第7話 お姉ちゃんがすぐそこに

(おかしい。おかしすぎる。こんなのって、あまりに唐突だ!)


 今、私の隣にはお姉ちゃんがいる。肩を並べて歩いている。


 あの後、お姉ちゃんは謝り続けていた私の腕を引っ張って、私を神社から連れ出した。


「取りあえず一緒に学校、行くぞ」


 そう言ったお姉ちゃんの言葉を、私はちゃんと理解していなかった。一緒に学校に行く、ってつまり、それは、一緒に登校するって事だ。まさかこんなところで私とお姉ちゃんの疑似登校が、ちゃんとした一緒に登校することに変わるとは思わなかった。私はすぐ隣にあるお姉ちゃんの気配のせいで、もう喉から心臓が出そうだ。隣を歩いているせいなのか、私が俯いているせいなのか、お姉ちゃんの顔が見えなくて、本当に隣にいたらどうしたらわからなくて、私は言葉を閉じた。それはお姉ちゃんも同じなのか、なにも言わない。


(そりゃあ……そうだよね)


 私達は姉妹だけれど、もう何年もまともには話していない。それが突然、こんなことになって話せるようになるわけでもない。私達の間にはそんな、数年培つちかった大きな壁があるのだ。


(でも、それでもいい……)


 私のお姉ちゃんが隣にいる。そんなのって、奇跡だ。私はもう、今日の世界一の幸せを貰ってしまった。


(ふふ、神様に呪いをかけられたのはあれだけど、お姉ちゃんとこうして登校出来るなら、神様に呪いにかかって良かったかも……)


 そんなことをこっそり思っていた時だった。


「美孤」


 お姉ちゃんがの私の名前を呼んだ。


「あ、はい!」


 呼ばれたことに驚きつつも顔を上げて、お姉ちゃんを見ると、さっと手首を掴まれた。


「えっ!?」


「学校、間に合わなねぇ。走るぞ」


 お姉ちゃんは私の返事も聞かずに、そのまま私の腕を引っ張って走り出した。


「えええ、ちょ、っ、お姉ちゃ、!」


 私が呼ぶ声も無視して、お姉ちゃんは誰もいない通学路を走っていく。待って、なんて言おうとして、お姉ちゃん、と呼ぼうとして、私は口をつぐんだ。何年も触れていなかったお姉ちゃんの手が、今、私に触れている。暖かくて、懐かしい感触が、触れられたところからしたから。


 私はお姉ちゃんに引っ張られるがまま、お姉ちゃんと学校への道を走った。







 靴箱に行く分かれ道で、ようやくお姉ちゃんは私の手を離した。学校にはキーンコーンカーンコーンと一時間目の予鈴が鳴っている。朝のホームルームは逃したな、とお姉ちゃんが呟く。私はさっきお姉ちゃんが掴んでいた腕の所を、自分の手で掴み直した。


「じゃあここで」


「あ、あの!」


 三年生の靴箱に行こうとするお姉ちゃんを、呼び止める。自分の腕を、ぎゅう、と握りしめる。心臓がばくばくとしてうるさいのを、抑えつけて、声を出す。


「あの、今日はごめんなさい。私のこと、探してくれてたって……、それで、学校遅刻しちゃって、朝練も参加、出来なかったし……。本当に、ごめんなさ、」


 そう言って、頭を下げようとした時だった。


「頭、下げるなよ」


 私の行動を先読みした言葉に、私は思わず体を止めた。恐る恐る顔を上げてお姉ちゃんを視界に入れると、お姉ちゃんはけろっとした顔で私を見ていた。


「別に学校遅刻したとか、朝練参加できなかったとかは、お前が気にすることじゃないから」


 その時、私の頭の中に言葉が聞こえてきた。


『そんなことより、美孤の方がずっと大事だから』


「えっ、ええ、あ……」


 突然の言葉に、顔が熱くなる。まただ。お姉ちゃんはそんなこと言っていないのに、お姉ちゃんの声が頭の中で聞こえてくる。急に様子がおかしくなった私を、お姉ちゃんは怪訝そうに見た。


「……美孤?」


「あっ、あ、うん!わかった、気に、しない!ありがとう、お姉ちゃん!じゃあ、ここで、!今日は本当にありがとう、じゃあ!」


 しどろもどろになりながら、私はお姉ちゃんの言葉に何とか丁寧に返事して、そのまま自分の靴箱に向かった。早く、お姉ちゃんの前から逃げ出したかった。この顔が熱くなるのをお姉ちゃんに見られたくなかったし、なにより頭に響く言葉が私を正常でいさせなかった。


 私は勢いのまま、自分の靴箱がある場所に飛び込んだ。途端に靴箱に背中を預けて、そのままずるり、と床にへたり込む。そのまま顔に手を当てる。心臓が五月蠅うるさい。ドキドキ、どころか、どくどく、と強く脈打っている。痛いぐらいだ。額から汗が流れ落ちてきて、顔に尋常じゃない熱を持っていることが、手の感覚からわかる。私は「はぁ、」と深く息をした。


(一体何なの……、これ)


 私は熱い顔を冷ましながら、さっきの出来事を振り返った。


 頭の中から聞こえてくる、謎の声。喋っていないのに聞こえる、お姉ちゃんの声。


 いつもだったら私の妄想癖がついに幻聴へと変わったか、と自分を心配するところだ。けれど、神様なんてものが現れて呪いをかけられた以上は、こんな摩訶不思議まかふしぎなことも信じざるおえなかった。どう考えても怪しいのは、あのキャンディーだ。我ながらどうして危機感もなく食べてしまったのかと、後悔する。


 さて、一体どうするかこれ……。と、頭をまた抱えた時だった。


 ぴりんぴりん、とスマホの通知音が鳴った。鞄に手に伸ばして、スマホを確認すると、ありえない人からメッセージが来ていた。


「昼休み、2階の空き教室に来い」

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