の言葉で言い換えた。そう言うとお姉ちゃんは呆れたように


「お前、変な呪いにかけられて今更そんなこと言っている場合か?」


 と、ため息をついた。私は心の中で「そんな、お姉ちゃんが私の気持ちに応えてくれるなら、そんなのんきなことも言わなかったかもね」なんて悪態をついてしまった。お姉ちゃんはそんな私の悪態にも気が付かず、またため息をついた。


 そうして、私とお姉ちゃんの間にしばらくの沈黙が流れた。私もどうしたらいいか分からなくて、お姉ちゃんも考え込んでいるようだった。でも、私のことでこんなに一緒に考えてくれているお姉ちゃんの行動が、とても嬉しかった。お姉ちゃんはもっと私に無関心だけなのかと思っていたから。お姉ちゃんの中で、私の存在というのは私が思うよりずっと大きいのかもしれない、なんて勘違いも許されそうだった。お姉ちゃんは長考して、ようやく口を開いた。


「で、お前はその好きな相手とやらを諦められるのか?」


 神様と同じようなことを言われる。私はもう一度、考えてみた。




 お姉ちゃんを諦めて、新しい人と愛し合う。




 ……そんなの、無理だ!お姉ちゃんは私のヒーローで、憧れで、大好きで、ずっとずっと好きな人だ。たかだか一時の軽い思いなんかじゃない。私が大事に育ててきた、大切な恋心。それをここで、呪いなんかで投げ捨てたりはしない。


「……出来ない。そんなの、私はしない!」


 私がそう言うと、お姉ちゃんは眉を上げて、ふっと笑った。


「じゃあ、そいつに告白するしかねーなぁ」


 お姉ちゃんは椅子から立ちあがると、そのまま私に詰め寄った。私が思わず後ろに後ずさっても、お姉ちゃんは構わずに詰め寄った。そうして私を壁際まで追い詰めた。


「お、お姉ちゃ、?」


「で?」


 お姉ちゃんは真剣な目で私に尋ねた。


「協力してやるから言えよ。誰?好きな人って」

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